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46.二度目の出会い

 その日から、私は彼女の姿を意識するようになった。

昼休みの中庭。図書室の窓際。魔法理論の講義のとき、隣の列に座る横顔・・・。


彼女はいつも静かで、周囲の喧騒から一歩引いた位置にいた。誰とも群れず、けれど拒絶するわけでもなく、淡々と日々を過ごしているように見えた。


 そんな彼女が、気づけば目で私を追っていることに、ある日ふと気づく。


(また・・・見てる)


目が合うと、彼女はそっと視線を外した。けれど、明らかに動揺していた。

そして、その瞳に宿る感情・・・それは、どこか私自身の記憶を掘り起こすような、奇妙な既視感を伴っていた。


(あの目・・・どこかで・・・)


 けれど、思い出せない。もやのかかった記憶の中に、その瞳だけがぽつんと浮かんでいる。


それは、転生してから何度も味わってきた感覚。前世と現世が、ふとした瞬間に交差するような、そんな不安定な感情だった。



 そんなある日の午後、私は校舎裏の渡り廊下で彼女に声をかけられた。


「・・・あなた。アリア・ベルナード、さん・・・だよね」


背後から名前を呼ばれ、私は振り返った。

そこにいたのは、あの銀髪の少女・・・ユエだった。雪のように白い制服の裾が、風にひるがえっている。


「・・・うん。そうだけど」


「少し、時間あるかな。話したいことがあるの」


 その声には、わずかに震えが混じっていた。

私の胸に、またあの違和感が生まれる。


(どうして・・・この声、こんなにも・・・)


思わずうなずいていた。

彼女の誘いに従い、私は人気のない石畳の庭へと足を運んだ。


 そこで、ユエはぽつりとつぶやいた。


「・・・私、あなたのこと、知ってる気がするの。前から。ずっと前から」


そして、彼女の紅い瞳がまっすぐ私を射抜いた。


「あなた、前の世界で・・・『鈴木三春』って名前じゃなかった?」


 心臓が跳ねた。

頭の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちた。


その名を、私はこの世界で一度も口にしていなかった。誰にも、話していない。

けれど、今。目の前の少女は、確かにそれを知っていた。


「・・・どうして・・・?」


 私がそう問い返すと、彼女は胸元をぎゅっと掴みながら答えた。


「私も、あの世界から来たの。・・・“高橋芽依”っていう名前だった」


その瞬間、私はようやく思い出した。

彼女の瞳、声、立ち姿。全部が、あの教室の片隅で黙って私を見ていた、あの同級生と重なった。


 思わず、声が震えた。


「・・・高橋さん・・・ 」


 彼女は微笑んだ。その微笑みに、今にも崩れ落ちそうな悲しみと、長い時を経てようやく繋がった安堵があった。


「また会えたね、三春さん」


その言葉に、私は何も言えなかった。

この世界は、ただの異世界なんかじゃなかった。

前世で失われたはずの縁が、こうして再び、私の前に現れた。





 私とユエは、言葉を失ったまま、雪の残る石畳に並んで腰を下ろした。

周囲には誰もいない。吐く息が白く漂っては、風に溶けて消えていく。


「・・・あの頃のこと、思い出したの。こっちの世界に来てから、夢の中で何度も見た。三春さんが、屋上から飛び降りるところも・・・」


ユエの声は、ひどく静かだった。怒りも、泣き声もなく、ただ風に流されるように淡々と。


「でも、本当は・・・あなたのこと、羨ましかったんだ」


「・・・羨ましかった?」


 私が問い返すと、ユエはゆっくりうなずいた。


「逃げられたから。あの世界から、ちゃんと逃げたから」


私は、言葉を失った。


「私は、逃げられなかった。・・・三春さんがいなくなって、ターゲットが私になったの。先生も親も、見て見ぬふりで・・・」


 その声は震えていた。けれど、涙は見せなかった。


「しばらくは、なんとかやり過ごそうと思った。無視されても、机を荒らされても、耐えようって・・・でも、だめだった」


彼女は視線を空に向けた。どこまでも白く、冷たい雲が流れていた。


「ある日、階段から突き落とされたの。たぶん、事故ってことにされたけど・・・私は、気づいてた。わざとだって。・・・殺されるって、思った」


 それは冗談や誇張ではなく、本当の“殺意”だったのだろう。

いじめという言葉では言い表せない、悪意そのもの。


「そのとき、意識が遠のいて・・・次に目を開けたら、この世界にいたの」


彼女の瞳が、再び私を見つめる。


「どうして、こんなところに来たのか、ずっとわからなかった。でも、あなたを見たとき・・・初めて、少しだけ意味がわかった気がしたの」


 私も、胸の奥に小さな痛みを感じていた。

私たちは二人とも、同じ傷を抱えて、同じようにこの世界に投げ出されたんだ。

死んだはずの命が、終わりを拒んで、どこかへ流れ着いたように。


私は、そっとユエの手を取った。冷たい手だったけれど、確かにそこに生きていた。


「・・・会えて、よかった」


 そう言うと、ユエの目にうっすらと涙がにじんだ。


「うん・・・私も・・・」


その時、胸の奥に決意の火がともった気がした。

この世界に転生してきたのは、偶然なんかじゃない。何かを、正すために。何かを、終わらせるために。


 そして・・・あの連中が、もしもこの世界にいるのなら、私は決して許さない。

死ぬ時、いや、それよりずっと前から固く、固く決意していたことだ。


それはきっと、彼女も同じだろう。

彼女は私と違い、奴らに直接殺されたのだから。


「ユエ・・・」


 私は彼女の手を取った。

そして、声を出さずに・・・涙をこぼし、同時に、怒りと憎しみを燃え上がらせたのだった。

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