先輩からのとんでもない発言にアリスは言葉を失った。しかし、何とか言葉を絞り出す。
「逆に聞いていいですか?何故集団ボイコットならばれないんです?」
「簡単さ。全員ならいちいち名前を報告する必要ないじゃん?各先生に花組一年全員欠席ですって伝えればいい」
「先生良いんですか?三週間ですよ!?単位とか……」
「まあ別に、授業を休んでも次の定期テストに合格すれば問題ない……入学前の学校説明会で言わなかった……ああ、お前は居なかったものな」
「そう、テストを受ければ別に問題ない。どうする?霞姉妹を助けるためには一年生が全員欠席する必要がある。つまり一年全員に説得する必要がある。……どうする?仮に説得に成功して授業を休んで霞姉妹を守ったとしよう。しかし、のちのテストで何人かが単位が取れなかったら今度はそいつらから恨まれ責任を取らされるだろう……それでもやるかい?」
「……」
アリスはこの時龍の言葉を思い出した。『もし帝の存在が脅かされるならどんな手を使ってでも敵を潰す』。
「ふふふ、ははは!」
「アリスちゃん……壊れた?」
「順先輩……恨まれても良いか?ですって?」
「……うん。そういったね」
「やりますよ、……例え味方を利用しようが、それで味方に恨まれようが私の守りたいものが守れるならいくらでも汚れ役を買って出ますよ!」
「ふふふはははそうか!ならぜひ説得してみると良い!どうだい?今からでもやるかい?もう一年のほとんどは居るだろう」
「いえ、明日の夕方でお願いします」
「ほう?それは何故?」
アリスは龍に今日教わったことを思い出す。
(師匠が言ってたけど……外交だろうが交渉だろうが説得する相手の事前情報の量で全ては決まるって。そして、ここは学校だ。一日もあれば最低限の欲しい情報は集められる)
「まず一つ目としては、ほとんどでは無く全員の前で説得したいからです。今回は一学年全員でのボイコットなので、それに説得する前にいくつか準備がしたいので」
「そうか、なら他の奴らにもある程度準備させとこう」
「ありがとうございます」
柏木含めアリス以外の人間が寮長室から退室した、アリスが何やら考え事を始めたからだ。
(さて、交渉において重要なのはまず相手を交渉のテーブルに着かせることだっけ。手っ取り早いのは今回の敵である月組を一年全体のターゲットにするだけで協力得られそうだけど……ん?そういえば小林先輩が言ってたなあ、花組の花は毒花って。……もしかして花組って度々月組に何かされてる?ほほう?それなら今回はそれを利用しようじゃないの!なら、後は準備だけだな!スティーブジョブスも新製品の発表練習にかなりの時間掛けるって聞いたことあるし!まあ今回は時間ほとんど無いけどそれでも出来るだけの準備と練習はしよう!さあ!面白くなってきたぞ!)
それからアリスは学校中を歩き回り、月組以外の生徒に花組と月組の関係性について聞きまわった。聞いた組の人間から月組に告げ口が起こることをアリスは危惧していたが、以外にも月組以外の生徒は余り接点も無いのかそれとも月組にあまりいいイメージが無いのか、情報源の秘匿を条件にすると話す人間が多かった。
聞いた情報を頼りに資料作成に入るとその時点で、深夜3時過ぎになっていた。
「まだやっていたのか?寝ないつもりか?」
花組自習室の明かりが点いていることに気が付いた柏木がアリスに声をかける。
「まだ準備が終わってないんで」
「……なあ聞いていいか?」
「集中してるので、簡単な質問で良ければ」
「なぜそこまで頑張れるんだ?霞家はお前にとって赤の他人だろう?」
「先生……なんで花組の花は毒花と呼ばれてるんですか?」
「…………」
柏木は答えなかった。
「それが答えです」
「そうか……意地悪な質問して悪かったな。だがなアリス」
「なんですか」
「世の中には不眠になりながらでも仕事をしなければならない人間もいるが、お前は違う。より良い言葉を生み出すのに睡眠は不可欠だ。寝ることもまた戦うことの一つだということを覚えておけ」
「はい」
柏木が部屋から出ようとする。
「先生」
「ん?」
「さっきの質問、付け加えても?」
「構わん」
