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62.友達と思ってくれて嬉しいです

 エリカを見送り、俺は病院へ。郷田晃生の格闘センスで受け流していたとはいえ、大の男に殴られたのだ。見えるところにケガはなくとも、何かあってはまずいので診察してもらった。

 ケガがあれば傷害罪、なくても暴行罪にはなるようだ。もし西園寺がまだ何かしようってんなら、前科をつけてしっかり責任を取ってもらおうと思う。


「晃生ー……。本当に大丈夫だったの?」

「ああ。傷一つない綺麗な身体だぜ」


 病院から帰ってきても、羽彩はずっと心配してくれていた。ちょっと過保護すぎやしないかと言いたくなるくらいに。まあ嬉しいんだけども。


「良かった~。医者に診てもらったなら安心だ~。本当に何もなくて良かったよ~……」


 ふえ~、と泣きながら俺に抱きつく金髪ギャル。まるで重傷患者が完治したかのような喜びっぷりである。


「俺の荷物はまとめてくれたのか?」

「あ、うん。そこの鞄に詰めてあるよ」


 はい、とボストンバッグを渡される。俺が病院に行っている間に、羽彩が数日寝泊まりできるだけの荷物をまとめておいてくれたのだ。

 念のため、エリカの問題が解決するまで俺は家を離れることにした。

 郷田晃生のチートボディがあれば、大抵のことはなんとかなりそうだが、俺を心配してくれている女どもがいる。

 せっかくの心遣いだ。無下にするほど俺もひねくれてはいなかった。


「ひまりん遅いね。話はまとまってるって言ってたのにー」

「まあ、あっちも準備があるんだろうよ」


 日葵は俺を宿泊させてくれる家へと先に向かっていた。相手にも出迎える準備があるとのことなので、その手伝いに行くと言っていた。

 日葵が戻ってくるまで俺たちは待機である。今日はバイトがあって、その後に西園寺とのごたごたがあった。さらに病院に行って帰ってきたら、日の長い夏の時期とはいえ、そろそろ薄暗い時間になっていた。

 日葵、遅くないか? 俺は世話になる立場だし、文句を言うつもりはないのだが、状況を考えると何かあったのではと心配になる。

 いや、大丈夫だろ。日葵に限って……大丈夫、だよな?


「何か手土産とか買った方がいいか?」


 不安を落ち着かせるようにそんなことを言ってみる。言ってから気づいたが、泊まらせてもらうならそれくらいしないと礼儀知らずではないかと焦ってきた。


「別に気にしなくていいっつってたじゃん。そんな律儀になんなくていいんじゃない?」

「他人事だと思いやがって」

「晃生ってそういうこと気にするんだねー。子供っぽく素直に甘えたら?」


 羽彩が俺の頭を撫でてからかってくる。身長差があるからつま先立ちしてぷるぷるしているけどな。


「いいのか? 甘えちまっても」

「ふぇ? あ……そ、その……っ」


 羽彩を抱きしめて耳元で囁いてやる。彼女はすぐに耳を真っ赤にして、俺の胸の中で小さくなった。

 ふむ、恥ずかしがっている美少女に甘えるというシチュエーションもそそるかもしれない。というか今の羽彩の反応にそそられてしまった。よし、責任を取ってもらおう。

 俺が妄想を実現しようと羽彩に顔を近づける。彼女もまた俺の要求に応えようと目をつぶった時だった。


「二人は何をしようとしているのかなぁ?」

「「あ」」


 間の悪いことに、戻ってきたピンクの影。日葵の笑顔に、俺たちの行為は中断されてしまったのであった。



  ◇ ◇ ◇



 黒羽梨乃は白鳥日葵の親友である。


「ど、ど、どうぞ……」


 そんな黒羽が、ぷるぷると身を震わせていた。最近は仲良くしていたから忘れていたが、彼女が大人しい性格だったと思い出す。

 日葵に連れて来られたのは、黒羽の家だった。立派な一軒家に俺と羽彩は「ほえ~」と間抜けな声を漏らす。


「晃生くんには、今晩梨乃ちゃんの家に泊まってもらいます」

「よ、よろしくお願いちまっちゅ!」


 日葵に促され、黒羽は大げさな勢いで頭を下げた。思いっきり噛んでいたが、本人はそれどころではないようだった。


「いや、俺はありがたいんだけど……黒羽は良いのか?」


 いくら親友の頼みとはいえ、同級生の男を家に泊まらせるというのはやりすぎではなかろうか? というか親が許さないだろう。


「だ、大丈夫です! 今夜はお母さんは仕事で帰ってきませんので……」

「……」


 それはダメなやつじゃなかろうか?

 まあ、ちゃんと聞いてみれば、黒羽は母親に許可は取ったらしかった。それはそれで母親もどうかと思うんだが。

 だって、黒羽には父親がいないと聞いている。それなのに娘しかいない家に男を泊まらせるってのは、普通に考えれば頷けるものではないだろう。


「……これも普通の世界じゃないっていう証か」


 貞操の危機感がないのはエロ漫画ならではか。そうやって納得していかなければ、俺ばかりが疲れてしまいそうだ。


「梨乃ちゃん、晃生くんのことは任せたわよ」

「う、うん……ま、任せてっ」


 日葵は仕事が終わったとばかりに息をつく。そして羽彩の手を取った。


「じゃあ私たちは帰るわ。晃生くん梨乃ちゃん、また明日来るからねー」

「え、アタシたちも泊まらないの?」


 羽彩がびっくりした声を漏らす。俺もてっきり羽彩と日葵も一緒だと思っていたからびっくりしている。


「何言っているのよ羽彩ちゃん。三人もいたら梨乃ちゃんの負担になるわ。大勢で泊まるなんて非常識でしょう?」


 それを言ったら、年頃の男女を一つ屋根の下という状況にする方が非常識じゃなかろうか?

 むしろ女性比率を増やした方が黒羽も安心だと思うのだが。そう思って黒羽に目を向けてみたが、彼女はこの状況に緊張しまくっているのか気づいていない様子だ。


「いや、迷惑かもだけど……。晃生を一人にしていいの?」

「問題ないわ。私は梨乃ちゃんを信頼しているもの。安心して彼を任せられるわ」


 そこは普通俺を信頼するもんじゃないか? いくら黒羽が信頼できても、俺が欲望に任せて襲ったらどうすんだ。男女の間違いなんて何がきっかけで起こるかわからないんだぞ。


「まあ……黒羽さんなら安心だけどさ」


 羽彩も納得してしまった。黒羽の信頼感だけで判断してんじゃねえよ!


「いやいや、俺と二人きりなんて黒羽にとって恐怖だろ。俺はてっきりお前らもいるからと思って──」

「怖く! ……ないですよ? 郷田くんはあたしの友達なので……」


 黒羽は大きな声を出したかと思えば、すぐに尻すぼみになりながらも言葉を続けた。

 黒羽は俺たちの状況を日葵から簡単にだが聞いている。

 俺を友達だと思ってくれているからこそ、こうやって協力してくれているのだろう。黒羽が俺を信頼してくれているのなら、俺自身が信頼を裏切らない行動をすればいいだけだった。


「……わかった。下手をしたら数日は世話になるかもしれんが、よろしく頼む」

「はいっ。こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いしますっ」


 言葉のチョイスおかしくね? そう思いはしたが、緊張しまくっている相手の揚げ足を取るのは可哀そうだ。

 そんなわけで、今夜は俺と黒羽の二人きりで過ごすことになってしまったのだった。


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