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61.エリカは覚悟を固める

「本当にあれで良かったのか?」


 家の中に入って腰を落ち着けて、俺はエリカに聞かずにはいられなかった。

 エリカは優しい。そんな彼女を尊重したい気持ちはあるが、あの西園寺を見ていると手ぬるすぎたように思えてならなかった。


「そうだね……。どうだろ、私も自信があるわけじゃないんだけど、少なくとも今回のことは彼の中で堪えたんじゃないかな?」

「じゃなかったら鋼のメンタルすぎるけどな」

「あははー……」


 エリカが力なく笑う。彼女なりに迷いがあるのかもしれない。

 エリカと西園寺の関係は親が勝手に決めた婚約者。俺が知っているのはそれだけで、実際のところは当事者にしかわからない。

 それなら、エリカの選択に俺がこれ以上何かを口にするべきじゃないだろう。手伝うことはできても、決断するのは彼女にしかできないのだから。


「まあ、もしまた何かしてくるようなら俺を呼べ。どこからでも駆けつけてやらあ」

「晃生くんは頼りになるよね。……ありがとう」


 小さい声で言った感謝に、彼女の心が込められているように聞こえた。


「もし何かあればこの動画があるわ。それがわからないバカなら、容赦なんていらないでしょう?」


 日葵がスマホをヒラヒラさせながら胸を張る。夏の薄着でそういう仕草は目に毒だ。


「だね。あそこまで強引な手段に出るなんて驚いちゃったけど、おかげで良い交渉材料ができたよ」


 エリカも自分のスマホを掲げて見せる。日葵とエリカは互いに顔を見合わせると、ニヤリと笑い合っていた。


「ご、ごめん……。アタシ証拠にするって考えもしなくて……あの西園寺って男をエリカさんに近づけないようにって、それだけしか頭になかった……」


 羽彩がしょんぼりと肩を落とす。心なしかサイドテールの金髪にも元気を感じない。心と連動してんのかな?


「良いのよ羽彩ちゃん。気にしないで」

「うん。むしろ氷室ちゃんは今のままでいてほしいな」

「え? え?」


 羽彩は二人から抱きしめられた。なぜかかけられた優しい言葉と抱擁に、わけもわからず目を白黒とさせていた。

 計画していたわけでもなく、咄嗟のことだったのに証拠にしようと行動した二人はすごいと思う。実際こういうのは考えていたとしても行動できるとは限らないのだ。

 まずは守ろうと真っ先に飛び出した羽彩もすごい。二人の話では、羽彩が真っ先に行動したからこそ、証拠にしておこうと冷静に考えられたのだそうだ。


「羽彩ちゃんはこのままずっと純粋でいてね」

「良い子良い子ー♪」

「わっ!? ちょっ、ひまりんどこ触って……っ。てかエリカさんも子供扱いして頭撫でないでくださいよ!」


 羽彩は日葵とエリカから可愛がられていた。口ではああ言っているが、心なしか金髪サイドテールが元気を取り戻したように揺れている。


「……目の保養になるぜ」


 俺は静かに女三人のイチャイチャを眺めているのであった。



  ◇ ◇ ◇



 エリカは荷物をまとめていた。


「本当にもう帰るのか?」

「うん、しばらくお世話になるつもりだったけれど、タケルさんのあんな動画があるなら両親と交渉できるかなってね」


「タケルさんのおかげだね」とエリカは嬉しそうに笑う。でも、すぐにその表情が曇る。


「それに……もうこのスマホを持っていたくないんだよ。他の持ち物も何かされているかもしれないし……早く処分してしまいたいの」


 エリカはスマホを強く握りしめる。証拠の動画がなければ今にも地面に叩きつけて踏みつけてやりたいとでも思っていそうだ。


「私がいなくなると、晃生くんは寂しい?」


 茶目っ気たっぷりに、そんなことを尋ねてくるエリカ。俺は焦らず余裕で返してやる。


「エリカの問題が解決するならそれが一番だ。だから俺の心配はいらねえよ」

「心配っていうか、晃生くんが人肌恋しくならないかなって。ほら、私がここにいればいつでもヤラせてあげられるし」

「ぶっ!?」


 思わぬエリカの発言に噴き出してしまった。この人はどこの心配をしているんでしょうねー?