「サチとコウはこの世界で初めて出来た先民の友人……いえ、親友です。それを守れるならどんな手だって遠慮なく使うだけです」
「いや、少しは遠慮はした方が良いとは思うぞ?」
するとアリスは笑顔になる。
「遠慮は旧日本で死んだときに置いてきました」
「……そうか。ならやってみると良い」
翌日、と言ってももう夕方だが。次の日からもう授業が始まるので、もう花組一年も上級生もほぼ全員が寮に帰ってきている。
そんな中、寮内に順による放送が轟く。
「花組一学年全員、談話室に集合」
と。
十数分後、放送を聞いた一学年全員がぞろぞろと談話室に集合してくる。皆顔には何が言われるんだろうという興奮と不安の入り混じった表情だ。
「静かに」
順の少し大きな声でざわついた談話室の雰囲気が一気にピりつき談話室は静かになる。
「よし、それではアリス。始めろ」
「はい」
アリス今回あえて制服でかつ何も持たずに、扇型に立っている一学年生の中心に歩いていく。
「……大丈夫かな」
普通に生きてきた学生がぶっつけ本番で大勢の前で演説をする……準備を進めてきた順の顔にも緊張による汗が滲んでいた。
「顔色は良い、問題ないさ」
「なんでそう言い切れるのさ姉さん」
「人間、なんでも初めてのことには緊張もする。だが、問題はそれをいかに補えるほどの努力をするかだ。よく努力は裏切らないとは言うが、違う、結果は努力を裏切ったりしないだ。間違った努力をすれば間違った結果にしかならない、だが正しい努力をすれば正しい結果が出る……まあその結果が本人が望んでるものかは知らないが、それでもあいつは努力した……表情に出ているよ」
アリスが一度大きく深呼吸する。
そして。
「今日皆に集まってもらったのは……この花組の中に、月組からいじめを受けている人間がいることを報告するためです」
アリスにとっての初めての演説が始まった。
「ん?」
「あれ?」
小林も順も峰も違和感を感じた。何故なら本来、最初に霞家の現状を話してその後、協力して花組一年の是非を問おうと思っていたのだがアリスが全く違うことを言ったからだ。
順が一回止めに入ろうとする、が、柏木がそれを止めた。
「……何」
「奴は準備を含めて一人でやったんだ。最後までやらせろ。成功しようが失敗しようが最後までやらせてみるのがいい」
「分かった」
アリスは続ける。そして一人の女子生徒を指さした。
「まず……神崎さん」
「え?……なんで……」
指をさされた神崎は表情が強張る。
「ずっと気になってたんだけど、お風呂の時間を絶対にずらすよね……体見せられない事情があるの?」
「誰だって裸は見せたくないでしょう?」
「異性にだったら確かにそうだ。でもさ、同姓にも見せない理由が分からないんだよね。まあでも自分の体に自信が無いっていう理由があるけど……それでも私含めて自信がある生徒自体がそんないないと思うし。それに」
「それになに?」
「前から聞こうか迷ってたんだけどさ。なんで髪切っちゃったの?似合ってたのに」
「あ」
神崎がアリスから目をそらすと顔を伏せて自分の髪を触りだす。
「神崎さんの髪って黒髪ストレートで結構綺麗だったと思うんだけどさ、結構バッサリいったよね?誰かに脅された?」
「……」
「月組の青木さん?」
「なんで!……なんで知ってるの?」
「全部聞いたよ、月組の青木さんと神崎さんは小学生のころからの友人?だけど何かにつけては毎回神崎さんを殴ったり蹴ってたって、しかも両親は会社経営者と社員の関係、もし逆らえば家族に迷惑が掛かる、だから相談できなかったんだよね?」
「…………」
ついには何も言わずに神崎がしゃがみ込んでしまった。
「アリスちゃん、ちょっと……」
「いえ、続けます。次は……」
「まだいるの!?」
続けてアリスは4人ほど、昨日歩き回って調べた情報を聞かせた。
全員がステアに入る前から親交があり、名家と一般家庭というある種の身分の差で相談できないことを利用され、いじめを受けていた。
「……はあ。アリス少し良いか?」
順が静かに、アリスに近寄る。
「何でしょう?」
「正直、お前らには失望したよ」
「え?マジで」
「お前じゃない」
