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北条家事件 アリス編 1

 アリスがそれを知ったのは五月に行われた中間テストが帰ってきた週の金曜日のことだった。


 ステアはマギーロ学園都市が管轄している学校だが学園都市自体は日本が管理しているので実質学校としてのシステムは日本の高校と同じものを採用している。


 故に三学期制なのだが、ステアに通う生徒に実施されるテストは色んな意味で普通の高校とは違う。


 この第二日本にもゴールデンウィークが存在するがその内の二日だけステアだけは平日扱いされる。逆にテスト期間である三日間が終わると残りの二日が振替として休日になるのだ。つまりテストが行われる週はテストが終了すると同時にその週は休みとなる(ただしテストが返却されるまでは校外に出ることが禁止されるのでつかの間の休息と解釈されることが多い)。


 このシステムには色々な理由が存在するが、一番の理由はステアの全教師が二日間の休日中に全学年の答案を採点し返却するためだ(過去にテスト返却が遅れて生徒から抗議があったためにこの方式がとられた)。


 ステアは第二日本の中でもかなり特殊な進学校だ。


 普通の高校のように授業態度が成績に反映されるシステムは無い、しかも普通は授業に出席することで得られる単位も成績もテストでの得点数によって判断されるためステアの生徒にとって授業に出席するよりもテスト自体が重要なのだ。



 すべてのテストが終了し、アリスが所属する花組にも全員分の答案が返ってきた。一人一人の答案が返却されていく中、アリスの答案が返却されるとアリスは膝から崩れ落ちた。


「はは……まあ、そうだよね」

「大丈夫?アリスちゃん」


 崩れ落ちたアリスそばに小林が近寄りアリスの答案を覗き見ると苦笑いを浮かべた。


「あー」


 英語、数学、国語、理科までは何とか旧日本の知識で平均点以上が取れたが問題なのは他の二教科だ、社会とこの世界にしか存在しない魔法学というものである。


 もちろんだが小中と第二日本の義務教育を終えている前提の問題しかない。しかもこの世界にしか存在しない単語やその意味も学習してる前提での応用問題なので、それを訳一か月で覚えるのは、さすがに異世界に憧れがあり適応力があるアリスとて至難の業だった。


「しょうがない!でも赤点ギリギリだから追試も無い!次までに頑張って勉強すればOK!」

「ははは、でもそれするとステアの勉強について行けない……」

「大丈夫!先輩がいくらでも付き合ってあげるさ!それに霞姉妹も……ってあれ?サチとコウは?」

「なんか実家から呼び出しがあったみたいでテストが戻った瞬間に行っちゃいました」

「ふーん。まあ名家はそういうしきたりとかあるのかもね」



 その日の夕方、アリスは香織と一緒にサチとコウの帰りを待っていた。テストが返却されれば外出が出来るので一緒に出掛けようと思っていたのだがどうにも帰りが遅かった。


 他の生徒はせっかくの休みなので出かけたり実家に泊りに行ったりで寮自体が閑散としていた。


 二人で寮の談話室でくつろぎながら待っていると、柏木が入ってくる。


「アリス、やはり居たか」

「え?ああ、やることないので」

「霞姉妹を待っているんだろう?」

「はい……でも帰るには遅いと思うので泊りになるのかな。今日は諦めて二人で寝ますよ」

「……」


 柏木は悩んだような顔をして舌を向いたが直ぐに顔を変えてアリスに視線を合わせる。


「アリス、寮長室へ来い」

「へ?……分かりました。香織、ちょっと待っててね」


 アリスと離れるのも少しは慣れたようで笑顔で頷く。


 アリスは柏木について行くように寮長室に入る。柏木は椅子に座ると大きく溜息をつく。


「どうしたんです?珍しいですね」

「……アリス落ち着いて聞け」

「はあ」

「つい先ほど霞家から電話があってな……霞姉妹から自主退学の申し出があった」

「は?……は!?え!?」


 一瞬、アリスの思考が止まった……しかし、すぐに高速回転を始める。


(待て待て、自主退学ってことは……文字通り学校をやめるってことだよね!今まででそんな素振りあったっけ?いや、あたしが知る限り無い!なら何故だ?今日家に帰った時に親に何か言われた?というよりサチとコウの両親は月組から花組に移ったことを知ってるのかな……もしそれが原因なら……いやでも他に理由もあるかもしれない。駄目だ本人が居ない状態で推理しても意味が無い!)


