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101.忘れられた場所

 昼休み、学院の裏庭に集まったのは、私、ノエル、ライド、シルフィンの四人だけだった。


「マシュルは今日は休みだって。ちょっと熱が出てるらしいよ」


そう言ったのはライド。食堂から持ってきたらしいサンドイッチの袋をぶら下げたまま、肩をすくめていた。


「どうしたんだろう?昨日の訓練で、無理しすぎたのかな・・・」


 シルフィンが心配そうに言いながら、私の顔をじっと見る。


「それで、アリア。朝からずっと落ち着かない顔してたけど、なにかあったの?」


私は、小さく息を吸い込んでから、言葉を選ぶように話し始めた。


「・・・夢を見たの。多分、ただの夢じゃない。あの“マティア”に似た存在が、私の中に“記憶の扉”を開いた」


 ノエルの表情がわずかに強張る。


「“選ばれなかったもの”って、言ってた。闇の魔女として・・・忘れられた誰か」


「それ、本気で言ってるのか?」


ライドが目を丸くする。けれど私の目を見て、冗談じゃないとすぐに悟ったらしい。

彼は深く息を吐いた。


「じゃあ・・・その“気配”、追ってみよう。アリア、どこか心当たりは?」


 私は一度だけ目を閉じ、胸の奥に残っている“あの感覚”を探る。


──冷たくて、深く沈んだ気配。

それは、森のほうではない。むしろ学院の中・・・もっと古い場所に、眠っている。


「・・・旧礼拝堂。もう使われていないけど、地下に魔力遮断結界が張られてるって、聞いたことがある」


「そこって・・・魔法考古学の先生が出入りしてる場所だよね?普通の生徒は立ち入り禁止なんじゃ──」


「今さらそれくらいで止まると思って?」


 私の言葉に、ノエルがふっと笑った。


「じゃあ、決まりね。さっさと行きましょう。マシュルがいない分、私たちで何とかしなきゃ」


「よっしゃ・・・探検隊ってやつだな。出発だー!」


ライドがいつもの調子で言いながら、歩き出す。私たちもそれに続いた。




 旧礼拝堂は、学院の一階南西にある。

普段から掃除もろくにされず、埃に覆われた、ほとんど忘れられた場所。けれど、近づくにつれて──空気が変わった。


冷たい。まるで“何か”が、呼吸をひそめているような気配。


「・・・感じる」


 ノエルが、小さく呟く。


重い扉を開けると、中は埃にまみれたまま、時間が止まったように静まり返っていた。

古びた木の床、ひび割れた石の柱。そして、奥へと続く階段──


 闇に沈んだ地下への入り口が、ぽっかりと口を開けていた。


「・・・行こう」


私たちは、足音をひそめて階段を降りていく。

一段降りるごとに、空気が重くなっていくのがわかる。


「ここ、魔力が吸われてる・・・?」


 シルフィンが驚いたように呟いた。


地下の空間には、まるで結界が溶けかけているような、不安定な魔力の渦が漂っていた。

そしてその奥──


石壁の裂け目。そこから、黒い瘴気のようなものが、わずかに滲み出ている。


「・・・ここだ。あの夢の気配と同じ」


 私は手を伸ばそうとした。けれど──


「待って、アリア。・・・その中、“見てる”」


ノエルの低い声に、全員が動きを止める。


 ─影。


 裂け目の奥に、たしかに“何か”がいる。

姿は見えない。けれど“意思”だけが、確かにこちらを凝視していた。


「戻ろう。今はまだ、深入りすべきじゃない」


私たちは静かにその場を離れた。

けれど、その“影”の視線は──最後まで、私たちの背に、付きまとっていた。




 外に出た時、木々の間から差し込む陽の光が目に刺さった。

夕日でもないのに、やけに赤く見えたのは、気のせいだろうか。


「・・・あの闇、“ただの残滓”じゃない。呼ばれてる気がした」


 私が言うと、ノエルも小さく頷いた。


「だからこそ、油断しないで。アリア、今のあなたにとって、“向こう”は近すぎる」


私はその言葉を胸に刻みながら、空を見上げた。




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