「正直に答えろ、この中にこいつらがいじめを受けていたことを知っていた人間は手を上げろ」
誰一人手を上げなかった。
「いいのか?なら連帯責任だ。全員一発ずつひっぱたくから前に出ろ。それが嫌なら素直に話せ。脅しと見られても構わん」
「あのー、私は?」
アリスが引きつり顔で質問する。
「おめえもだよ、そもそも目的が違うだろ?こいつらを助けたいから調べたんじゃねえだろ?」
「あー、ういっす」
「居ねえんだな?」
「……私!知ってました!」
一人の女子生徒が手を上げた。
「なんで上級生に報告しなかった?可哀そうだとは思わなかったのか?」
「か、神崎さんに止められていたので」
「神崎!なんで止めてた?」
「……花組が報復すればすぐに私のせいだとばれます。それだと私の両親に迷惑が掛かるんです!ですから!それに私が我慢すればいいだけですから」
「なあ、神崎。学校が花組の報復に何も言ってこないか知ってるか?月組に報復してるのに」
「分かりません」
「簡単だ。今まで何回も月組に報復行為をしてきたが、すべてにおいて学校側が容認しているからだ。月組が出来たのはステアが出来てからしばらくしてだが、俺たちが入学する前からあいつら名家という特権階級に居るせいか一般庶民に好き勝手するんだ。しかも名家相手だから学校側も表立った対策が出来ない……だからこの学校の伝統として月組には内緒だが、やられた分だけはやり返して良いという暗黙のルールが存在する」
アリス含めて一学年全員が驚愕の表情になる。
「そ、それは学校の秩序的に問題ないですか!?」
「あ?それをあっちは壊してやってんだぞ?それにだ、神法にも書いてあるじゃねえか、こっちから喧嘩を売る行為も言動もしてはいけないが、やられたならやり返せって」
(ここで神法出すかね)
「それでまた相手がやり返して来たらどうするんですか?」
「あー、それに関して何だがな相手は名家だ。あいつらな、今まで仕返しに来る連中が居なかったから一度痛い目見るとやってこないぞ?それどころか学校にいる間は大人しくなる。証拠にステアに置いて他の組いじめる月組の生徒は基本全員一年だ」
「ちょっと、いいかな」
小林が神崎に近づく
「良い?神崎さん、今までよく頑張ってきたよね?家族のために。でもね人間、我慢するのはね?戦う時を、良い反撃のタイミングを伺うためにするものだと思うんだ。確かに家族も大切だけどさ、もっと自分も大切にした方が良いんじゃないかな?未来を作るのは子供……私たちの世代だよ?それにさ親って言うのは子供守るためなら自分を犠牲にするなんて普通の親ならやると思うかな」
「先輩」
「あと一つ……こんなに可愛い後輩をいじめてくれたんだからさ……先輩として何か一つやっておかないと気がすまないよ」
小林の顔が殺意を持った笑みに染まる。
「なんとかしてあげるから」
「ひっ!」
(小林先輩怖い!あれ本性?マジで殺意が溢れ出てらっしゃいますが!?)
花組一年全員が小林の顔を見て体に悪寒を覚える。
「さて、どうするかねえ」
「小林先輩、順先輩良いですか?」
アリスは二人を引き連れて寮長室に入る。
「どうしたの?」
「今回、月組への報復行為は行いません」
「は?」
「どうして?」
「それが目的じゃないからです」
「じゃあお前の目的は……ああ、ボイコットさせることか。じゃあ他に何か手段でもあるんか?」
「順先輩……月組は報復こういうをされると大人しくなるって言いましたよね?」
「ああ」
「他にもあるんですよ、月組に一番効く方法。むしろ他の組には効かないけど月組の名家の人間だからこそ効く方法が」
「言ってみろ」
「謝罪です」
アリスの言葉に耳を疑い、呆気にとられる。
「い、いやいや!謝罪?それであいつらが大人しくなるとでも?」
「なりますよ?簡単に!逆に今まで月組が身内以外に謝罪した光景ってステアでありました?」
「……あー、見た事ないかも!」
「名家のような特権階級の人間はその大半が人生の成功者です同じ階級に居る人間や上の人間に対して謝罪や感謝はするかもしれませんが、一部を除いて一般庶民に謝罪をする行為は彼らのプライドが許さないんですよ。まあ大人になるとそういう場面に直面するのはあり得ると思うんですが、学生はどうでしょう?」
