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北条家事件 アリス編 4

 アリスが人生初の演説をして、一学年全員の欠席が決定してから3週間経った。


 ある意味強引だったが、欠席が決定した後でも一年生はある意味不安であった。


 ステアは進学校だ。その授業を3週間も休み、果たして大丈夫だろうか、その後の授業について行けるのだろうかと、思う学生も多くいた。


 しかし、この不安はすぐさまに杞憂で終わった。


 この演説を企画し準備に協力した順や小林、峰が中心となって教師役を買って出たが、それが凄かった。


 一年生全員が同じことを思ったほどだ。


『先生の授業より分かりやすい……先生いらなくね?』と。


 しかも教えるスピードが異様に速いのだ。


 約三週間の欠席及び、上級生の直接授業により、なんと一学期期末テスト範囲まで一年全員に教え終わるという結果になると当然、アリスの頭に疑問が浮かぶ。


『なんで、こんなに教えるの上手いんだ』


 この疑問に対して、峰がこう答えた。


『だってお互いの得意科目で教えあってテストに受かりさえすれば進級出来るんだから授業に出る必要ないじゃん。その結果だよ』


 この発言にアリスはまたドン引きしたがこれにより、3週間の勉強の不安は一部(アリス)除き無くなった。


 しかし唯一、一年生が不満を口にしたことがあった。


 今回の集団ボイコットの目的が目的なので、どうしても一年生と月組の生徒が接触することを危惧した上級生はたった一つだけ3週間の生活にルールを付けたのだ。


 厳密には寮から出る場合と学校から外出する場合に必ず上級生が一人以上、付き添うというものだ。


 一年生は監視されるだとか、上級生と一緒だとリラックスできないだの異論が出てきた。


 しかし、この意見を順はバッサリ切る。


『たった3週間だぞ?同じ寮の仲間を守るためなんだ。3週間ぐらい我慢してくれ』



 そして、ボイコットが始まって3週間。アリスだけは小林などの上級生だけでなく、サチやコウなどからも勉強を教わっていた。


 ゴン!


 静かな談話室に乾いた音が響く。


 勉強していたアリスの頭が目の前の机に当たった音だ。


「……無理ゲー」

「大丈夫!アリスちゃん、次頭は良いんだから!後は歴史だねえ」


 一般的に高校生が習う歴史という教科は基本的に大学受験の為により範囲を絞りより深く勉強するのが普通だ。もちろん進級するにも必要である。


 だが、これには義務教育で習う歴史を履修している前提である。


 一方、アリスは転生者である。旧日本の歴史はある程度知っているが、それはステアの進級や卒業に対して何の価値も意味も無いのだ。


 つまりアリスは今、テストに合格するために一から歴史を学んでいる最中なのである。


「魔法は興味尽きないし面白いから頭に入るんですけど、歴史はなあ……、いつの時代も眠くるなる教科っすよ」

「でもあたしからしたら旧日本の歴史の方が興味あるよ?だってこの世界の日本て歴史浅いし、旧日本なんて2000年以上も歴史あるじゃん!そっちの方が面白いともうけどなあ」

「私も旧日本の歴史には色々興味はあります」


 ここで絡むのがコウだ。


「なんで?」

「旧世界って世界を巻き込む大きな戦争が二回起きたんでしょ?でもこの世界だと400年前の戦争以来、いろんな国を巻き込むような戦争って起きた事ないし。その時の世界事情ってどんなだろうって考えたりすると面白いかなって」

「俗に言う歴史の転換点ってやつだね」

「歴史の転換点?」

「簡単に言うと何気ない一言、行動が後に世界の歴史を変えることになるってやつかな?」

「ああ、なるほど?」


(第一次世界大戦がそうだったっけ?どっかの皇太子が殺されて始まったとか何たら)


「一度でいいからそういう場面に立ち会いたいよねえ」

「なんでですか?」

「だって後の後世に永遠と語り継がれることを目の前で見れるんだよ?自慢できるじゃん!」

「そういうもんですかねえ」


 その時だった。


 バン!


