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35.修了試験

張り詰めた空気が、教室に満ちる。

ルージュの教室に集められた1年生たちは、みな無言で直立している。私もその中の一人だ。

緊張はしている。でも、不安よりやってやるという思いのほうが強かった。


レシウス先生が前に立ち、手元の書類を一瞥してから、口を開く。


「前々から言っていた通り、今日は特別な試験を行う。これは、君たちが1年間積み上げてきたものが、確かなものかどうか。それを確かめるための・・・いわば修了試験だ。合格者は来年度、2年生に進級できる。だが、不合格者は・・・再履修、あるいは補講だ。分かるね?」


 ざわめく声はない。ただ、皆が飲み込んだ唾の音だけが聞こえる気がした。


「試験は2部構成だ。第1部、“魔法制御訓練”。試験項目は、魔力をどれだけ安定して出力・維持・収束できるか、だ。そして第2部、“属性特化訓練”。こちらでは、各自の属性に即した課題に挑んでもらい、最後には“創造魔法”の披露がある。・・・1年生の締めくくりにふさわしい内容だ」


そう言って、レシウス先生は微かに笑った。

あの人にしてはちょっと珍しい、いたずらっぽい表情だった。


「順番は名簿順。最初はアリア・ベルナード、君だ」


「・・・はい」


深く息を吸って、私は前に出た。



「まずは、魔力糸の編み上げだ。正円を描き、持続時間は15秒。・・・始め」


「はい」


魔力糸とは、魔力を濃縮して細く絞り出し、糸状に練り上げたもの。

基礎魔法の一種だが、魔力の繊細な操作と持続的な集中力が求められるので、この手の試験にはよく出るという。


 両手を合わせ、指先から魔力を出し、糸状に練っていく。地道な作業だが、これがなかなか大変なのだ。


魔力糸は、完成させる前に魔力を流すのを止めると弾けてしまう。

私の魔力は炎なので、下手をすれば糸は炎となって弾け飛ぶ。


 細く、細く、けれど切れないように紡ぐ。そしてゆっくりと空中に魔法陣の円を描く。

視界の端で、レシウス先生が黙って見つめている。


「・・10・・・11・・」


耳から入ってくる声に気を取られないようにしつつ、作業を続ける。


「・・・14、15・・・!ストップだ!」


 先生の合図と共に、私は手を上げる・・・もちろん、魔力は流したまま。


先生はその長さを測り、頷いた。


「よし、合格だ。次は、制御球と模擬戦の試験だな」


その言葉を聞いて、まずは安心した。

早急に糸を紡ぎ上げ、そばに置かれたかごの中に入れた。


 そして今度は、掌に魔力を集める。

出力を一定に保ちつつ、炎の球体を形成する──燃え広がらないように、静かに、けれど確かに熱を灯す。


「・・・ふむ、純度も安定性も良好だ。それでは、模擬戦に移ろう。対戦相手は・・・シルフィンだ」


「・・・やった!あなたとできるなんて、楽しみ」


シルフィンは口元を吊り上げ、双炎を帯びた短剣を抜いた。

私も負けないように、小さく火を灯しながら構える。


「模擬戦は制限付きだ。致傷魔法は禁止、過剰出力も減点。君たちの、制御のうまさを見せてくれ」


ルシウス先生は、期待を含めた笑みを浮かべた。



 模擬戦開始直後、私たちは一気に距離を詰めた。

シルフィンの動きは速い。迷いのない踏み込みに、赤熱の双短剣が風を裂いて迫る。


私はすぐに魔力を集中し、足元に火輪を展開した。噴き上がる炎を利用して、横に跳ぶ。


ギリギリで剣閃をかわす。熱が肌をかすめた。だけど、恐怖はなかった。


「避けるだけじゃ、面白くないな」


シルフィンは笑っていた。炎の魔女──私と同じ属性。彼女のそれはまるで、踊るように鋭く、軽やかだ。


 ──こっちだって。

反撃に転じる。私は手を振るい、空気に火を灯す。花弁のような火花が散り、そこから数本の火矢が生まれる。


「行って!」