「あー、自分たちは人生の成功者なのにそれより下に住む俺たちに謝る理由が無いってことかな?」
「それでも形だけの謝罪もあるじゃないか、それでまたいじめが再発したら困るんだが」
「恐らくないです。何故なら、形だけだろうが謝罪する行為自体に彼らは拒絶反応を示すからです」
「なるほど、例え形だとしても月組の生徒が花組に謝罪した……それだけでも謝罪した本人からしたら最大の屈辱的な行為なのか」
「ええ、まあそれでもやるんなら花組本来の報復やればいいですけど、今回はこのようなやり方でどうでしょう」
「でも相手が謝罪するってどうするの?」
「恐らくですが、師匠が動いている件ですが解決すれば名家……特に西宮家は必ず霞家への公式な謝罪を行います。それはサチとコウへの西宮雪さんも同じです」
「なるほどな、相手が謝罪に動く際にプラスしていじめの件の謝罪もさせるってことか」
「まあ正確に言うとサチとコウに謝罪するんだったら、いじめを受けた五人にも謝罪しないとやらせないよと」
「なるほど考えたな」
「いやー」
(そうでもしないと花組一年全員を動かすのは無理だからねえ)
「だがなあ、アリス……」
「へ?」
突然、順がアリスの頭を叩き始める。優しい叩きだが、何処か重い。
「痛い!痛い!なんですか!」
「言ってくれないとなあ!こっちはアリスが交渉するの手伝ってる立場なんだぞー。なあ!」
「あー、すみません資料作りと演説の練習で言うの忘れてましたあ!」
「まあいい後は締めだ。最後までしっかりな」
「ういっす!」
三人は談話室に移動するとアリスは再びしゃべり始める。
(さて、ここからだ。ここまでは月組を敵にする準備は整った。後は協力を引き出すこと)
「えー、本来ならば花組が本来の報復を行うのが一般的ですが……今回は違う手法を取ります。皆さん、私の後ろに霞サチ、コウが居ますが二人も五人とはまた違う理由で名家全体からいじめを受けています。私はそれを助けたい。そして今回皆さんはご存じだとは思いますが私は神報者の弟子です。そして師匠である龍さんが霞家の問題ひいては名家全体を巻き込む問題の解決に動いています。それが解決するまで、霞姉妹がこの学校に居ること自体を隠す必要がある。そのために一学年全員で訳三週間!授業の欠席を行いたいんです」
「あの」
「なに?神崎さん、なんでも言って?」
「その龍さんがやっていることが成功すると……青木さんが謝ってくれるんですか?」
「うん、確実に」
「龍さんが成功すると決めたのは何故?」
ごく一般的な質問だ。
(当たり前の質問だ。他人に作戦の結果を委ねないといけないんだから。でも……)
「少し前に師匠から電話がありました。三週間守り切れれば、霞家の問題は解決すると。そしてその時の電話先の師匠の口調には何か殺気めいたものを感じ取りました。恐らく師匠はどんな手を使ってでもこの問題を解決する気です。だから私はこうやって皆を説得しているんです」
「……」
神崎は顔を伏せると考え始めた。そこにすかさず小林がフォロー入れる。
「神崎さん、急がなくても良いからね?自分のことだし、一回落ち着いても……」
「やります!」
「え?はや!」
「確かに、青木さんから何かされるかもしれないけど、でも!まずは自分でやってみないと現実は変わらない!それに先輩……」
「ん?」
「もし、謝罪の後で何かされても、守ってくれます……よね?」
「あははは!もちろん!」
「さて、他の四人は?」
四人の生徒も頷いた。しかし問題なのは他の一年生だった。
順がアリスの前に立つ。
「さて、霞姉妹含めて七人が名家に謝罪するために、戦うと、知ってるともうがボイコットすればそれまでの授業を受けずに次の定期テストを受けることになる……それでも友達を、同じ寮に住む友人を守る覚悟がある奴は居るか?」
「や、やります!」
「お、俺も!」
次々と生徒が手を上げていく……たった一人を除いて。
「お前は?」
「だって俺にメリット無いじゃないですか!しかももしテストの点が取れなかったら終わりだし、こんなことのために人生賭けたくないです」
