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77.炎の選択

 それからしばらく、母と私は言葉を交わさなかった。ただ静かに、揺れるランプの灯を見つめていた。

炎は穏やかで、今は優しく部屋を照らしていた。


けれど──私は知っている。この炎の奥底に、私の知らない“力”が眠っていることを。


 そしてそれは、いずれ目覚めるだろう。

私が「選ぶ」と決めた以上──もう、止まることはできない。




 翌朝、目を覚ますと、サラから学院に呼び出された。


「すぐに来てください。封印の間の件で、学院長が話をしたいそうです」


その一言だけで、嫌な予感がした。

けれど、私は逃げなかった。 炎を選んだのだ、ならば、向き合うしかない。


 制服に袖を通し、母に「行ってきます」とだけ告げて家を出た。


町は、まだ朝靄に包まれていた。けれど、どこか重苦しい空気が漂っている。

まるで──何かが始まろうとしている予感が、この街全体を押し包んでいるような。


 ゼスメリアの正門をくぐったとき、待っていたのは学院長と、学院の魔法管理局の使者だった。


「アリア・ベルナード。封印された記録に無断で接触した疑いがあるため、事情を聴取する」


冷たい声だった。 

私は、隣にいたサラを見る。彼女は私の手をぎゅっと握っていた。


震えているのは、きっと彼女だけじゃなかった。私も、同じだ。


「その通りです。私は、禁の間に入りました。そして、見たんです。フィア・ベルナードの記憶を」


 その瞬間、ざわりと空気が揺れた。使者の視線が一層鋭くなる。


「・・・では、あなたは自身が“災厄の血”を継いでいると、認めるのですね?」


私はうなずいた。


「はい。私は、フィアの末裔です。そして、炎の力を継いでいます」


 数秒の沈黙のあと、使者は厳かに言った。


「アリア・ベルナード。貴女に、“監視対象”としての処置が下されます。今後は学院外での魔力使用を制限し、また一定の範囲を超える移動は禁止されます」


その場の空気が凍りついた。


「・・・なぜですか。私は、何もしていません。母だってそうです」


「確かに、今はそうかもしれません。しかしながら、何かあってからでは遅い。歴史が、それを証明しています。災厄の魔女フィアは、最初は“正義”を掲げていた。しかし、やがてその炎は誰の制御も受けなくなった」


 私は唇を噛んだ。 

確かに、私と母はフィアの血を引いている。最初から「疑わしい」とされても、仕方ない。


「見たから」「知ったから」ではなく、「生まれがそうだから」。

それが、この世界の“正義”なのだろうか。


 けれどその時──


「待ってください!」


サラが、一歩前に出た。


「アリアさんは、危険なんかじゃありません。禁の間の封印は、私が解除しました。責任は、私にもあります。どうか・・・アリアさんを、ひとりだけで罰しないでください!」


 場に、重い沈黙が降りた。

私は──その背を見て、心の奥で何かがあたたかく溶けた気がした。


あの炎の記憶の中で、誰にも届かなかったフィアの叫び。 でも今、私の叫びは──届いている。


 ひとりじゃないと、そう思えた。

だからこそ、私は前を向いて言う。


「いいえ、サラ。私は逃げない。制限されようと、縛られようと、私は自分の意志で立ち続ける。私は“災厄の魔女”の末裔かもしれない。でも、私は・・・違う未来を選ぶ」


その言葉は、私の中にある恐れを燃やすように響いた。 そして、その炎はきっと──まだ始まりにすぎない。


私は、燃やすために生きるのではない。 

誰かを守るために、この炎とともに、生きてゆくのだ。





 夕方、学院から戻った私は、家の扉を静かに開けた。


中は、いつもと変わらぬぬくもりがあった。けれど、私の心はもう、以前の私とは違っている。


「・・・おかえり」


 母が台所から顔を出す。手には包丁と、切りかけの野菜。

その姿は、どこにでもいる母親だった。

ただの、穏やかで優しい人だった。


──そう、「そう見えた」だけだった。


 私は靴を脱ぎ、まっすぐ母の前に立つ。


「母さん・・・話してほしい。昔のこと、フィアのこと・・・そして、母さん自身のことを」


母の手がぴたりと止まる。

微かに、まな板の上の包丁が揺れた。


「・・・学院で、聞いたのかしら」


「うん。学院で、“監視対象”にされた。私はもう、ただの生徒じゃいられない」


 母は、ゆっくりと包丁を置いた。そして私の目を見つめる。


「・・・あなたがまだ小さかった頃・・・夜に、突然熱を出して、全身から赤い光が漏れたことがあった。覚えてないかしら」


そういえば、そんなことがあった。

転生してから四年目の、夏のことだった。


「・・・うっすら。でも夢みたいだった」


「いいえ、あれは夢じゃない。・・・あなたの中にいるものが目覚めかけたの。ほんの一瞬だけね」


 母は一度言葉を切り、続けた。


「・・・あの時私は、ここに移住してよかったと思ったの。あなたと私の真の姿を、誰にも知られないように。誰にも、気づかれないように・・・」


母の声は震えていた。その震えは、今まで聞いたどんな声より、深い痛みを含んでいた。


「私は、炎の暴走というものを知ってる。私も・・・昔、制御できなくなったことがあった。多くの人を・・・焼いてしまったわ。護るためだった。でも、結果は・・・違った」


「・・・!」


「それからずっと、私はこの力を封じる方法を探してた。あなたには、背負わせたくなかったから」


 母の目には、悔しさと、後悔と、そして微かな決意があった。


「でも──間違ってたのかもしれない。封じるだけが、答えじゃなかった。今日、あなたの顔を見て思ったの。あなたは私とは違う。“受け入れた”顔をしていた」


私は黙ってうなずく。


「・・・私、怖かった。自分が、怪物みたいな魔女になるんじゃないかって。でも、今は違う。誰かを傷つけないように生きるために、力を知って、使って、生きていくって決めた」


「あなたがそれを選んだのなら、私は止めはしないわ」


 母は、ふっと息を吐いた。


「私が背負ってきた罪、封じきれなかった炎・・・全て、話す必要がありそうね。わかった、今夜全部話す。・・・それで、あなたがどうするか決めなさい。可哀想だけど、これはいわば、あなたの宿命よ」


私は静かに頷いた。

自ら選んだのだ。だから、知る。知って、前に進む。


それが、私の意思。




 その夜、私は母からすべてを聞いた。

遠い昔、邪神が現れるよりもずっと昔に起きた、戦争のこと。フィアが、どうして“災厄”と呼ばれるに至ったのか。

そして、母がなぜその血を受け継ぎながら、今日まで生き抜いてきたのか──。

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