「うお!」


 談話室の入り口の扉が勢いよく開かれる。その音に談話室に居た全員の視線が入り口に集中する。


 そこに居たのは柏木だった……が、誰が見ても様子が違う。明らかに焦っている……とういうより戸惑っていると言った方が正しいだろう。


「ど、どうしたんです?」

「アリステレビつけろ!」

「へ?なんで?」

「良いから!」


 アリスは立ち上がるとテレビを点けた。


 偶々なのか、それともテレビ局が大慌てで番組内容を変えたのかは不明だがテレビの中で喋っているアナウンサーもかなり真剣な表情で今起きているニュースを伝える。


「えー、ただいま入った情報です!西京都の名家会館に今、かなりの数の警察関係者が集まっているとの情報が入りました!」

「な!」

「は!?」

「ん?名家会館?なんぞ?それ」


 談話室に居る人間(アリス以外)全員が驚愕の表情に変わる。


(名家会館……まあ名称から何となく予想はつくけど)


「あのう……名家会館って……」

「月に一度、名家の定例会議が行われる場所だよ」

「ああ、だから名家会館。でもなんで皆驚いているんですか?」

「簡単だ」


 柏木が答える。


「名家は識人とは別に日本経済を支えてきた存在だ。しかも時には政府の方針すら変える力を持っているんだ。だから慣例として名家の当主は政治家に慣れない。私の知っている限り、名家会館に警察が踏み込むなんて聞いたことが無いし前代未聞だ。もし捕まるようなことをしでかしても名家から除名させてからの逮捕が一般的だからな」

「なるほど」


(所謂身内切りか)


「順、今日何日だ?」

「12日だけど?」

「名家の定例会議って今日なのか?」

「知るわけないだろ。名家でもなんでもないのに……ていうか名家の人間に直接聞けばいいんじゃないか」


 順はサチとコウを見た。


「あー、えっと、基本的に定例会議は月初めに行われるのが通説です……でも毎月行われますし話し合うことが無い日は議長席に座る五名家の軽い現状報告で終わることも少なくないですね」

「よく知ってるね」

「基本名家会議での発言が認められるのは各名家の当主だけですけど、例えば名家の跡取りとしてもう次期当主が決まっている場合、拝命した場合は見学として入れるんです、私も何回か参加したことありますし。それに会議自体は一般人でも入れますよ?発言は出来ませんけど」

