冬の冷たい空気が、少しばかり緩みはじめた頃。
ゼスメリア魔法学院の始業式の日がやってきた。
私は、制服のローブを胸のところでぎゅっと握りしめる。
──制服に入るラインは、赤。「ルージュ」の魔法使いであることを示す色だ。
かつてこの学院に通っていた母も、これと同じ制服に袖を通していたのだろう。
そう考えると、なんだか感慨深いものがある。
学院の大きな門をくぐると、懐かしい匂いが鼻をかすめる。
少し湿った石の匂いと、どこか甘い草の香り。
ここで、私はまた1年学び、そして──戦うことになる。
「アリア!」
声に振り向くと、赤い髪を揺らして、シルフィンが駆け寄ってきた。
ショートストレートの彼女は、今日もぴしっと決まっていて、まるで小さな軍人みたいだ。
でも、目元は柔らかく笑っていた。
「おはよう、シルフィン」
「おはよう。新学期、ちょっと楽しみ・・・だよね?」
私は小さく笑った。
たしかに、怖いことも不安もあるけど──それだけじゃない。
きっと、きっと、この場所でも、私は前に進める。
「うん、楽しみ。頑張ろうね」
「もちろん!」
二人で並んで歩いていると、今度は別の方向から声がかかった。
「おーい、アリア、シルフィン!」
元気な声。
ライドとマシュルが、手を振りながらやってくる。
ライドは、相変わらず陽に輝く金の髪をくしゃっと乱していて、マシュルはその横で、どこか飄々とした表情をしていた。
「おはようさん。・・・はあ。相変わらず元気だよな、こいつは」
「だってさ、新しい授業も始まるし、学院内の決闘試合も増えるって先生言ってたろ?燃えるだろ、普通!」
「お前だけだろ、それ」
マシュルが肩をすくめる。
私は思わず小さく笑った。
──ああ、こうして、また4人で過ごせるんだ。
それが、なんだかすごく嬉しかった。
学院の中は、新学期独特のざわめきに包まれていた。
あちこちで、ひさしぶりの再会を喜ぶ声が響き、廊下を急ぐ足音が重なる。
春の始まりに似た、でも少しだけピリリと緊張感をはらんだ空気。
私たちも、自分たちのクラス──ルージュの教室に、向かった。
「みんな、着席だ」
教室に入ってきたのは、私たちの担任であるレシウス先生。
決して厳しくはなく、むしろ優しいまである、若い男の先生だ。
「さて、今日から新しい年が始まる。今日は始業式だけだから、4時間で放課だ」
その言葉に、教室中が喜びに包まれた。
「いよいよ3学期・・・最後の学期が始まるわけだが、まだあと2ヶ月残っている。その間、君たちには新しい試練がたくさん待っている。こんなところだ」
レシウス先生は、ぱちんと指を鳴らした。
すると教室の壁に、巨大な水晶のようなスクリーンが現れ、文字が浮かび上がる。
《1年次課題──魔法制御訓練 属性特化試練 小規模ダンジョン演習》
「この中で特に重要なのは、小規模ダンジョン演習だ。君たちは入学してから、もっとも基本的なことを学んできた。次は、単独でも仲間とでも“魔法を使って生き抜く”力を身につけなければならない」
教室がざわめいた。ダンジョン演習とは、本物の魔物と対峙する訓練だ。
簡単なものとはいえ、命の危険がないわけじゃない。
私は胸の奥で、ぎゅっと拳を握る。
異界の門の脈動、聞こえたあの声。
あれを思えば、ここで立ち止まるわけにはいかない。
──力をつけなきゃ。
いつか必ず訪れる“その時”のために。
「大丈夫だよ、アリア」
隣でシルフィンが、そっと私の手を握った。
「私たち、強くなれる。絶対に」
「・・・うん」
私は、小さく、でもはっきりとうなずいた。
学院での、新しい一年が始まる。
私たちはまだ、何も知らない。
待ち受ける試練も、戦いも──そして、学院の奥深くに潜む、別の異界の影も。
でも、私は信じている。
この手に燃える炎と、この心に宿る願いだけは、絶対に消えないと。