「大丈夫ですエリカさん。その時は私が泊まり込みで晃生くんの面倒を見ますので」

「日葵も何言ってんだ!?」


 俺のどこの面倒を見ようとしてんだよっ! 俺の女どもは覚悟決まりすぎだ。……ありがたいんだけども!


「晃生……。その、我慢できなかったら、アタシの身体を使っても……いいよ?」

「そういう控えめなアピールが一番ぐっとくるからやめろっ」


 羽彩が必死に羞恥心を抑え込んで、俺のためにと上目遣いで瞳を潤ませながらそんなことを言ってくれる。そういう恥じらいと戦いながらの表情、とてもぐっときます!


「……でも、もしかしたらここは危険かもしれないよ」

「え?」


 エリカはぽつりと言って、申し訳なさそうな顔を俺に向ける。


「タケルさんは晃生くんがここに住んでいることを知ったからね。あの感じだと友達と集まって遊んでいるようにしか思ってないだろうけど、時間を置けばどんな考えになるかわからない」

「むしろ女が男の家に寝泊まりしておいて、ただ遊ぶだけとでも思ってんですか?」


 羽彩の疑問に、エリカははっきりと頷く。


「タケルさんはいつも『僕はその辺の下民とは違うんだよ』って言うくらいには考え方が違う人だから。育った環境なのかな。割と性知識に疎いみたいなの」

「もしかして、あの人は童貞なんですか?」


 突っ込んだ日葵の質問に、エリカは大きく頷いた。


「本人の言動を考えると、直接聞いたわけじゃないけどそうだろうね」


 だからこそ、とエリカは続ける。


「彼が私が晃生くんと肉体関係を持っているという考えに至った時、我を忘れて何をしでかすかわからないの」

「「ああ……」」


 エリカは「ごめんなさい」と謝った。羽彩と日葵はすごく納得したというような声を漏らす。


「だから、ここにいるのは危険かもしれない。できれば私の問題が解決するまで、晃生くんは別の場所で寝泊まりした方が良いと思うの」

「わかったよ。エリカの忠告なら素直に聞くぜ」


 安心させるようにエリカの頭を撫でる。サラサラとした青髪の手触りが心地良い。


「ありがとう晃生くん……。何から何まで迷惑をかけて、ごめんね……」

「気にすんなって言ってんだろ。俺の女を守りたいと思っても、迷惑に思うことなんて絶対にないんだからよ」

「……うんっ」


 エリカが俺の胸に飛び込んできた。胸に彼女の温かさが広がり、年上でも俺に比べたら小さい女なのだと実感する。

 とはいえ、どうしたものか?

 悲しいかな、郷田晃生に寝泊まりさせてくれと頼めるほど親しい男友達はいない。


「うーん……。晃生くんを私の家に泊まらせてあげたいけど、両親が反対するでしょうね」

「アタシも……。男を連れて来るだけで怒られそう……」


 まあそれが一般的な反応だろう。可愛い娘がこんな強面の男を連れて来たら、追い返そうとするのが親の愛情ってもんだ。

 どうしようか悩んでいたら、日葵がどこかに電話をかけていた。


「うん。お願いできないかなって。部屋はたくさんあるなら……うん、うん……ふふっ、ありがとね」


 日葵は電話を切って、ニッコリ笑顔を俺に向けた。


「喜んで晃生くん。宿泊できるところを確保したわ。もちろん無料でよ」

「マジか? それってどこなんだ?」


 ありがてえ。日葵は得意げに胸を張りながら教えてくれる。


「私の頼れる親友の家よ♪」


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