「ほう?では定例の日ではない場合は?」

「議決権を持つ五名家全員の会議開催の指示が出れば緊急動議として開催されますね。今回はそれだと思いますけど」

「アリス」


 静かに柏木がアリスに近づく。


「何?」

「龍の狙いはこれか?」

「は?」

「名家会館に警察が集まっていて、恐らく中では会議が行われている。つまりは今日警察が名家の誰かを逮捕するつもりだ。それが龍の狙いか?」

「……それ知ってたら三週間前に言ってるよ?あの人必要最低限の情報すら言わん人間だし、指示するだけっすよ?」

「……」


 柏木は思い当たる節があったのか目をそらした。


「まあ、あいつは立場上言えることが少ないのは事実だな」



 アリスたちがテレビで情報を知ってから30分……いや、1時間立っただろうか。


 もはや今日に関しては花組全員が勉強どころでは無くなった。


 全員、テレビが続報を話さないかと釘付けになっていたのだ。


 しかし、その続報は意外な形で知らされることになった。


「ん?」


 皆がテレビに集中する中、香織だけはその音に気付いた。


「どうしたの香織」

「電話の……音」


 アリスが耳を澄ますとどうやらその音は寮母室から鳴っていた。


「まったく……」


 柏木が重い腰を起こすように立ち上がり、寮母室へ向かった。


 しかし時間にして十数秒後、今度は焦った顔で談話室のドアを思い切り開けた。


 さすがにテレビに集中していた全員が柏木に視線を移す。


「どうしたのさ姉さん」

「アリス……龍から電話だ」


 アリスはすぐに立ち上がると寮母室へ向かった。


 寮母室に置いてある受話器を手に取り話始める。


「師匠?」

「アリスか?問題は全て解決した」

「……」

「アリス?」

「何が解決したのか言わないと喜んで良いのか分からんのよ」

「ああ、そうだな。電話じゃあ詳しく話せないが、霞家と名家を取り巻くすべての問題が解決した。もう霞家が名家から疎まれことはもう無いだろう」


 何がどう解決したのか未だに詳しい内容を話さない龍にアリスは少々イラつきながら返答していく。


「それで?これからどうすれば?」

「ひとまずは霞家の娘たちに報告したらどうだ?」

「そうすね。そうするわ」

「明日でも良い前回俺と話した場所に来い、対面なら問題ない」

「はいはい」


 アリスが談話室に戻ると、一斉に視線が集中する。


「龍は何と?」

「あー、その……師匠曰く……全て解決したと」

「どう解決したんだ?」

「さあ?でももう霞家が没落した名家と言われなくなるって事だと思いますけど……何がどうなったのかは教えてくれませんでした」

「……まったく」

「姉さん。テレビ」

「ん?」


 テレビのアナウンサーが紙を受け取ると表情が一変する。


「え?ええっと……名家会館前で何やら動きがあった模様です!現場に繋ぎます。赤西さん」


 画面が切り替わると、警察の規制線が張られている名家会館をバックに女性が映る。


「先ほど!大勢の警察官が名家会館に入っていきました!なお捜査当局からはいまだ何も発表はありませ……ちょっと待ってください!名家会館より警察官が出てきます!……あれは!?ご覧ください!……まさか!あれは北条家当主!?北条家当主の北条大次郎氏が警察に連れられて出てきました!……何と!その手には手錠のようなものも確認できます!」


 談話室の空気が一変する。


「嘘だろ……北条家当主が逮捕……された?」

「北条家って結構力を持つ名家のはず……そいつが逮捕されるって……よほどだぞ?」

「アリス……龍は一体何をしたんだ」


 驚きの表情のまま柏木がアリスに尋ねる。


「んな事分かるわけないじゃないですか!」


 そして、テレビが切り替わり紙を受け取ったアナウンサーの表情がまた一変する、ありえないと言った表情だ。


「こ、これ本当ですか?……はい……分かりました」


 しきりにアナウンサー裏に居るであろうディレクターか何かに確認を取る。


「えー、今警察より公式発表がありました。……それによりますと……北条家当主……北条大次郎氏が国家反逆罪……及び不敬罪の罪で逮捕したということです」


 談話室の空気が止まる。


(ん?今なんて?国家反逆罪?不敬罪?)


「名家の人間が……国家反逆罪?本当に龍は何をしたんだ」


 その時だった、またもや寮母室の電話機が鳴る。


「今度はなんだ!」


 柏木が寮母室に戻る、そして数分後。


「順、電話だ」

「誰から?」

「生徒会長」



 寮母室の前では柏木とアリス、小林が待機していた。寮母室では順が生徒会長であり、月組の甲賀隼人と話している。


「あの……やっぱり私が話した方が……」

「駄目だ。言っとくが、今回の作戦の一番の肝はここだ。恐らくだが、あの電話は月組が霞家姉妹への公式な謝罪を行いたいとの申し出だろう。ならそこに神崎達への謝罪も織り込ませる。この交渉に実力不足で生徒会長について何も知らないお前を使うわけにはいかない」

「へーい」


 順が寮母室から出てくる。


「どうだった?」

「問題ない。月組からは四宮雪が代表となって霞姉妹への公式的な謝罪、および四人への謝罪も含めて、30分後、花組寮内で行われることになった。その際、五人に対しての謝罪は公平を期すために月組と花組から3年生が仲裁役に回ることになった」