「アリス」

「何!」

「その……本人たちから何か相談を受けたか?」

「もしそれで悩んでいたのなら今日あそこで座ってないよ!サチとコウが実家に行って相談するなら友人としてついて行くって!」

「そうか……電話でもかたくなに理由を話そうとしなかったからな、よほどの理由が……」

「先生!」

「なんだ!いきなり」


 アリスは柏木にしがみつく。


「霞家の住所教えて!私が説得……は無理でも理由を聞きに行くことは出来る。それまでお願いだから退学の受理しちゃだめ!」


 柏木は少し考えた。


「そうだな、私が行くよりより親密な同級生が行く方が良い場合もある……か。そうだな今回は任せてみるか……それに、規則上自主退学の申請自体は平日しか受けられん、今日含めてもまだ三日は猶予がある。やってみろ」

「おけ!」



 「没落した……名家?本当に?」


 翌日、アリスは朝一で柏木に何故か双眼鏡を持たされ、香織をそのまま柏木に預けると霞家へ出発した。


 着いたのはマギーロからほど近い、名家が多く暮らす通称『名家通り』から少し離れた日本家屋だった。それでも一般的な家よりも大きい。アリスはその大きさに圧倒されたのだ。


(没落した名家だけど名家なのは変わりないからかな?それにしても大きいなあ、普通に豪邸じゃん。入り口の門も普通に大きいし……てか呼び鈴ないんだけど、どうすんだろ?こういう家に来たことないから分かんないな)


 アリスが家の門の前であたふたしていると、門の向こうから声がした。


「それでは検討のほどよろしくお願いしますよ?私が直々に来たんです良いお返事を期待しています」


 アリスにはそれが男の老人の声に聞こえた。


(誰か来てる?)


 すると数は分からないが足音がアリスの居る門の方に近づいてくる。また同時に車が近づく音がするもの分かった。


(やっべ!どうする?ここは名家が多く住む場所、あたしの予想だと出てくるのは名家の人間なはず……なら今の状況的に鉢合わせるのはまずいよなあ……なら)


 アリスは一度箒に跨り、ある程度上空まで上昇した。


(思ったけど、名家の人って車移動が基本だよね。箒で飛んでる人ほとんどいない……なら上空ならばれないんじゃね?……ていうか双眼鏡って、このためか!柏木先生……この事態読めてた?)


 アリスはやって来る車と車に乗り込む人間がギリギリ判別できる高度で止まると、門から出てくる人間を双眼鏡を利用し観察した。大半は黒いスーツを着た護衛だが、その中に一人着物を着た人が居た。


(あれが声の主?声的におじいちゃんて感じがしたけど……まあずいぶん立派な着物で、しかも相当白髪が進んでるけど逆に首まで伸びた髭がかっこいいな)


 全員が車に乗り込み、車が動き出す。その一連の動きを眺めたアリスは用心のために数分時間を置いて再び霞家の門の前へ降りた。


「さて、こういう家の入り方分からんしなあ。まあいいか!」


 アリスは遠慮することなく門の小さい扉を開ける、偶々なのか鍵はしてなかったようだ。


 そのまま玄関の前まで移動する。すると……。


「ごめんくださーい!」


 遠慮なく大声で叫んだ。


 数十秒後。


 一人の着物姿の女性がアリスの前に歩いてくる。髪は後ろに纏められ、目はキリっとしており流石は名家の人間といった感じだろうか。


「あ、えっと」

「ここをどこだと思っているんです?霞家といえど名家の家ですよ?それなりの礼儀や作法を知らないのですか?」


開幕の正論パンチである。


(怖えよ!こういう名家?金持ち?貴族的な人と話したことないんだから礼儀なんて知るわけないでしょうが!)


