手榴弾による爆発で辺りに土埃が舞った。
「……嘘だろ」
小隊長の増川は目の前で起きた出来事がまだ信じられないようで、立ち尽くしている。
「増川!」
「え?」
そこにやってきたのは同じ第二中隊で第二小隊の隊長である嬉野だった。
「な、何でここに」
「無線でお前たちが闇の魔法使いと遭遇したと連絡があってな。他の場所はすでに制圧済みだ。だから応援としてこっちに……どうした?ていうかいま大きな爆発音が……」
「爆発音……あ!柏木!」
増川含め一部始終を見ていた隊員たちが土埃が収まり徐々に明らかになる爆発後の光栄を見てぞっとした。
両者およそ数メートルは吹き飛んだだろう……一番の驚きは手榴弾が爆破した中心部には恐らく闇の魔法使いと見られる物の下半身だけがそこに佇んでいたことだ。
順が銃を撃ったのも銃剣を刺したのも出来る限り腹部に穴をあけて爆発の衝撃で上半身を吹き飛ばすのが目的だったのだ。
「アアアアアア!あの野郎!自爆しやがった!」
ただもう一つ驚くべきは上半身だけになっても闇の魔法使いはピンピンしていた。
だが順に魔素を注ぎすぎたのだろう、本来すぐに再生するはずの上半身の傷口もスピードが遅い。
「隊長……どうします?」
「増川……どうする?」
増川は一瞬だけ悩んだが、今の状態であれば仮に下半身にたどり着くのにも時間が掛かるし杖を紛失しているようでこちらに攻撃もしてこないだろう。
「すぐに柏木を回収してこの場をりだ……」
ドーン!
上半身だけの闇の魔法使いの元にまた何かが降りてくる。
「今度はなんだよ!」
「増援か!?総員構えろ!」
その場にいた全員が銃を構える。
そして土埃が収まるとそこに居たのはこれまた和服姿の女性だ。
だが何処か様子がおかしい。
心配で助けに来たというよりは……呆れ……いや怒りだろうか、そんな表情のように見える。
「あ、姉御!助けてくれ!あいつ自爆しやがったんだ!しかも魔素があまりないから回復に時間が……」
「イシオス……お前……リサ様に言われたことを忘れたのか?」
「え?…………あ」
イシオスと呼ばれた闇の魔法使いは少し考えると何かを思い出したようで一瞬で顔面が青白くなっていく。
「え……と……その……それは」
「リサ様は何とおっしゃっていた?空爆による死者は今回の目的故仕方がないが、直接手を下さすのは一切禁止とする……と、お前は今何をした?」
「だって……あいつら攻撃してきたし……」
「そりゃあ我らは空爆したんだ。いきなり目の前に闇の魔法使いが現れれば攻撃するだろ?では質問を変えようか私は見に行くとは許可したが戦えとは言ってないぞ?これはリサ様に報告するからな」
「ちょっと待て!それだけは!その前に俺の体くっ付けて!」
「何を言ってるんだ?」
女性の闇の魔法使いは杖を取り出すと、下半身に向けて魔法を放った。
「はあ!?」
魔法が着弾した下半身はメラメラと燃えるとすぐに灰となり消えていった。
「ちょっと姉御!?何してんの!?」
そしてもう一度今度は上半身の傷口に向けて魔法を放つ。
「え!?何して……ぎゃああああああ!」
魔法が着弾した瞬間、傷口が燃え出し、魔素による再生を阻害し始めた。
そして今まで痛みを感じてなかったように見えたイシオスは初めて激痛で顔を歪ませ絶叫を上げた。
「とりあえずリサ様の前に突き出すまで反省させるために再生はさせん……それと」
女性の闇の魔法使いはゆっくりと順の元へ歩み寄る。
そして順の体の状態を見た。
「うむ……爆発で腹部を中心にがずたずたか……それに魔素の浸食もかなりか……もうもたないか。すまないあの馬鹿のせいで」
最後にただ見ている事しかできなかった他の自衛官に一瞥するとイシオスを持ち上げ闇の粒子となって昇って行った。
「…………柏木!」
その場にいた全員が順の元に集まる。
増川が順の体を見る。
「……ひゅー……ひゅー……ひゅー」
順は微かにではあったが呼吸こそしていた。
だが零距離で手榴弾を食らったため防弾チョッキを着ていたとしても腹部を中心に爆発の圧力であばらも内蔵もぐちゃぐちゃだろう。
そして問題のは長時間闇の魔素を注がれていたせいで腹部からほぼ全身が闇の魔素に浸食されている。
順の息が途絶えるのは時間の問題だろう。
「柏木諦めるな!今すぐ聖霊魔導士の元へ送るからな!全員手伝え!」
隊員たちがその場で急いで簡易的な担架を作ると順を運びすぐに移動を開始した。
「いいか柏木!お前新婚だろ!?奥さん残して先に逝く気か!?そんなの俺が許さんからな!生まれたばかりの赤ん坊もいるんだろう?女の子だっけ?お前な!最低限娘さんが結婚するまでは生きろよ!一緒にバージンロードを歩くのが父親の役目だろうが!お前は十分すぎるくらい自衛官としての務めを果たしたぞ!だからよ!父親としての務めを果たす番だ!……頼む!死ぬな!……まだ助けてもらったお礼すら……言えてないんだぞ!馬鹿野郎!」
もう増川にも手遅れだというのは何となく察していた。
だが増川は自衛官だが医官でもなければ医者でもない、死亡を宣告する医者の言葉がない以上まだ死んでいないと同義だと心に言い聞かせて必死に担架を運んだ。
「医官いるか!」
「こちらに」
近くの公民館に臨時で設立された救護所に着いた増川はすぐに医官を呼んだ。
走ってきた医官は担架の順を見た瞬間、順の状態に驚くもすぐに冷静になり、すぐに脈と瞳孔の確認をし、ゆっくりと立ち上がった。
そして増川を見ると静かに首を振った。
「……あ……あああ……柏木イイイイイイ!」