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42.選ばれし者

 それからしばらく、私は昼間は学校で授業を受け、夕方は特別訓練を、夜は家で母からの訓練を受ける日が続いた。


正直普段の勉強以上に大変だったけど、強くなるために頑張った。何より・・・楽しかった。

学院での授業は、前世で受けていた授業より楽しかったが、この訓練はそれ以上だった。


 そして、特別訓練を受け始めてから一ヶ月半ほどして、担当の教官ことクレメンスからお墨付きを得られた。


「見事だ。もはや、私から君に教えることはもう何もない」


彼は、私が今回の特別訓練によって力をつけ、期待されていた通りの成果を出せたとし、学院側にこのことを報告する、もう明日からこの訓練はない、いや、必要ない、とも言った。


こうして、私は学院での特別訓練を修了できたのだった。





 翌日。ゼスメリア魔法学院の講堂に、生徒たちのざわめきが低く響いていた。


いつもなら賑やかな昼休み。けれど今日ばかりは違う。

学院長自らが招集をかけた全校集会。しかもその理由は「重要な通達」。

それだけで、みんなが緊張している。


 私もその一人だった。


入学してから一年数ヶ月。私は数々の試練を乗り越えた。

魔物の撃退、ダンジョン演習、魔法試験。多くの成果を上げてきたけど・・・それでも、自分が“選ばれる側”にいるなんて思ったことはない。


「静粛に」


 壇上に立った学院長ことソリス先生の声が、講堂の空気を締めた。


「今日は、君たちに新たな挑戦の機会を告げるために集まってもらった。ゼスメリア魔法学院は、今年より国際魔法交流制度への参加を決定した」


 どよめきが起きた。

国際魔法交流?つまり、他国の学院との連携・・・留学?


隣のテーブルで話していた上級生曰く、そのようなことは初めてらしい。


「この制度は、魔法理論や文化の異なる他国との橋渡しとして、選抜された生徒を一定期間送り出すもの。交流先は東の隣国、トーアの国にある『アルフィーネ魔法学院』だ」


 アルフィーネの名前は聞いたことがある。

氷と水の魔法使いが多く通う魔法学校で、ここゼスメリアに負けず劣らずの名門として知られている。


寒い地域にあり、ゼスメリアよりずっと過酷な環境の学校だと聞く。


「選抜は既に、教員会議および外部魔導協会の協議によって完了している。代表として名を挙げられた生徒は・・・」


 一瞬、時間が止まったように思えた。


「アリア・ベルナード。前へ」


自分の名前が呼ばれたことを、脳が理解するのに数秒かかった。



 ざわめきが広がる中、私は立ち上がり、足を前に出した。

心臓が跳ねる音がうるさいほど響いていた。


壇上に立つと、学院長が静かに言った。


「君の魔力量、実績、そして精神の安定性は申し分ない。しかし何より、君の“変わろうとする意志”が評価された」


 私はただ、真っ直ぐにうなずいた。


「半年間、異国の地で学び、見聞を広め、ゼスメリアの代表として恥じぬ行動を示すことを、期待している」


その言葉を胸に刻みながら、私は小さく答えた。


「・・・はい」


 こうして私は、北の地への留学という新たな運命を背負い、また一歩を踏み出すことになった。






 発表が終わり、講堂から出た私は、まだ胸の奥が熱くて落ち着かないままでいた。


 ・・・ 本当に、私が選ばれたんだ。


夢でも見ているみたいだった。けど、空の色も風の冷たさも現実で、私の足はちゃんと地面を踏みしめている。


「アリア!」


 背後から、元気な声が飛んできた。


振り向けば、シルフィンが走ってくるところだった。いつもの炎みたいな髪が風に揺れて、目が真っ直ぐに私を捉えている。


「本当に行くの?アルフィーネ魔法学院!」


「・・・ うん。半年間だけだけど、私、行くことになった」


 そう答えると、シルフィンは少しだけ唇を尖らせて、でもすぐに顔をほころばせた。


「やっぱりアリアが選ばれたんだ。うん、そりゃそうだよね。あなたは強いもん」


そう言って、シルフィンは小さく肩をすくめた。


「正直、ちょっと寂しいけど・・・誇らしいって思ってる。私も負けてらんないな」


「シルフィン・・・ ありがとう」


私がぎゅっと言葉を飲み込んだそのとき。


「おーい!アリアー!」


 続いて駆けてきたのは、ライドとマシュルだった。


「すごいじゃん、アリア。おれ、最初聞いたとき、耳を疑ったぜ。ゼスメリアを代表する留学生に、友達が選ばれるなんて!」


興奮気味のマシュルが、私の肩を軽くどんと叩いた。相変わらず加減はないけど、嬉しさが伝わってきて、なんだか笑ってしまった。


「僕も驚いたけど、納得って感じかな。アリアって、黙々と努力してるもんね」


 ライドは落ち着いた様子で言ったけど、その目はちゃんと喜んでくれているように見えた。


「ありがと、二人とも・・・ でも、なんだか不安で・・・ 」


つい本音がこぼれる。


遠くの国、知らない土地、環境も、文化も、全部違う。魔法も、ここより厳しいかもしれない。

自分がちゃんとやっていけるか、不安は尽きない。


「その時は、燃やせばいいだろ?」


 マシュルが笑いながら言った。


「アリアは炎の魔法使いだろ?寒くても、知らないとこでも、ぜーんぶあっためてこいって!」


「うんうん。火の魔法って、あたたかくて強いんだから」


シルフィンも笑う。赤い瞳が、少し潤んで見えたのは、きっと気のせいじゃない。


「帰ってきたら、いろんな話、聞かせてね」


 ライドが優しく言った。


「・・・うん。絶対、無事に戻ってくる。もっと強くなって」


 そう口にしたとき、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。


私は一人じゃない。

送り出してくれる友達がいて、待っててくれる居場所がある。

だからきっと、怖くても前に進める。


 私は拳を握りしめて、皆の顔を順に見た。


「ありがとう。私、行ってくるね」


その言葉に、三人がそろってうなずいてくれた。



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