アリスは唖然としていた。
目の前にあるのは、どう見てもテントだった。
……しかし小さかった。
愕然とした顔で龍を見るが、ただただ無表情である。
「この中で寝ろと?」
「そうだはやく入れ」
「どうみてもギリ一人分しかスペースないよね!?あんたは!?」
「俺は外で寝る、慣れているからな」
「いや、そういう問題じゃねーよ!?うら若き乙女をこんなみすぼらしいテントで寝かすのかと聞いとるんじゃ!」
「今日一日、君を見たが、一瞬でも乙女と思ったことは…うぐぅ!」
またまた、アリスのボディーブローである。
「てめえが私をどう思うが関係ねえだろ、客観的に見て、こんなテントに女性を寝かすのが正解か?って聞いてんだけど?」
「大丈夫だ、見た目だけだ!中入ったらわかる!とりあえず入ってみようか!それにテントこれしかないぞ?これが嫌なら俺と一緒に外で寝るか、俺がテントで寝て、お前は一人外で雑魚寝するかい?」
「…っち!…どうするか」
アリスはテントと地面を見比べ、渋々決断した。
「…………分かった!入れば良いんでしょ!」
諦めて、小さいテントに入ることにしたアリスは四つん這いになり、小さい入り口を潜り抜けた。
「……うっそーん」
表のみすぼらしいテントとは対照的に、中はビジネスホテルのシングルの客室並だった。
右側にはちゃんとしたベッドが置かれ、左側には服を掛けるかけるハンガー、さらに化粧台に鏡など、外のテントからでは想像もつかない内装の豪華さがアリスの目を輝かせた。
アリスは飛び出した。
「なんで!?なんで!?中すごい広いよ!?なんで!?」
疲れと眠気、それに意味不明のテンションでついに語彙力までもどこかに消え去った。
「空間拡張魔法だよ、中が広くなるんだったら、外側なんて意味ないからな。できるだけテント自体はコンパクトに、内装は広く、その方が荷物の総体積が少なくて済む。」
「……ずっと聞こうとは思ってたけど、もしかしてそのバッグにも同じ魔法かかってる?」
「そりゃあかけないとこんな大荷物常に持ち歩けないだろ?あと、ほれ。」
龍は服を投げてよこす。アリスが掴むと、それは女性もののパジャマだ。
「問題ないとは思うが、寝汗でその服ぬれると困るだろ?寝巻だ。着とけ」
「…ありがと」
「それと中のランプはガラスの筒を上に引っ張って、中の火を消せば消える。…消し方は分かるよな?」
龍はじっとアリスをみる。その視線はアリスの下半身に向いているように見えなくはない。
不意な視線を感じるとアリスは右で握りこぶしを作り顔の前に持っていくと、笑顔で答えた。
「どうだと思う?」
「……ごゆっくり」
着ていた服から寝巻に着替えると、ふかふかのベッドに腰掛けた。
「…ふう、すんごい疲れた」
だがベッドに腰掛けると色々な思いが生じてしまう。
「でも…本当に死んじゃったんだよね?だって日本にいた時のこと思い出せないんだもん。私が育った場所、育ててくれた両親、親友…、全部思い出せない……あれ?さっきあの男も言ってたよね?お前はこの世界に転生したんだって」
思い切り立ち上がる。
「それって!考えてみれば私ってよくあるラノベの主人公ってこと!?だってこの世界は魔法もあるし!私も使えるし!主人公によくあるチート見たいのは分からないけど、そう考えたら、ある意味死んでラッキー!?ッシャア!テンション上がってきたー!」
非常に今さらであるが自分が置かれた状況を理解し、かつ龍が最も見たい反応であり、聞きたかった言葉を大声で連呼した。
だが、時間が遅すぎただであろう、テントの向こうにいる男の言葉は違った。
「うるせえよ!さっさと寝ろ!」
「…サーセン」
とりあえず、部屋のランプをすべて消すと、ベッドに横になった。
「でも、そう考えたらこれからの生活が面白そうで寝れそうにない!異世界ってことはもしかしたらほかの種族がいる可能性もあるってことじゃん!やばい!わくわくしてきた!色んな町とかもあるだろうし!やっぱり異世界だから中世的な街並みとか広がってるのかな?考えたらきりがないなこれ!」
ワクワクが止まらず、目がギンギンになった……が、数十秒後には意識を手放すアリスだった。
テントの明かりが消えて静かになるのを確認した龍は、煙管を取り出しタバコの葉を詰めて火を付けた。
「…ふう、やっと眠ったか。もう少し早く気づいてほしかったんだがな、まあいい」
(すこしでも前向きな状態でこの世界を生きてもらわんと、結局駄目になる人間もいるんだ。あれぐらいのテンションがちょうどいい。…俺も寝よう)
カンっと煙管の吸い殻を木箱に落とすと、そのまま雑草の上に寝転がった。
(……だが、今日の儀式は少し様子が違ったのは確かだ。つまりあの少女、アリスに何らかの秘密があるのは恐らく確実…、もう少し様子を見てみるか)
実は龍がアリスに課した抜き打ちテストは9割はただの嫌がらせであったが残る1割は違ったのである。
その秘密が明らかになるのは翌日だった。