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36.進級式

 今日は、ゼスメリアの進級式。

2年生として、新しい学年が始まる瞬間だ。


「もう2年生だなんて、信じられないよね」


シルフィンが笑いながら私の隣で言った。

その赤い瞳には少しの期待と、少しの不安が入り混じっている。


彼女はいつも明るく、私にとっては安心できる存在だけど、時々、その瞳がどこか遠くを見ていることがあって、その時は何かを抱えているのだろうと感じてしまう。


「そうだね」


 私は答えた。

赤い髪が風に揺れるのを感じながら、目を細めて前を見た。


今日は少し特別な日だから、いつもの炎の魔法が不意に周囲にほのかに熱を持つのを感じる。

どうしても、魔力が暴走しそうになることがあるけれど、今はそれを抑えている。


 後ろから、ライドの声が聞こえた。


「僕たち、今年はどんなことを学ぶんだろうな」


彼の声にはいつもの調子があって、変わらぬ明るさが感じられた。黄色い瞳が私に向けられると、いつもと変わらず親しみやすさを感じる。

彼の雷の力は、正直ちょっと怖いけど、仲間としては心強い存在だ。


 そしてマシュルが、いつものように落ち着いた態度で言った。


「まあ、どんなに大変でも、またみんなで頑張れば乗り越えられるさ」


彼の言葉は優しさと自信に溢れていて、私たち全員を励ましてくれる。




 進級式の会場に到着すると、空気が一気に変わる。2年生としての期待と責任を感じる瞬間だ。

学院の広い講堂に響く静寂、そして始まる新たな学年の祝いの言葉。


私は少しだけ深呼吸をして、仲間たちの顔を見た。シルフィン、ライド、マシュル──そして私。

どんな困難も、一緒なら乗り越えられる。前世で味わった絶望感とは違う、今の私は確かにここにいる。


「2年生になっても、またよろしくな」


ライドがニコッと笑う。その顔が心強くて、私も思わず微笑み返した。


 これからどんな試練が待っているのか分からないけれど、もう恐れることはない。


少なくとも1年間、私たちは共に成長し、共に戦ってきた。それがどんなに辛くても──これから先、どんな未来が待っていても、私は負けない。




 進級式が始まり、私は心を引き締めた。

壇上には学院長、つまり校長のソリス先生が立ち、重々しくも穏やかな口調で話し始める。


私はその声を聞きながら、この一年で自分がどれだけ変わったのかを思い返していた。

転生して七年、この学校に入って、魔法を学んで、仲間と出会って・・・。


「昨年、数々の困難に立ち向かった皆さんの努力に、私は心から敬意を表します。今年もまた、新たな知識と試練が君たちを待っているでしょう。しかし、恐れることはありません。君たちはすでに、その一歩を踏み出しているのだから」


 周囲の空気が少しだけ引き締まった。式典の形式ばった厳かさよりも、その言葉の中にある信頼と期待が胸に響いた。

私はふと、母の顔を思い出す。


「アリア、ぼーっとしてると置いてくよ?」と、小声でシルフィンが私の肘をつついた。彼女の赤い瞳は茶目っ気に満ちていて、私は思わず苦笑いする。


「してないよ。ちょっと考え事してただけ」


「ふーん?あの厳しそうな、新しい先生のこと?」


「それはシルフィンでしょ」


 私が言い返すと、彼女はケラケラと笑って手を振った。その明るさに、救われることは多い。

私が前世で失ったもの、ここでは少しずつだけど、取り戻せている気がする。


やがて式典が終わり、生徒たちがそれぞれの教室へと向かう。

ルージュの2年生の教室は、去年の教室よりも少し奥──光がよく入る、広い部屋だった。


 扉を開けた瞬間、独特な魔力の流れを感じた。空気が張り詰めていて、これまで以上に実戦的な授業が始まるんだろうと直感した。


「ここが、おれたちの新しい場所か」


マシュルが低く呟く。彼の青い目が、静かに周囲を見渡していた。


「少し緊張するな」とライドが言いながらも、手のひらに小さな雷を走らせてみせる。無意識の癖だろう。


だけど、雷の魔法は感情にリンクしやすい。緊張してるのは、たぶん彼も同じだ。


 私は教室の窓辺に立ち、外を見下ろした。

眼下には訓練場、遠くには学院の結界が淡く光っている。


──2年生になった私たちは、これからもっと強くならなくちゃいけない。

それは、魔法の腕だけじゃない。心も、意志も。


「さあ、始めよう」


 小さく呟いたその声は、たぶん私自身への宣言だった。炎の魔女の娘としてでも、転生者としてでもない。


ただの──アリアとして。



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