 しかし、着物姿の女性はアリスの服装を見ると表情を変えた。


「あなた、ステアの学生?」

「え?あ!はい、ステア魔法学校、花組一年のアリスと申します!同じ組の霞サチとコウに会いにお伺いしました!」


 アリスは少しテンパりながらも合っているのか分からない言葉遣いで自己紹介と目的を話した。


「アリス……さん?」


 アリスという言葉を聞くとまた表情を変えて考え始める。


「……いいわアリスさん」

「はい!」

「少しお話したいことがあります。どうぞ上がって」


 アリスは女性に促されるまま家に入り奥に歩いて行った。



 アリスが通されたのは日本家屋に相応しい和室の部屋だった。恐らく客対応用なのだろ、中央には長方形の机が置いてある。


 アリスは用意された座布団に正座する。


「あら、別に崩しても問題ないわよ?」

「いえ、何故かこっちの方が落ち着くので」

「そう……」


 女性はアリスと机を挟んで対面に座る。


「まだ自己紹介がまだでしたね。霞家当主、霞サチとコウの母親、霞三枝〈みつえ〉と申します」

「……え?」


(霞家当主!?この人が!?確かにすごいオーラ出してるからそれなりの人だろうとは思ってたけどまさか当主!?しかもサチとコウのお母さん!?でも……気のせいかな少し髪の色が赤い気がする……サチたちは綺麗な黒髪なのに、遺伝?)


「えっと……いつもサチさんとコウさんにはお世話になっております!」


 アリスは深々とお辞儀をする。


「堅苦しい挨拶はいりません。目的があってきたのでしょう?」

「はい……実は昨日この家から電話があったらしくサチとコウが退学を申請したと」

「ええ、私がさせました。親がさせるよりはスムーズにいくかと思いまして」

「なんでですか!」


 アリスが声を荒げる。が、三枝の表情は変化しない。


「……アリスさんでしたか。二人から聞いています、あなたのおかげで初めて友達が出来たと、そして花組に移動することになり学校生活が楽しくなったと」

「だったらなおさら何故退学させるんです」


 途端に三枝の顔が険しくなる。


「アリスさん、良いですか?私たちは名家です。名家に生まれた以上好き勝手に生きれるわけではありません、名家に生まれた人間はその家が存続するように発展するように日々生きる義務を負うのです。……名家の人間が何故ステアに入学するかご存じですか?」

「いえ」

「名家……格式が高い家に生まれた人間は拍を求められます。その一つがステアを卒業すること。名家の人間はステアを卒業しないと他の名家から対等の扱いをしてもらえません」

「だったら何故退学に!?まったく逆の行為ですよね?」

「貴方も二人から聞いているでしょう?私たちは『没落した名家』と呼ばれています。我々の先祖が大昔に犯した禁忌が原因です。現在、我々は名家とも表されてはいますが実際は何の権力も影響力も持たない家なのです」

「……」


 アリスは何も言えなかった。


「我々は本来名家と呼ばれてはいけない存在、ですかそれでも霞家が名家と呼ばれるのは……」

「霞家を見せしめとするためでしょう!?」


 アリスがここぞとばかりに声を荒げる。


「禁忌を犯した霞家を名家として残す代わりにあらゆる影響力や権力をなくすことで他の名家が五大名家に逆らえないようにするためですよね」

「よくご存じで」

「聞きかじっただけです。……一つ質問していいですか?」

「何でしょう?」

「何故名家を離れないのでしょう?名家で無くなればもうこんな思いをすることなく過ごせます!もちろん影響は大きいでしょうけど」

「我らが先祖代々の悲願であり、唯一の頼みがあるからです」

「はい?」

「過去の文献は一切残っておりませんが当主のみに引き継がれる言葉があります」

「それはいったい?」

「『いつか神報者がこの問題を何とかしてくれる日が来る。それまで何とか名家の地位を守れ』と」

「は?」


 アリスはまさか霞家当主から龍の名前ではなく神報者という単語が出てきたのに困惑した。


(師匠が何とかしてくれるじゃなく、神報者。つまり人が解決するわけではなく神報者という地位?職業に着いた人間が現状を打破できると伝わっている?何故だ?)


