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北条家事件 龍編 1

 神報殿……神報者が書いた神報書を収める場所だが、基本的に入ることが出来るのは神報者である龍か天皇陛下のみである。


 龍自身、神報書を書いたり各国の要人との会合だったりと忙しいため基本的には神報書を収める以外にあまり入室することは無かった。


 そんな中、龍が神報殿の入り口に歩いていた時だった……いつもと空気が違った。


 というよりはいつも静かなはずの神報殿の入り口の方から声が聞こえてくるのだ。


(……ん?誰かいる?)


「だから!入れないんだって!」

「ですから許可をもらっているんです!」


 誰かが神報殿の入り口で揉めていた。


 龍は少し観察するために少し手前の柱の裏に身を潜めて少し会話を聞いてみた。


「あのね……仮に許可をもらったとしても!だよ?ここの本来の規則は神報殿である龍様か天皇陛下と同伴じゃないと入れないの!」


 龍はこの声に聞き覚えがあった。


 いつも神報殿の入り口を警備している皇宮警察の一人である。


「ですけど!龍様は……その……お忙しいので!代わりに入ってくれって!」


 しかし、もう一人の若いと思われる男の声には覚えが無かった。


(……どうにもならんか)


 ここに居てもしょうがないと思った龍は柱から移動して入り口へ向かう。


「ですから!ちゃんと許可を……」

「俺はそんな許可を出した覚えはないんだがな」

「……!」


 男が急いで振り返る……と共に入り口を警備していた警官が敬礼する。


「龍様!」

「俺は神報者になってからここに人を入れたのは帝ぐらいだ。最近弟子を作ったがまだここに入れたことは無い……俺の記憶ではこれくらいか……さて、お前は一体誰の許可を……」


 途中まで言いかけた時、青年が踵を返して帰ろうとする、それを見た龍が襟元を掴んで止めた。


「おいおい、話は終わってないぞ?誰の許可を……ん?」


 龍が襟元を掴んで止めた時、青年が袴姿だったこともあるが青年の後ろ首に入れ墨を確認できた。


 しかし、この第二日本でも入れ墨文化は存在するとはいえ、龍にとっては見たことも無い入れ墨だった。


 直径10センチ程の円の中に独特な絵で描かれた龍の絵だった。


(俺の紋様……いや違う)


 最初、同じ龍の名前を持つので自身をかたどった物かと思ったが、直感的にそうではないと悟る。


(違うが……どこかで見たな)


 訳400年生きている龍の脳が既視感を訴えた。


「おい!その入れ墨、何処で……」


 青年は強引に龍の手から離れると急ぎ足で出口に向かって行く。


「……」


(普通に考えれば、この場所どころか皇居にすら一般人は入れないはず……なら皇宮警察か、皇族守護の北条家の者か?)


「龍様」

「ん?ああ」


 背後から警備の者に声を掛けられる。


「無線を飛ばして他の者に追わせますが」

「いや、いい。だが、いつも通りに俺と帝以外は通すな」

「はい、抜かりなく」



 神報殿は魔法によってかなり広い空間に作られている。


 神報殿に収められる神報書に保存期間の設定が無い、神報者によって書かれ神報者のみが持っている判子を押されると、いかなる用紙でも神報書となり永遠に神報殿に収められるのだ。


 なので、最初に作られた神報殿も神報書の量が多くなるにつれて拡張されていった。


 龍が向かったのは龍がまだ神報者になる前、おおよそ400年より少し前に作成された神報書がある本当に奥の方だ。


 数分後、該当するであろう場所にたどり着くと、背表紙に書かれた年月日を頼りに探していく。


(俺が知っている皇族守護は北条家だけだ。つまり俺が神報者になる以前に何らかの事件が起きているはず)


 少しずつ神報書の年月日を確認していると、明らかに途中から書かれている字の形が変わる……明らかに龍以外の人間が書いた字だ。


 龍は手に取り中身を見る。


(……いや、違うな)


 書かれているのは全てが戦に関する記述のみ、少しだけ帝周りで起きた事象もあるだろうか。


(ここら辺はあの時のか)


 400年前……龍が不老不死になるきっかけとなった戦……今の言葉で言う戦争についてだ。


 本を戻しまた日付を辿り始める……戦争が続いていたせいか短い期間で多くの神報書が存在するがある日を超えると途端に少なくなった。


 それを手に取り軽く開いてみる。


 その時だった……恐らく本に挟まれていただけなのだろう判子の押されていない二枚の和紙が滑り落ちた。


「ん?……まったく」


 龍はその二枚の紙が判子が押されていないことを確認すると書かれている内容は見ずに袖へしまった。


 軽く本を開き、内容を確認した龍はある文言を確認した。


 『帝』と『霞家』という単語だ。


(これか?)