(確かに一理あるんだよなあ、でもこの作戦を成功させるには一年全員の賛同を得ないといけないし……)
「そうだな。じゃあお前たちは参加しなくてもいい」
参加表明しなかった生徒の顔が安堵に変わった、そしてアリスの顔が青く染まっていく。
「だが、以降お前たちを花組の生徒とは認めない。そしてもしこれから先お前らが何か助けてほしくても俺たちは何一つ手を貸さない……これで良いならやらなくていい」
「は?なんでそうなるんですか!俺は花組の生徒でしょ!?」
「はあ、まったく」
ここで前に出たのは柏木だった。
「ステアに受かって、花組に入った時点で花組の人間になったつもりか?」
「なったなってない関わらず今現在俺は花組に居ますし」
「そうか、順!花組の掟!その一!」
「その一、花組の生徒はいついかなる時も罪なき生徒に暴力を振るうことなかれ」
「その二」
「その二、花組の生徒はいついかなる時もステアの生徒であることに誇りをもって生活せよ。また花組の、ステアの名誉が汚れる行いをするな」
「その三」
「その三、花組の生徒は家族である、その家族が危険にさらされている場合、自らを賭してその解決に尽力せよ」
「その四」
「その四、これらが三つの掟を破る者がいる場合、花組の生徒とは認めず、いかなる助力もすることはしないと肝に銘じよ」
「さて、森脇君。ここまで聞いてなお協力はしないと?」
「脅しじゃないですか」
「脅しだが?何か?君の取れる選択肢は二つだ」
柏木は順にコインを投げる。それを受け取った順はコイントスの形を作る。
「順がトスするコインが床に落ちるまでに協力するなら手を上げろ、上げないなら協力しないとみなし以後お前を花組の人間とは認めず、なに一つの協力はしない。なお、途中での組変更は出来ないので、自主退学するか、転校するかの二択だ」
「それが花組のやり方ですか」
「そうだ。じゃあ行くぞ」
順がコインをトスした。得意なのかコインは天井すれすれまで上昇すると、ゆっくり下降を始める。それ合わせて、森脇の呼吸も早く荒くなる。
全員がコインの行方を見守っている中、コインが順の胸の前を通過したときだった。
「ああああああ!」
急に森脇が叫びだす。全員がそちらに視線を移すと森脇の右手が上がっていた。
しかし、コインが落ちる音は聞こえなかった。
この場で唯一順だけは森脇が手を上げると分かっていたのかコインが落ちる寸前でつかみ取っていたのだ。
「わかった、分かったよ!やれば良いんだろ!」
「それでいい、全員で一つの苦労をしてこそ花組だ」
「ただし休んでいる間に、勉強ぐらい見てもらわないと割に合いませんよ?せっかく苦労してステアに入ったんだし」
すると今まで後ろで眺めていた花組の二年三年が順を囲むようにして前に出てくる。
「安心しろ、仲間のために尽力する奴らにはちゃんと報いてやるのも花組の先輩の務めだ。心配な奴は先輩たちが三週間みっちり勉強見てやるから感謝しろ。じゃあ、柏木先生報告よろしくお願いします」
「はあ」
柏木はめんどくさそうに談話室の扉へ歩いていく。
アリスはそれについて行き、聞きたいことを聞いた。
「先生」
「なんだ?」
「……ある意味、あれもいじめでは?仲間はずれにしない代わりに協力させるって……」
「アリス……」
「はい?」
「村八分って……知ってるか?」
「……んまあ、名前ぐらいなら」
「いいか?アリス。別に自分のルールを貫くことは悪い事じゃない。でもな?最低限集団で生きるならば集団のルールというものがあるんだ。それは花組も同じ。そんな最低限のルールも守れないようじゃ我々も協力は出来ないということだ」
「……」
「分かったか?」
「まあ何となくは」
まだ、納得いかないという顔のアリスだが、旧日本のある意味進んだ価値観とは結び付かなかったんだろう。
「じゃあ、村八分といじめの違いは?」
「簡単だ。村八分はルールを破った人間に対しての罰。いじめは単に気に入らない奴への八つ当たりだ。大きく違う」
「はあ」
「お前はまだ高校生だ。旧日本で学べなかったこともここで学べばいいだけだ。お前はもうこの世界の、いや第二日本の人間なんだからな」
「はい」
いまだに腑に落ちない顔を横目に柏木は寮長室に入っていった。