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第59話 ︎︎結晶

 ネフィと二人、くすりと笑うとアルが拗ねたように口を尖らせる。


「二人だけずるいよ! 僕も仲間に入れてくれてもいいでしょ? 何かあったの?」


 その言い様に、また笑みが零れる。あまり意地悪をするのも悪いと思い、打ち明けた。


「まだ確定ではないのですが……覚悟して聞いてくださいね?」


 表情を引き締めて言うと、アルも居住まいを正し頷く。


「実は、月のものが遅れているのです。まだ数日程ですが、念のため香水を控えています。香水には酒精アルコールが使われていますから、万が一も考えられますでしょう?」


 その言葉に、アルは目を見開き固まった。そしてネフィが続ける。


「予定では殿下のご帰還後だったのです。しかし三日三晩、その後もずっとですからね……可能性は否定できません。御典医のベルリア様にも診ていただき、しばらくは安静にとご指導を受けております。ですので、殿下」


 ネフィはちらりとアルに視線を移し、ちくりと棘を刺す。


「夜のお勤めも、控えていただきたく存じます」


 するとアルは百面相を繰り広げる。ぱっと明るくなったかと思うと、焦ったようにおろおろと視線を泳がせ、何度も口を開閉するけれど、どれも言葉にならない。お母様が仰っていたけれど、本当にこういう時の殿方って、面白い反応をなされるのだと感心してしまった。


「喜んでくださらないのですか……?」


 わざと悲しい顔をして見せると、アルはぶんぶんと音がなるほど首を振る。


「そんな事ある訳ない! すごく嬉しいんだ! でも……ダメ、なの……?」


 そろりとネフィをうかがうと、返ってきたのは無情な答えだ。


「はい,ダメです」


 アルは項垂れるけれど、顔を上げるともう顔つきが変わっていた。


「うん、そうだよね。何よりも、リリーの体が一番大事だ。僕が我慢すればいいだけだし、リリーが苦しむのは見たくない。ネフィ、何かあったらすぐに知らせて。執務中でも構わない。乳母も探さないとな……いや、リリーはどうしたい?」


 真摯な瞳は急に大人びて見えて、どきりと胸が鳴る。もちろん今までも好きだった事に変わりはない。顔を合わせれば胸が高鳴り、些細な仕草に一喜一憂していた。けれど、この表情は反則だ。心身共に結ばれた時から、子供だとは思っていなかったはずなのに。今目の前にいるのは、確かに大人の男性だった。


 この人の子供が私の中にいるのかと思うと、次第に頬が熱くなり、羞恥心が込み上げてくる。そして浮かぶのは熱い夜。


「リリー? どうしたの?」


 急に黙った私に、アルが問いかけた。慌てて首を振ると、変に裏返った声が出てしまう。


「いえ! なんでもありません! えっと、乳母、乳母ですよね。私はできるだけ自分の手で育てたいと思っています。王太子妃の仕事もありますから、乳母は必須ですけれど、任せっきりには致しません。アルはどうお考えですか?」


 王族が自身の手で子育てする事は珍しく、ほとんどが乳母頼りなのが現状だ。執務や公での催し物など、目を離す機会はいくらでもあり、どうしても手を借りねばならない。その関係上、乳母の影響は大きく、他国では王を操った者もいるとか。幸いこの国でその手の話は聞かないけれど。


 アルも頷くと、同意してくれる。


「うん、そうだね。僕達の子供だもの、一緒に育てよう。父上はまだご健在だし、戴冠まで時間はたっぷりあるんだから」


 そう言いながら、私の腹部を優しく撫でた。


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