二人はまた、竈をはさんで座り直した。
その際龍は竈に木をくべて杖を構える。
「ちょっと!火つけるぐらい火球で無くたってライターとかマッチでもあれば…」
「フォフト《火よ起これ》」
杖の先から数センチぐらいの火柱が噴出した。
それを竈に火が移ると、パチパチと木が燃える音が響いた。
「なんか言ったか?」
龍はニヤニヤしながらアリスの顔を見る。
「…な、なにも」
ある程度火が大きくなると、龍が口を開いた。
「さて、予定が大きくずれてしまったがまあいい、俺にも原因はあるからな」
「なんのこと?」
「なんでもない。それでだ、もうめんどくさいから単刀直入にいうぞ?一応最初に言っとくが結構ショッキングだ、心して聞いてくれ」
アリスの顔が真面目になり龍の言葉にうなずく。
「アリス…、非常に残念なんだが、お前は一回死んでいる。そして、この世界、『セア』に転生してきた『転生者』なんだ」
………。
森の静寂に、木が燃える音だけが加わる。
しかし、アリスの顔は変化した。
真面目だった顔からおかしくてたまらないという顔に。
「ふふふ、あははは!冗談でしょ?私が死んだ?そんなのおかしいでしょ!?だって私は今こうやって生きてるし、さっきだってあんたを殴ったじゃん!」
「もう一度言うぞ。お前は死んでいる。この世界に居るのが何よりの証拠だ。日本の知識はあるが、自分のことは思い出せないだろ?」
「何言ってんのこの人…。思い出そうと思えば思い出せるわよ!たぶん…」
アリスは目をつむり、必死に自分のことについて思い出そうとした。
しかし、思い出せるのは恐らくアリスが生きていた時代に起きた事象や現象、人物の名前、物の名前。
アニメの名前や内容。それは思い出せた。
だが、本名や家族、友人の顔、過去の情報は何一つ浮かばない。
自分の事について明確に思い出せるのはただ一つ「アリス」という名前だけだった。
「……お、おもいだせない…、おもいだせないよう」
アリスは自然と涙を流していた。
先ほどの下を脱ぐときの羞恥の涙ではなく純粋に悲しみによる涙だ。
「……」
龍はその様子をただただ煙管を吸いながら眺めていた。
(俺の経験だが、転生者の反応は三つに分かれる。アリスのように記憶喪失に苦しむ者。すぐに順応する者。受け止めきれずに自決する者……これが最悪だ。目の前で人が死ぬのは何度見ても心に来る。最近は減っているが……ラノベとやらに感謝だな)
「ねえ?」
「ん?」
龍がアリスを見ると、目を真っ赤にして泣いていた。龍は静かにローブからからハンカチを取ると、アリスに渡す。
「ありがと…」
顔を流れた涙をふき取ると、ハンカチを返した。
「いや、いらん。やる」
「そう?ねえ質問していい?」
「ちょっとまて」
龍は持っている懐中時計を確認した。
(19時か…、明日も早いが…、すこしなら良いか)
「少しだけだ、明日も早いから晩御飯を食べながらでいいか?」
「…だいじょぶ」
「わかった」
龍は飯を食おうとカバンを漁りだした。
「私みたいに記憶を無くした転生者?はよく来るの?」
「ああ、結構。ていうか転生者は例外なく記憶をなくしてるな。転生者は月一ぐらいでくる。あ、あった」
龍は完全密封された袋を取り出した。
「月一!多くない!?日本人ってそんなに死んでるっけ?まあ今は良いけど。それより私…、身内の名前も思い出せないだけど…、あんたが女性の名前を言ってくれたら思い出せるとかない?人の名前は思い出せるんだ。例えば最近の総理大臣の名前とか」
龍は袋をナイフで切り、中身を取り出す。
そして、鍋を出すと、中に杖呪文を唱えで水を張る。そして、袋の中身も鍋に入れて竈の火の上において湯銭を始める。
「それはない。仮に俺がお前の母親の名前を当てたとしても、お前はそういう人を知ってるという知識があるだけだ。この世界に来る確率は限りなく低いが、もし来たとしてもお互い知っているけど関係までは知らないという状況になる」
「そう…なんだ。あと、さっきから気になっているんだけどそれ何温めているの?」
自分が満足いく回答が来たのか、アリスは鍋の中の物体に興味をしました。
「質問はもういいのか?これはレトルトパウチだ」
「レトルトだってことは見ればわかるわ!なんでそんなもんがあるのよこの世界に!?」
「そりゃあ、これは戦闘糧食だ。この国の自衛隊を所管してる防衛省が開発してんだからあるだろ。日本人の食べ物に対する執着凄いぞ?俺もびっくりするレベルだからな」
アリスは今、自分の耳を疑った。