 放たれた火矢が空を切り、シルフィンに迫る。だが彼女はその場に留まらず、火矢の隙間を縫うように身を翻した。


素早い。だけど、読めないほどじゃない。


 私はもう一度、足元の火輪に魔力を注ぎ、爆ぜる炎で跳躍。空中で両手を組み、魔力を編む。


「[火螺旋スパイラル]──!」


掌から放たれた炎が渦を巻き、ねじれながらシルフィンに迫る。だが、彼女もすぐに双剣を交差させ、炎を割った。


「・・・いいね、さすが“あの人の娘”」


 そう言って、にやりと笑うシルフィン。

けれど、その瞳に宿るのは真剣そのものだった。


私も笑い返す。


「私の力は、私自身のもの。・・・負けない」


熱がぶつかり合う。

魔力が舞い、教室の空気がきしむ。

けれど、私の心は静かだった。


この一瞬に全てを懸ける。それが、私の“制御”だ。


 シルフィンが踏み込む。

私は構える。火と火、魔力と魔力──ぶつかり、拮抗し、そして。


「──そこまで!」


レシウス先生の声が響いた瞬間、私たちは同時に魔力の流れを断ち、静止した。


熱気の中で、シルフィンと視線が合う。お互いに息を弾ませながら、ふっと笑みがこぼれた。


「いい勝負だったわ、アリア」


「うん、こっちこそ。楽しかった」


 手を取り合うようにして、私たちは元の位置に戻った。

レシウス先生が頷き、手元の書類に何かを書き込んでいる。


「両者、優秀な制御だった。・・・この一年の成果、しっかり見せてもらったよ」


その言葉が、何よりの褒め言葉だった。

私は、自分の中の“火”を誇りに思った。







「・・・さて、次は属性魔法の試験だ。半径3メートル以内の氷柱を、燃やさずに溶かす。時間制限は30秒」


「難しいな・・・」


 私は氷柱を見据え、魔力を練る。

このくらいの氷柱なら、適当な炎魔法を使えばすぐに溶けるだろう。でもそれでは意味がない。


だから、基本魔法の「ヒーティア」を使い、熱を“空間”に流すように、空気を暖めて、氷だけを包みこむようにした。

炎ではなく、熱だけを伝わらせるように。


やがて、氷柱はゆっくりと形を崩し、足元に水が滴った。

やった、成功だ。


「・・・最後に、創造魔法だ。オリジナルの魔法を、1つ発動してみてくれ」


「はい」


 私は一歩、前に出る。

これは、何度も試作を重ねた魔法だ。

母の魔法を自分なりに解釈し、アレンジしたもの。


「──緋蓮華の結界クリムゾンブロッサム


私の周囲に、炎の花が咲いた。

宙に浮かぶその花弁たちは、相手の動きを封じるように空中を舞い、緋色の結界を形成する。


「敵意あるものに反応して、外側へ爆発的に弾ける。仲間には無害の、対侵入防御魔法です」


魔法の効果を説明すると、レシウス先生はしばらく沈黙した後、満足げに頷いた。


「・・・よくここまで練り上げたな。技術も、着想も、見事だ。君らしい、強くて優しい魔法だ」


 胸がいっぱいになった。

けれど、私はただ一言だけ返した。


「ありがとうございます」





 そうして、帰りに試験の結果を通告された。

結果は──合格。

私だけじゃない、シルフィンやライドを含むルージュの1年生全員が合格だった。


まあ、1年生の修了試験なんてクリアできなきゃ話にならない・・・という気もするが、ここは素直に喜んでおこう。




 それからしばらくして、修了式の日がやってきた。

前世の学校のそれと違い、式では「年次修了証」なるものを受け取った。


これは、このゼスメリアで各年次の科目を修了したことを証するもの・・・つまり、卒業証書の年次版のようなものらしい。


 正直そこまで重要に感じなかったが、母に見せると「大切に取っておくのよ」と言われた。

母がそう言うってことは、大事なものなのだろうか。

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