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38.呼び出し

 訓練が終わると、私は校庭の端にある水飲み場で喉を潤した。

風が髪を揺らし、熱を帯びた身体に心地よい。


「アリア、すごかったね!」


 ライドが笑いながら近づいてくる。

その顔には、驚きと…少しだけ悔しそうな色が浮かんでいた。


「ありがとう。でも、まだ制御しきれてないかも。先生、ちょっと引いてたし」


「いやいや、あれは凄みってやつだよ。君は、完全に“魔女の娘”って感じだった・・・というか、先生も『やりすぎ』とか言いながら、満更でもない顔してたよ?」


彼は肘で私の肩を軽くつつく。

私は、思わず笑ってしまった。


「・・・アリア」


 今度は静かな声がして、振り返るとマシュルがいた。どこか躊躇いがちな眼差しで、でも、まっすぐに私を見ていた。


「さっきの炎、綺麗だった。強くて、綺麗で……ちょっと、怖かった。でも、憧れるよ。おれも、あんな魔法が使えるようになりたい」


マシュルの言葉は、私の胸の奥にじんわりと広がった。

この世界に転生して、魔法が使えて、誰かに憧れられるなんて──前世の私が聞いたら、信じられなかったと思う。


「ありがとう。私も、もっと上を目指すよ。炎の大魔女の娘としてじゃなくて、“私自身”としてね」


二人は黙ってうなずいた。

その表情に、からかいも、驚きもなく、ただ真っすぐな信頼が宿っているのがわかった。



 私は顔を上げ、空を見た。

雲ひとつない、澄み渡る青空に、いつか届くと信じて。


空を見上げたまま、私はそっと息を吐いた。まだ、かすかに肌寒さが残る春の風が、火照った頬をなでていく。


「・・・ねえ、また訓練しようよ。次は、三人で一緒に攻撃を合わせてみたい」


 ふと、そんな言葉が口から出た。

私一人だけが強くても意味がない。前世では、誰かと何かを“合わせる”なんて、考えたこともなかったけど──今は違う。

一緒に強くなりたい、って思える人がいる。


「それ、いいな!雷と炎を組み合わせたら、すごいことになりそう!」


 ライドがぱっと顔を輝かせて言う。ほんとに雷属性の人って、こういうときテンション上がるの早い。


「・・・おれも、やってみたい。水って炎と反対だけど・・・うまく使えば、役に立てるかもしれないし」


マシュルも、小さくうなずいた。

雷と炎と水。属性はバラバラだけど、うまく噛み合えば、すごく強くなれる気がする。


私は、そんなふたりに微笑みかけた。


「うん。私もやってみたい。炎は、ひとりで暴れるだけじゃ、すぐに消えちゃうから」







 帰りのホームルームを迎えようと。

ぱたぱたと走る足音が聞こえた。振り向くと、見慣れた赤いショートヘアが、真剣な表情でこっちに向かってくる。

それはシルフィンだった。


「アリア!」


「シルフィン、どうしたの?」


「学院長先生が、呼んでる。『アリア・ベルナードを、学院長室へ連れてこい』って」


「・・・学院長先生が?」


 何か、嫌な予感がした。

私は炎の大魔女の娘だ。故にただそれだけで、“特別な何か”を期待されるのではないかと、思ったことはあった。

けれど、私はただ──。


「早く行こう。なんか、学院長先生とか来てるみたい・・・」


シルフィンが眉をひそめた。

私は一瞬、心がひやりと冷たくなるのを感じた。


また、何かが始まろうとしている。

私という存在が、“普通”じゃいられない現実が。





 そうして、私は学院の3階にある学院長室へ向かった。

初めて入る学院長室の中は静かで、まるで別世界みたいだった。


重たい扉を開けると、薄暗い室内に、魔力を感じさせる重苦しい空気が満ちていた。


「・・・アリア・ベルナード、だね」


 奥の長い机の前にいたのは、深い紺のローブを着て、ローブを被った老魔導士。そしてその隣に、学院長のソリス先生がいた。


「はい」


私は思わず、背筋を伸ばして返事をした。


「以前、魔力を測定したのは覚えているかな」


「は、はい・・・」


 そういえば、始業式の日の帰りに魔力測定をやったんだった。

前世で言うところの身体測定のようなもので、全学年が毎年やっているらしい。


「もしかして、その結果が何か・・・?」


「・・・勘違いしないでくれ。我々は、君の結果がまずかったと言いたいわけではない」

そう断った上で、老人は言った。


「君の魔力測定の結果を見せてもらった。数値5000・・・おおよそ、2年生とは思えない桁外れのものだ。そして君自身の魔法も、とても優れている・・・まるで、”炎”そのもののようだ」


「……“炎”そのもの、ですか?」


「君の扱う炎魔法は、“意志を持つ炎”に近い。一部では、精霊に近いのではないか、という話も出ているほどだ。君は──炎に選ばれている。だが・・・それは同時に、危険でもある」


 危険。

その言葉に、私は一瞬、前世で教師から告げられた「問題児」という言葉を思い出していた。


私は、何かを壊す存在なのだろうか。

それとも、何かを守る炎になれるのだろうか。


「君には特別な訓練が必要だ。普通の授業とは別に、個別に力の制御を学んでもらう。拒否することもできるが・・・学院としては、推奨したい」


 それが“特別扱い”であることは分かっていた。

でも、私は──


「・・・やります。私が選ばれたというのなら、きちんと向き合いたい。私自身の力として」


老人は、少し驚いたような顔をして、すぐに穏やかに笑った。


「立派な覚悟だ。君はやはり、彼女の娘だ。彼女と同じく、自分の意思で歩いている──」


“彼女”。おそらく母さん──セリエナ・ベルナードのことだ。

正直私は、母のような偉大な魔女になれるかはわからない。


けれど、母が授けてくれたこの力を、私なりに意味あるものにしたい。 

今世を、強く生き抜くための足がかりとしたい。


そのために、前を向く。

そう決めた。


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