 龍はそれを持って近くのテーブルに移動すると模写を始めた。


 基本的に判子が押された神報書が神報殿に収められた場合、神報者や天皇陛下であっても持ち出すことは出来ない。


 しかし、神報書の歴史に対しての信頼性も相まって神報書が国関連の裁判や軍事裁判等に使われることもしばしばあるので神報者である龍がそれを書き写して関係各所に渡すこともよくあることなのだ。


 龍は中身をほとんど確認もせずに書き写すと早々に神報殿を後にすることにした。


 何故なら龍は昔、師匠に言われたことがあるためだ。


『ここに長居するのは良くない。いつも誰かに見られている気がするのでな。長居するものではないね』



 龍が神報書の中身を書き写し、急ぎ足で協会の龍が普段仕事をしている事務室の席に座ると書き写したものを見る。すると……。


『帝、霞家の者に殺されかけき』


 つまりは、帝、当時の天皇陛下が霞家の者に殺されかけた……暗殺されかけたということだ。


「……」


これを見た龍は少し顔を歪ませた。


(やはりか……)


 霞家や北条家に伝わっている形で残されているのを見て落胆したのだ。


 しかし、次の一文でその落胆が疑問に変わる。


『されど帝、霞家をお許しになられ、帝御守護の任を北条家に譲った』


「……は?」


(待て待て、帝が殺されかけたのに許された?今の世ならまだしもあの時代なら一族打ち首されても文句言えないはず……なのに御守護の任だけ外されただけか?)


 400年前の法の解釈と今の解釈が違うのは当たり前だが、それでも天皇陛下の命が狙われたのだ、今なら首謀者の死刑だけで済みそうだが400年前ならまったく違うのだ。


(……そういえば、落としたのなんだ?)


 ここで、初めて龍が袖に入れた紙を手に取った。


『やあ、龍。これを読んでいるってことはこの本を読んだってことだろう。神報書は私の意見ではなく客観的に正確な情報を書く必要があるのでこれに書くことにする』


「……」


(久しぶりだな師匠)


 会話では無いが、久しぶりに見た師匠の文字に懐かしさと親近感、そして僅かな殺意を覚えた。


『神報書上では霞家が帝を暗殺しようとしたと書いたが、事実は少々異なる。長々と書くのは嫌なので結論だけ言うが、帝を暗殺しようとしたのは霞家ではない』


「はあ?」


『正確に言えば霞家に扮した何者かが帝暗殺を企てたと言えばいいだろう』


(根拠は何よ)


『お前のことだ、根拠何しに何を言ってるんだと思うだろうが、帝が暗殺されかけた時に一番最初に現場に居たのは私だ。その時取り押さえた犯人は自らを霞家の者と名乗った。しかしだ、私は長年神報者を務めていて彼の顔を見た事が無かったのだ。そして、ある意味核心的なのは二枚目に記すが、犯人の背中には霞家の者には見ない入れ墨が彫ってあった。私は霞家の者にこの入れ墨を入れているのを見たことが無い。故にこの事件は霞家の者によるものではないと確信した』


(すぐに調べりゃあ……あ、……あー)


 龍は思い出した。この本の次からはあの戦争のことしか書かれていない。


 つまり、事件を調べようにも調べられなかったのだ。


『ほかにも書くことはあるが、とりあえずこの件を調べてくれ。他のことは全て石の下にある。よろしく』


 ここで龍は二枚目の紙を見た……そして龍は驚愕する。


「……マジかよ」


 そう、先ほど神報殿の入り口で捕まえた青年の背中に入っていた入れ墨とほぼ一緒なのだ。師匠がその場で書き写したものではないので多少円の形や龍の姿は歪んでいるがあの時見たものと一致する。


「……」


 龍は今一度思考した。


 あの青年の入れ墨と師匠が書いた入れ墨が本当に一緒なら青年は帝を暗殺しようとした者の末裔となる、そして神報殿には入れなかったが皇居にいる時点で皇宮警察か北条家の人間であることが確定するということだ。


「……はあ、厄介なことになったな。……!」


 その時、ふいに龍は後ろに気配を感じた。


そこには男が居た。しかし、警戒することは無く、後ろを向くことも無かった。


 その気配は龍の背後から二枚の紙を龍の前に差し出す。


「……いつだ?」

「つい先日」


 一枚目は和紙のようなものに鉛筆で書かれた漢文のような文字、そして二枚目はそれを日本語に訳したものだ。しかも原文であろう方の紙の右下には中々特殊な文字で書かれた判子が押してある。


『陛下。

お元気でいらっしゃいますでしょうか。我が北条家は未だその正体悟られておりませんことをご報告すると共に陛下が祖国である北国を統一なされ、少しずつ国を纏めていく様子を聞き日々お喜びの賛辞を贈りたいと思う所存でございます。

さて、今回報告するのは私が所属している名家中心の政党がついに政権を取りました。これにより北国の日本統治までの準備が整った形でございます。

後は陛下が日本の皇族と入れ替わるようにして日本の統治を持っていただければ北国400年来の悲願がついに叶うところにございます。

後は陛下のご命令一つで、日本国は北国の者になることをご報告するとともに失礼いたします

北条大次郎』


 バン!


 龍が手紙の内容を読み終わると思い切り机に拳を叩きつけた。顔は真っ赤に染まり誰が見てもキレているのが分かる。


(北条家……やってくれたな)


「おい、この手紙が届いてないと気づかれるのはいつ頃だ?」

「……向こうは陸路……三週間程かと」

「奴らより早く北国に入り、奴らよりも早く戻ってこれるか?」

「問題ないかと」

「ならやってほしいことがある」

「何なりと」


 龍の指示を聞いた男は気配を消して立ち去った。


 そして、受話器を手に取るとアリスに電話を掛ける。



 数分後、アリスに問題解決に三週間必要な事、三週間の間に何としてでも霞家を守ることを伝えると電話を切る。


 もう一度受話器を手に取り今度は別の場所に電話をかけ始めた。


「衣笠だ」

「俺だ」

「……どうした?声色が変だな」

「分かるのか?」

「何となくだが」

「緊急で申し訳ないんだが」

「かまわん」

「明日識人会議を開く」



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