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特別編 夏美と順の物語 順の生き様 6

 確かに相手の冷静さを失った姿を見れば、誰だって勝てると思い込むことはあるだろう。


 そして現実順も相手の動き方から多少、油断をしていたかもしれない。


 慌てふためいているように見せて逆に相手が油断するのを待っていたのかもしれない。


 また順が小学生の頃に経験し、PTSDとして奪ったものは記憶だけではなく、本来人が感じるべきである恐怖心も恐怖から逃げるという人の本能すらも奪っていたのかもしれない。


 だがもうすべてが遅かった。


 杖から生み出された黒い魔法の刃はしっかりと順の腹部に突き刺さっていたのだから。


「……ぐッ!」


 一瞬のうめき声と共に、左手こそ離さなかったが首を突き刺すために限界まで伸ばした右手は本能的に刀を離し、腹部を抑える。


「柏木!」


 その様子を見ていた増川は付近に居た隊員に銃を構えるように指示を出す。


 パンパンパンパン!


 隊員たちによる射撃が行われるが無慈悲にも銃弾は全て見えない壁に阻まれた。


 恐らく順が突き刺す直前、抑えられた左手の杖で壁を作ったのだろう。


「駄目です!銃が効きません!」

「……いつでも撤退できるように準備を完了しつつあいつらを囲むように動け!あいつを取り残すな!」


 増川の指示で帰りかけていた隊員たちは一斉に戻ってくる。


 ———殿の意味ねえじゃねえか……つかいってえ。


「なんだ……これ」


 ———体を吹き飛ばすとか水圧で吹っ飛ばすとか、火で包む魔法は知ってるけど……直接体内に干渉できる魔法なんて基礎魔法でも聞いた事ねえぞ。


 順は必死に今起きている事象を分析しようとするが、恐らく初めてだろう腹部を刺された痛みで思考がめちゃくちゃになっていく。


「ああ、これねえ……俺のギフト!」

「ぎ……ふと?」

「そう!魔法なのにシールドとか魔法に対して何一つ効果無いし、物理に対しても貫通だけして何一つダメージを与えられないけど、たった一つだけ!人体にだけは傷をつけられるんだ!そして闇の魔法使い以外には闇の魔素による浸食もおまけでね!」

「……」


 ———いらねえ……おまけだこって。


 初めて体内に闇の魔素が侵食するという人生でも普通に体験する必要がない感触と剣で貫かれた部分の焼けるような痛みでもはや喋ることすらできなくなった。


 だがここで順の視界に異変が起きた。


 ———……?


 突然すべての時の流れがゆっくりに感じ始めたのだ。


 ———まさか……これ走馬灯か?マジ……かよ。


 走馬灯……本来の意味は死の間際、その人の記憶からその状況を生き残るヒントとなる記憶が無いか探すために脳が記憶をフル回転で探すために周囲がゆっくりと移りだす光景を言うらしい。


 つまりは火事場の馬鹿力によって一時的に脳のリミットが解除されるのだ。


 だが大抵の人はそんな思い出はあるはずもなく、ただただいい思い出を見て、良い人生だったと、まだやり残したことがあるなどの思いをしながら死までのつかの間の時間を過ごすのが一般的だろう。


 だがこの時の順は違った。


 ある意味順だからこそ……PTSDを患った順だからこその最期の手向けなのか順に記憶の映像を見せた。


 それは完全に忘れていた……いや、もはや思い出すことすらも諦めた……残っている写真を見てももはや親だという実感が湧かなかった順の本当の父の……桐谷宗太の記憶だった。


『いいか?順、父さんが自衛隊に入ったのはな?自衛官に命を救ってもらったこともあるけど、どっかの会社に入って特定の人に向けて働くより、この国の国民全員が困ったときにいつでも動いて助けてあげられる自衛隊の方がずっとかっこいいと思ったんだよ』


 ———あ……。


『そしてな第一空挺団に入ったのもそんな時に一番危険な場所に真っ先に駆け付ける能力があるのは第一空挺団なんだよ。俺はな?どんだけ過酷だろうが、危険だろうが、誰より早く助けを求める人の元へ行けるんならどんな努力も惜しまないことにした。だって俺が一つ頑張って命を救えたらそれだけで儲けもんだろ?』


