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41.父の真実

 翌日は休みだった。

朝、いつもよりだいぶ遅い時間に起きて、母と二時間ほど訓練をした。


訓練が終わった後、ふと目についたものがあった。

母の机の上に置かれていた、一枚の写真。若いカップルが並んで写っている。


 それを見て、私は思い出した──私の父、母の夫はもういない。少なくとも、今は。

写真に写る女性は、きっと若い頃の母。そして、その隣の男性が父なのだろう。


私は、父の顔を知らない。

生まれた時には、すでにいなかった。

母はそのことについて何も語らなかったし、私もまた、今まで訊ねたことはなかった。


でも、そろそろはっきりさせたい。

そう思って、私は母に尋ねた。


 すると、母は少し神妙な顔をした。


「彼のことを知りたいなら・・・相応の覚悟が必要よ」


うっすらそんな気はしていた。けれど大丈夫。

どんなに辛く、残酷なことでも──私は受け入れる覚悟がある。

前世で毎日味わっていた苦しみに比べれば、ずっとマシだ。


「・・・大丈夫。私は、どんなことでも受け入れる」


 そう告げると、母は語り始めた。

私が生まれる前に、何があったのかを──。





 かつて、母は自身とは属性の異なる七人の魔女と共に邪神ガラネルを討ち、封印した。

だがその後、信頼していた占い師から、こう告げられたという。


「あなたは邪神を倒したが、その代償は大きかった」


当時はその意味がわからず、占い師もそれ以上のことは語らなかった。


 その後、母は学生時代からの友人だった男性と結ばれた。

二人は同棲を始め、一年も経たないうちに、私を授かった。


しかし、私の出産──つまり誕生が間近に迫ったある日、父は突如亡くなった。

昨日まで元気に笑い、母と語らっていたのに、朝にはもう冷たくなっていた。


病でも、呪いの跡でもない。ただ、眠るように死んでいた。

あらゆる手を尽くしても、死因はわからなかった。


 そのとき母は、かつて言われた「占いの言葉」の意味が、ぼんやりと見えた気がしたと言う。


「はっきりとじゃないけどね。・・・ なんとなくそんな気がした、って感じ」


確かな根拠はなかったのだろうが、なぜか、それは真実のように感じられた。


 母は真相を確かめようと、あの占い師に会いに行こうとしたが、すでに亡くなっていた。

仕方なく、自力で過去を調べ直すことになる。


そして、ようやく辿り着いた。

母がガラネルを倒した際にかけられた呪い──「自らの家族となった者は早死にする」

それが、真実だったのだと。


 母は深く後悔した。自分が選ばなければ、彼はまだ生きていたかもしれない。

たとえ一緒に暮らせなくても、愛することはできた。彼を殺したのは、自分だ。


しかも、そのときすでに子供・・・つまり私は、母のお腹にいた。

この子もまた、同じ呪いを背負うのではないか。自分のせいで。


幾日も母は涙を流し、自分を責め続けたという。


 だが、やがて気持ちは変わっていった。

──本当に、呪いに甘んじていいのか?

それは、ガラネルに屈するということではないのか?

それだけは、絶対に許せなかった。


ならば、抗おう。

こんなところで負けられるものか。

呪いに、魔女が屈するものか──!


「奴の呪いには、決して負けない」


そう決意した母は、一度は堕ろすことも考えた子を、産むことにした。


 けれど、生まれてきた私にそのことを話すことはできなかった。いや、話せなかった。


自分に勇気がなかったこともある。

だがそれ以上に、母として、自分の子にそんな話をしていいのかという思いがあった。

まだ幼い私に、その重荷を背負わせていいのかと。


「・・・つまり、私は長くは生きられないの?」


 私は尋ねた。

母は、静かに頷いた。


「ごめんね、黙っていて。・・・でも、むしろその方が良かったのかもしれない。あなたはまだ、幼かったから。でも、いずれは知るべきことだったのよね・・・」


その目には、涙が浮かんでいるように見えた。


「・・・そっか」

私は呟く。

「私、早死にするんだ」


 すると、母はすぐに言い直した。


「そんなにすぐじゃないわ。正確にはわからないけど・・・そうね、少なくともあと二十年は生きられると思う」


「・・・ほんと?」


「ええ。それに──言ってなかったけど、ちゃんと対策もしてあるのよ。呪いを完全に解くには至っていないけどね」


そして母は、私の肩に手を置いた。


「少なくとも今は、気にする必要はない。あなたがすべきことは、私の娘として立派に育ち、一人前の魔女になること。・・・わかった?」


「・・・わかった、母さん」


 私はそう答えた。

どんなに重たい真実でも、聞けてよかった。

知ったからこそ、立ち向かえることもある。  


ふと、胸の奥で何かが静かに疼くのを感じた。──私の名前は、アリア・ベルナード。母、セリエナ・ベルナードの娘。 

・・・ でも、私はそれだけじゃない。


 私はかつて、この世界とは違う場所──灰色の空の下で、いじめを受け続け、壊れてしまった一人の女子高生だった。


名前も忘れかけている。誰にも必要とされず、誰にも愛されず、ただ疎まれ、存在ごと否定され続けた日々。


 あの時、私は屋上の柵を越えて、空へと飛び込んだ。

何も残さず、何も伝えずに。

すべてを終わらせるために。


でも、終わらなかった。

気がつけば、私はアリアとしてこの世界に生まれていた。

母の温もりと共に、火の魔力と記憶を受け継いで。


 理由はわからない。でも、きっと意味があるんだ。だって、今こうして「生きている」から。


呪い? 早死に?そんなの、怖くない。

私はもう、自分から命を手放すことはしない。

たとえ運命に刻まれていようとも、戦ってみせる。


 今度こそ、本当の意味で「生き抜いて」やる。


「ねぇ、母さん」


「ん?」


「私、きっとその呪いを解く。母さんができなかったって言っても、私がやってみせる。・・・それに私、“普通の命”じゃ満足できないの」


母は少し目を見開いたあと、ふっと笑った。


「・・・あら、それは心強いわ。アリア、あなたは、本当に私の娘ね」


 私の炎は、もう消えたりしない。

たとえ呪いに抗うことが、この世界の理に背くことだとしても。


“私”という存在が、この運命の炎に焼かれ尽くすその瞬間まで──戦って、生きて、生きて、生き抜いてやる。


 これは私の生き直し。

前世の自分を救うために。そして、この世界で出会うすべての人のために。


アリア・ベルナードとして、私は前に進む。



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