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94.終わらなかった復讐

「ノエルは死んだ。私にとっての“ノエル”は、あの日確かに死んだ」


 そう呟いた時、自分の声が少し震えていたのがわかった。

でも、それを認めたくなくて、私は続ける。

喉の奥が、きつく締まる。


「・・・もう一度、終わらせてやる」


その声音には、怒りと、そしてほんの少し“怯え”が混じっていた。

まるで、自分の中の「決着」が崩れていくのを、認めたくないみたいに。


 私の中で終わったはずの“復讐”が、再びうごめき出していた。





 部屋は静かだった。

窓から射す夏の夕陽が、床にオレンジの影を落としている。


シルフィンの案内で、私は彼女の家に足を踏み入れた。

そこにいたのは──ノエル。いや、伊原美紗。


 白い包帯が腕を巻き、薄いシーツの上に座っている。

その姿を見た瞬間、私は胸の奥にあった何かがぐしゃりと潰れるのを感じた。


でも、表情には出さなかった。

私は、ただ冷たく、そして強く、自分を律するように睨みつけた。


 ──空気が、重い。重すぎて、呼吸が難しいほどに。


ノエルもまた、私を見ていた。だが、視線がすぐ逸れた。

私は一歩、踏み込む。


 何も言えずにいた私たちに、シルフィンが小さく口を開いた。


「二人とも・・・話して。もう、黙って傷つけ合わないで」


その言葉に、私はゆっくりと顔を上げ、ノエルの目を見据えた。


「・・・なんで、生きてるの」


 怒りが込み上げてくる。


「なんで、死んでくれなかったの。・・・また、私に殺されたいの?」


怒っていた。叫ぶように。

でも本当は、どこかで“答え”を探していたのかもしれない。


 ノエルは一瞬だけ目を伏せ、震える唇で答えた。


「・・・わたしだって、死んだと思ってた。でも・・・彼女は、私をわかってくれた」


あえて「助けられた」とは言わなかった。

それが、余計に私の感情を逆撫でした。


 掌に炎が灯る。あの時と同じ、灼熱の魔力が私の中を駆け巡る。


「“わかってくれた”・・・?ははっ・・・誰が?シルフィンが!?──あんたの、何をわかってるってんのよ!!」


炎がうねり、空気が焼ける。

──でも。


「やめて、アリア!」


 シルフィンが即座に私の前に立ち、手を握った。


「──あなたは、もう“壊す”必要なんてない」


その声に、私の手から魔力が少しずつ揺らぎ、熱が下がっていく。


「・・・あの日、あなたは叫んだんでしょ?私は忘れてない。誰にも助けてもらえなかったって。──それは、とても辛かったと思う。でも、今は私がいる。だから、お願い。これ以上、あなたが“自分”を壊さないで」


 その言葉は、静かに、でも確実に私の胸に届いた。



 私は、目を伏せて呟いた。


「・・・わかんないよ、もう・・・」


唇が震える。止まらない。


「あんなに憎かったのに。終わったはずだったのに。・・・どうして、まだ私の中に残ってんのよ・・・!」


 涙が、頬を伝った。炎は消え、魔力は霧散していく。


その時だった。


「・・・あの日、あの教室で、私が逃げなければ。笑わなければ。見ないふりをしなければ──」


 ノエルが、自分の言葉で語り出した。


「アリア。・・・私は、あなたを殺したと思ってる。だから、あの時燃やされたのは当然だって、ずっと思ってた。・・・むしろ、生きてたのが申し訳なかった」


その声には、嘘がなかった。


私は、何も言えなかった。

何かが、崩れていく音がした。胸の奥で。


 ──この人は、変わろうとしている。

なのに私は、まだ許せていない。

どうして?なぜ?それでも──


言葉にならない思いが、喉の奥で絡まって、吐き出せなかった。







 私は、両手をぎゅっと握りしめたまま、俯いた。


こんなに涙が出るなんて、思ってなかった。

憎くて、憎くて、ただ燃やして、消し去って、それで終わるはずだったのに。


「・・・ノエル」


その名前を呼ぶのが、怖かった。

でも、それ以外に、もう言葉がなかった。


 顔を上げる。ノエルも、私を見ていた。


目は赤く、泣き腫らしていた。

あの頃の教室で見た彼女の顔じゃない。

勝ち誇った顔でも、無関心な仮面でもない。

──ただの、ひとりの、壊れそうな女の子の顔。


 私は、ゆっくりと、手を伸ばした。

彼女の前に、震える指先を差し出す。


「・・・まだ、許せてない。でも・・・」


言葉が詰まる。


「でも、私も・・・本当は、ずっと怖かったのかも。・・・終わってしまうのが」


 ノエルが、ゆっくりと自分の手を重ねてきた。指先が触れる。熱が伝わる。涙がまた、一筋、頬を伝った。


「ごめんなさい・・・」


かすれた声で、ノエルが言った。

私もまた、唇を震わせながら応えた。


「・・・私こそ、ごめん」


ふたりの手が、確かに重なっていた。

痛みと後悔と、赦しきれない思いと。

そのすべてが、今ここで混ざり合っていた。


 ──赦すとか、赦されるとか、そんな簡単なことじゃない。だけど、それでも。


「ありがとう、シルフィン・・・」


私はふと、そう呟いていた。

彼女がいなければ、きっとこの手は、伸ばすことさえできなかった。


シルフィンは、少しだけ微笑んで──それから目尻をぬぐった。


「・・・うん、よかった。もう、二人とも、泣くの禁止」


 その言葉に、私もノエルも小さく笑った。

涙まじりで、ぐちゃぐちゃな笑顔だったけど、それでも──確かに、あの頃とは違っていた。


私は、少しだけ前に進めた気がした。


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