「あの……質問していいですか?」

「どうぞ」

「その……ご先祖様が犯した禁忌について何か文献等は残っているのですか?」

「申し訳ありません。何一つ」

「もう一個。今日来た……ご老人は誰でしょう?」

「見ていたのですか?」

「ここに着いたときに偶々」

「彼は北条家の当主、北条大次郎という方でございます」

「北条……失礼ですが、その北条というのはどういう名家なんでしょう」

「400年前より帝御守護〈みかどごしゅご〉……今で言う皇族御守護の任に就ている一族です」

「皇族御守護?」

「皇宮警察とは別に対人魔法で皇族を守護するために存在する仕事です」

「なるほど……あの、非常に聞きづらいのですが北条家は何と?」

「……」


 三枝は最初、言うのを戸惑っていたがアリスの本気の目に何かを感じたのか口を開いた。


「霞家の姉妹を退学させないと名家としての地位を剥奪すると。それが嫌ならばすぐにでも退学させ一般高校に転校させるようにと」

「……」


(なるほど、霞家にとっては先祖の最後……なのかは分からないけど願いとして名家としての地位は守りたい、でも北条家はこのままサチとコウが花組に居ること自体が何か気に食わない……もしくは都合が悪い?だとしたら何故だ?確かにサチとコウの行動を縛るという意味でも確かに月組に入れた方が良いけど花組でも学校内に居る限り監視だけは出来るはず…………もしかしてサチとコウがあたしと一緒にいることか?確かに入学してから香織とか一緒に過ごす時間は長い、でもそれが理由?……いや、違う。あたしが神報者の弟子だからだ!東条家や西宮家からあたしが神報者の弟子になったことは伝わっているはずだ。北条家としては霞家としての関係を神報者に探られるのが困るんだ。だから私と引きはがすために退学させるつもりなのか。でも何故だ?北条家は何を隠してる?)


「あの、三枝さん」

「何でしょう?」

「先ほど、北条家は400年前に帝御守護に着いたと言いましたよね?」

「ええ」

「では逆に北条家がやる前は誰がやっていたのでしょう?」

「……記録はございませんが。霞家が任されていたと伝えられております」

「では何故、それが北条に代わったのでしょう?」

「400年前、我々の先祖が禁忌をを犯し、その任を解かれました。その代わりとして北条家が付いたと」

「……」


 アリスは再び考え始める。


(確定だね。霞家が禁忌を犯して、その地位を北条家が取って代わった。でも中二的妄想かな?もしこれがドラマとかなら北条家がその地位の欲しさに霞家を陥れたようにしか見えないんだよね。でもそれをどうやって調べるかな?証拠になりそうな文献は霞家にも残ってないし、ワンチャン北条家に証拠がありそうだけどここまで守り通してきたんだ、一切の証拠となる文献も処分している可能性がある。…………待てよ?帝御守護……文字通り帝を守護するのが仕事……もしだ、もし霞家が犯した禁忌が天皇陛下……昔で言う帝の周りで起きた事なら当時の神報者が記録してるはずだ。それを調べれば何か分かるんじゃね?……今はもうこれにかけるしかないか)


「三枝さん!」

「何でしょう」

「サチとコウの退学について少しだけ待ってもらえませんか?」

「……何故でしょう」

「私は気になるんです、霞家が犯した禁忌について。もしかしたら真相が分かるかもしれません」

「恐らくですがこの世界にもう記録は残っていないと思いますが」

「いいえ、たった一つだけ……神報者が記録した神報書だっけ?それがあります。もし当時の神報者が記録していれば残っているはずです」


 ここで初めて三枝の表情が少し揺らぐ。が、すぐに元に戻った。


「もし記録が残っていてそれが霞家に不都合な物でも400年前に神報者が残した事実です。知りたくは無いですか?」

「確かに……もしそうであればどのような内容でも知りたいのは当たり前ですが神報者が書いたものが保管されているのは皇居にある神報殿、入ることが出来るのは天皇陛下か神報者だけです。あなたでは近づくことも出来ないでしょう」

「あたしが神報者の弟子だとしてもですか?」


 ここでようやく三枝の表情が今日一番驚きの表情に変わった。


「サチとコウに私が神報者の……龍の弟子だとは聞かされていなかったんですね。いや、他の名家たちからも聞かされて無かったみたいですね。確かに師匠は名家自体から距離を置いています。でも弟子の頼みなら聞いてくれるはずです。どうか、考えてくれませんか?」


 三枝は右手を口元に当てると何やら考え始める。時折聞こえはしないがぶつぶつと何かを呟いているようだ。


「アリスさん」

「はい」

「二日だけです」

「へ?」

「そもそも退学申請が受理されるのは平日のみ……であれば龍さんから協力するという返答に待つことが出来るのは二日後の月曜日までです。無理であれば退学を申請いたします。これでどうでしょう?」

「何とかして見せます……例えどんな手を使うことになろうとも」

「そうですか……ですが無理はなさらぬよう、まだ若いのですから」

「安心してください。今回無理させるのは多分師匠なんで」


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