訓練が終わると、私は校庭の端にある水飲み場で喉を潤した。
風が髪を揺らし、熱を帯びた身体に心地よい。
「アリア、すごかったね!」
ライドが笑いながら近づいてくる。
その顔には、驚きと…少しだけ悔しそうな色が浮かんでいた。
「ありがとう。でも、まだ制御しきれてないかも。先生、ちょっと引いてたし」
「いやいや、あれは凄みってやつだよ。君は、完全に“魔女の娘”って感じだった・・・というか、先生も『やりすぎ』とか言いながら、満更でもない顔してたよ?」
彼は肘で私の肩を軽くつつく。
私は、思わず笑ってしまった。
「・・・アリア」
今度は静かな声がして、振り返るとマシュルがいた。どこか躊躇いがちな眼差しで、でも、まっすぐに私を見ていた。
「さっきの炎、綺麗だった。強くて、綺麗で……ちょっと、怖かった。でも、憧れるよ。おれも、あんな魔法が使えるようになりたい」
マシュルの言葉は、私の胸の奥にじんわりと広がった。
この世界に転生して、魔法が使えて、誰かに憧れられるなんて──前世の私が聞いたら、信じられなかったと思う。
「ありがとう。私も、もっと上を目指すよ。炎の大魔女の娘としてじゃなくて、“私自身”としてね」
二人は黙ってうなずいた。
その表情に、からかいも、驚きもなく、ただ真っすぐな信頼が宿っているのがわかった。
私は顔を上げ、空を見た。
雲ひとつない、澄み渡る青空に、いつか届くと信じて。
空を見上げたまま、私はそっと息を吐いた。まだ、かすかに肌寒さが残る春の風が、火照った頬をなでていく。
「・・・ねえ、また訓練しようよ。次は、三人で一緒に攻撃を合わせてみたい」
ふと、そんな言葉が口から出た。
私一人だけが強くても意味がない。前世では、誰かと何かを“合わせる”なんて、考えたこともなかったけど──今は違う。
一緒に強くなりたい、って思える人がいる。
「それ、いいな!雷と炎を組み合わせたら、すごいことになりそう!」
ライドがぱっと顔を輝かせて言う。ほんとに雷属性の人って、こういうときテンション上がるの早い。
「・・・おれも、やってみたい。水って炎と反対だけど・・・うまく使えば、役に立てるかもしれないし」
マシュルも、小さくうなずいた。
雷と炎と水。属性はバラバラだけど、うまく噛み合えば、すごく強くなれる気がする。
私は、そんなふたりに微笑みかけた。
「うん。私もやってみたい。炎は、ひとりで暴れるだけじゃ、すぐに消えちゃうから」
帰りのホームルームを迎えようと。
ぱたぱたと走る足音が聞こえた。振り向くと、見慣れた赤いショートヘアが、真剣な表情でこっちに向かってくる。
それはシルフィンだった。
「アリア!」
「シルフィン、どうしたの?」
「学院長先生が、呼んでる。『アリア・ベルナードを、学院長室へ連れてこい』って」
「・・・学院長先生が?」
何か、嫌な予感がした。
私は炎の大魔女の娘だ。故にただそれだけで、“特別な何か”を期待されるのではないかと、思ったことはあった。
けれど、私はただ──。
「早く行こう。なんか、学院長先生とか来てるみたい・・・」
シルフィンが眉をひそめた。
私は一瞬、心がひやりと冷たくなるのを感じた。
また、何かが始まろうとしている。
私という存在が、“普通”じゃいられない現実が。
そうして、私は学院の3階にある学院長室へ向かった。
初めて入る学院長室の中は静かで、まるで別世界みたいだった。
重たい扉を開けると、薄暗い室内に、魔力を感じさせる重苦しい空気が満ちていた。
「・・・アリア・ベルナード、だね」
奥の長い机の前にいたのは、深い紺のローブを着て、ローブを被った老魔導士。そしてその隣に、学院長のソリス先生がいた。
「はい」
私は思わず、背筋を伸ばして返事をした。
「以前、魔力を測定したのは覚えているかな」
「は、はい・・・」
そういえば、始業式の日の帰りに魔力測定をやったんだった。
前世で言うところの身体測定のようなもので、全学年が毎年やっているらしい。
「もしかして、その結果が何か・・・?」
「・・・勘違いしないでくれ。我々は、君の結果がまずかったと言いたいわけではない」
そう断った上で、老人は言った。
「君の魔力測定の結果を見せてもらった。数値5000・・・おおよそ、2年生とは思えない桁外れのものだ。そして君自身の魔法も、とても優れている・・・まるで、”炎”そのもののようだ」
「……“炎”そのもの、ですか?」
「君の扱う炎魔法は、“意志を持つ炎”に近い。一部では、精霊に近いのではないか、という話も出ているほどだ。君は──炎に選ばれている。だが・・・それは同時に、危険でもある」
危険。
その言葉に、私は一瞬、前世で教師から告げられた「問題児」という言葉を思い出していた。
私は、何かを壊す存在なのだろうか。
それとも、何かを守る炎になれるのだろうか。
「君には特別な訓練が必要だ。普通の授業とは別に、個別に力の制御を学んでもらう。拒否することもできるが・・・学院としては、推奨したい」
それが“特別扱い”であることは分かっていた。
でも、私は──
「・・・やります。私が選ばれたというのなら、きちんと向き合いたい。私自身の力として」
老人は、少し驚いたような顔をして、すぐに穏やかに笑った。
「立派な覚悟だ。君はやはり、彼女の娘だ。彼女と同じく、自分の意思で歩いている──」
“彼女”。おそらく母さん──セリエナ・ベルナードのことだ。
正直私は、母のような偉大な魔女になれるかはわからない。
けれど、母が授けてくれたこの力を、私なりに意味あるものにしたい。
今世を、強く生き抜くための足がかりとしたい。
そのために、前を向く。
そう決めた。