私たちは、ダンジョンの最奥に何とかたどり着いた。
そしてそこにあった魔力石碑・・・魔力を流すことで起動する、スイッチのような役割を果たす装置を起動させた。
これで、ダンジョン演習の授業は終わりなはずだ。
「これで、クリアだよね・・・?」
シルフィンが不安そうに周囲を見渡す。
私も慎重にあたりを確認する。
・・・もう、魔物の気配はない。
「うん。あとは、魔法陣が起動するのを待つだけ・・・!」
ほっとした瞬間、足元に淡い光が広がる。魔法陣だ。これに乗れば、外まで戻れる。
「行こう、アリア!」
「うん!」
二人で手を取り合って、転送陣に飛び込んだ。
──ふわり、と、身体が浮かぶ感覚。
目を閉じる間もなく、次の瞬間には──。
「──アリア、シルフィン!」
聞き慣れた声が、耳を打った。
気がつくと、私たちは森の入り口に転送されていた。
目の前には、ライドとマシュルが立っている。
二人とも、ほっとしたような顔をしている。
「無事だったか!良かった・・・!」
「心配したよ・・・!」
ライドとマシュルが駆け寄ってきた。
でも、その隣には──鋭い視線を向ける、レシウス先生の姿があった。
先生は白いコートを羽織り、腕を組んで立っている。
「・・・二人とも。まずは、無事だったことを感謝するんだ」
低く、重い声で言った。
その後ろには、学院の上層部らしい大人たちも集まってきていた。
やはり、上級の異形がダンジョン内に現れたのは予測されていなかったことだったらしい。
マシュルによると、ダンジョン内に異変が起きたらしいということが知らされると、すぐに先生たちが集まってきたという。
「それで・・・だ」
レシウス先生が、厳しい表情で私たちを見る。
「君たち二人は・・・本当にダンジョン内で『グローム・ガルム』と交戦したのか?」
「はい」
私は、まっすぐにうなずいた。
隣のシルフィンも、小さく頷いている。
「信じられん……!」
先生の顔に、一瞬だけ動揺が走った。
無理もない。 上級の魔物であるグローム・ガルムは、本来なら1年生どころか、上級生でも数人がかりで倒せるかどうかの魔物だ。
それを私たちは、二人で──。
「・・・どうやって、倒したんだ?」
問い詰めるような、けれどどこか震えるような声。
私は、言葉を選びながら答えた。
「力を合わせました。私とシルフィン、二人で・・・全力で」
簡単すぎる説明かもしれないし、いろいろと突っ込まれる質問かもしれない。でも、あの時のすべてを言葉にするのは、難しかった。
炎の力。 シルフィンとの絆。そして、私自身の覚悟。
「・・・」
レシウス先生は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
「──運が良かったな。しかし」
小さく、でも確かにそう呟いた。
「そうだとしても、無謀な真似をしたものだ。1年生で、上級の魔物と戦って生還できる者はそういない。感謝するんだ──幸運と、自らを救ってくれた友人に」
私はシルフィンを見、シルフィンは私を見た。
そうだ、あそこで勝てたのは・・・この友人が、仲間がいたからだ。
もちろん、幸運もあったのだろうが。
シルフィンは涙をこぼしそうになっていた。
でも、私は笑った。
「良かった、生きて帰ってこられて」
私たちは、立場不相応な敵と戦った。
そうして、生きて帰ってきた。
その事実が、なにより嬉しかった。
数日後。
学院の朝は、いつもと変わらない静けさに包まれていた。だけど──私たちの心の中には、あの日の出来事が、まだくっきりと残っていた。
「アリア、行こう」
隣を歩くシルフィンが、私の袖をそっと引っ張る。もうすっかり元気そうだ。
けれど、たまに目を伏せると、あの時の恐怖がよみがえるのか、ほんの少しだけ肩が震えるのが分かる。
「うん」
私は小さく頷いて、一緒に教室へと向かう。
廊下の窓から見える空は、今日も透き通るように青かった。なのに、胸の奥が少しだけ重いのは、あの“戦い”が、ただの演習では終わらなかった証拠だ。
教室に入ると、ライドとマシュルが手を振ってくれた。
「アリア、シルフィン!今日の実戦授業、おれたちと一緒だってさ!」
「先生たちの判断で、同じチームになったんだってさ。『相性が良い』からって」
ライドが、少し照れたように笑う。
マシュルは得意げな顔をしていたけど、言葉の裏には──やっぱり、私たちが“生きて帰った”という重みがあるんだと思う。
私は椅子に座りながら、ふと窓の外を見た。
あの魔物を倒した時、私は「炎の大魔女」の娘として、一歩前に進めた気がした。
もちろん、まだまだ母のようにはなれない。
母は、本気を出せばあらゆるものを焼き尽くすというが、私はそこまで強くはない。
それでも──。
「私は、もう逃げない」
小さく呟いた声は、誰にも聞かれなかった。
だけどそれでよかった。
これは、私自身に向けた誓いだから。
その日の授業中、レシウス先生がふと私たちの方を見て、ほんの少しだけ、口の端を上げた気がした。
あれが笑みだったかどうかは分からない。
授業が終わって、校庭で魔法の基礎訓練をしていたとき、ふいに風が吹いた。赤い髪が揺れて、隣のシルフィンの瞳が私を見た。
「アリア。これからも、一緒にがんばろうね」
「・・・うん!」
私たちは、まだ未熟で、まだまだ子どもで。
だけど、確かにあの日を乗り越えた“仲間”だ。
これからの未来に、どんな困難があっても、きっと──この絆が、私を支えてくれる。
そして私は、いつか母さんに胸を張って言いたい。
「私は、私の力で立ち上がったよ」って。
そう思えた、春の始まりの午後だった。