 目的が達成できた喜びからか、アリスの体が崩れ落ちる。後ろに居た小林が支え、何とか倒れるのを防いだ。


「アリスよくやったな……3週間我慢したかいがあったぞ」



 30分後、談話室に待機していたアリスたちの元に続々と月組の生徒が到着していた。


 しかし、神崎をいじめていた青木の顔を見たアリスは驚愕した、誰かに殴られたかのように青く腫れていたのだ。


「あの……青木さんは一体」


 今回の謝罪を取り仕切る月組側、甲賀が答えた。


「ああ、聞いた話ですが。どうやら神崎さんがいじめの件を親御さんに話したらしいんですよ。そしたら元々神崎さんのお父上は青木さんのお父上の古くからの親友だったようで青木さんの会社の秘書を務めてらっしゃる方らしいです。で、青木さんの娘からの公式な謝罪が無ければ会社を辞めると……それに怒った青木社長によるものだそうで」

「……」


(それ、あたしいらなかったじゃん!)


「あたしが今回のボイコットしなくてもゆくゆくは問題が解決したんじゃ」

「それは違うぞ?」


 後ろに居た柏木がアリスの頭に手を置く。


「今回の件が無ければそもそも神崎達のいじめが表に出ることも無かった。お前や小林が神崎を説得できなければ神崎も勇気を出して親に言うことは無かったはずだ。そうなれば精神的に限界が来てどうなった事やら……お前はよくやったよ」

「どうも」


 その後、5人の花組生徒と月組の生徒が個別に部屋に入り謝罪が行われた。


 また、名家代表として来た雪も霞サチとコウの前に立つと深々と頭を下げて謝った。


「母から聞きました。今までのすべての元凶が北条家だと。そして北条家のせいで霞家が代々不当な扱いを受けてきたと、ステアに居る月組を代表して私、西宮雪が謝罪いたします。本当にごめんなさい」


 サチとコウはゆっくり、何も言わずに雪のそばに寄ると静かに抱きしめた。


 また雪はもう不当なことはしないから月組に戻ってきてほしいとお願いしたが、二人はそれを拒否する。


「ごめんなさい、別に名家を恨んでるわけじゃない……いや恨んでるかもしれない。でもそれ以上に今はアリスに心から感謝をしてるんだ。私たちはこれからもアリスのそばに居てアリスを支えてあげたい。だって……私たちの……ううん、霞一族の恩人だもん」


 その言葉に納得したのだろう、ちょうど戻ってきた他の月組生徒と一緒に雪は月組に戻って行った。


 月組生徒が戻って行き扉を閉めた瞬間、サチとコウが猛ダッシュでアリスに抱き着く。


 二人とも、目に大量の涙を溜めていた。


「アリス!」

「アリスちゃん!」

「二人とも!」

「「「うわーん!やったー!」」」


 三人は抱き合いながら大声で泣きじゃくった。サチとコウは一族の汚名を晴らした喜びで、アリスはこの世界で初めて人を救った達成感で。結構な声量で泣いていたが、誰もそれを咎めることはしなかった。



「ってなことがありました」


 翌日、アリスは前回龍とあった場所である、転生者保護協会の屋上で龍と会っていた。


 前日の件で部屋に戻ってもかなり泣いたのだろう、一日経ってもアリスの目は腫れていた。


「そうか、そりゃあ良かった」


 龍はいつも通り、煙管に火をつけて吸っていた。


「で?今日は何?」

「昨日話せなかったことだ」


(何かあったけか?)


「ていうか昨日のニュース見たんですけど、北条家の当主が国家反逆罪で逮捕されたって。何があったのよ」

「それを含めてお前は当事者として知っておく必要があるからな。いまから話す。これは今の所国家機密レベルの情報だからな、電話ではうかつに話せない」

「なるほど?」

「さてどこから話すか……まずはお前に頼まれて神報殿に行ったところからか」


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