 ———ああ……ああ……。


『いいか順、仲間は大事にしろ?自衛隊でも警察でも同じだけど一人が助けられる範囲なんてタガが知れてるんだ、重い物も一人では持てないだろ?魔法で軽くすればいい?でもな大きいものだと運びにくいだろ?でもたくさんの仲間がいればずっと運びやすくなる。自衛隊でもそうだ、一人では出来ないことをみんなで協力することで出来るようにする……そのために自衛隊は出来るようにするために何回も訓練してるんだ』


 ———…………父……さん。


『もし仲間が悪い道に行こうとしたら片足突っ込んででも助けてやるんだ。そうすればそいつは感謝するだろう?そうすれば固い絆になる。固い絆はそう簡単には切れないから、いつかお前が困ったときに絶対に助けてくれる存在になるだろう。ちょっとやそっとの怪我ぐらい気にすんな!死ななければいいんだ!まあ……そう言ったら柏木にいつか死ぬからほどほどにしとけとは言われたけどな』


 ———……あ。


 ここで順は初めて分かった。


 父である桐谷宗太は何も考えずに飛び出したんじゃないと。


 射撃訓練場、もし乱射事件が起こればその場にいる魔法戦闘要員により制圧……もしくはその場で殺されてもおかしくはない。


 だが桐谷宗太は一番近い自分が杖のシールドで制圧すればいいと思ったのだろう。


だが焦って杖を持てなかったのだろう。だから考えたのだ、付けていた防弾チョッキに全部当てさせれば最悪体中が打撲か骨折で済ませられる……そうなれば最悪自衛隊を辞めることにはなるだろうが最悪の事態は避けられるだろうと。


ある意味順以上の恐怖に対しての耐性がありすぎる。


 だが結果は最悪中の最悪の方向に行ってしまった。


 ———父さん……何が仲間を守れだよ……自分が死んだら意味ねえじゃねえか。


 数々の父や母との思い出が蘇ってくる。


 ———こんな死の間際にこんな思いで見たくねえよ。……あ。


 そしてここで失っていたある感情も蘇った……恐怖と生きたいという本能だ。


 そしてある意味今まで冷静を保ってきた順の感情が爆発した。


 ———ああ……あああ……やだ……死に……たくない……死にたくない!死にたくない!まだ夏美と別れたくない!夏美と生きたい!もっとやりたいこともたくさんあるんだよ!こんな所で死にたくない!やだやだやだやああああああああ!


『いいか?順』


 ———もう……いいよ……父さん。


『恐怖を感じることは大切なことだ。それが無ければ生きたいと思えることも無くなるからな。まあ俺は少し欠けてるようだけど。だがな?それ以上に大事なことは諦めないことだ。死にたくないからこそ冷静に考えろ、一か八かでも良いんだまずはやってみろ。後はなんとかなるさ』


 ———それ死んだ父さんに言われたくねえよ……でも。


 桐谷宗太の言葉で少し冷静になった順は考えた。


 ———何をしなくてももう俺は死ぬだろうな……でもこの際だ、このクソ野郎に一泡吹かせてやりたい……一か八か?やってやろうじゃねえか!


「おーい。生きてますかー」


 黒い刃で貫かれてからピクリとも動かない順を死んでしまったのかとのぞき込む。


 ガチャ。


「残念……ながら……まだ生きてるよ」

「へえ……ここからどうする……ん?」


 闇の魔法使いが確認したのは順が右太ももに装着していたホルスターから抜いた拳銃……P226だった。


「……んー?」


 パンパンパンパン!


 順は右手だけでマガジンに入っている弾薬すべてを闇の魔法使いの腹部に向けて一斉に速射した。


「お!お!お!お!お!」


 痛みはあるはずだ……だがただ衝撃を楽しんでいるようにしか見えない。


 だが同時に掴んでいた左手を離し、左腰からぶら下げていた銃剣を取り出した。


 パン……カチ!


 銃のスライドがホールドオープンし、弾薬が尽きる。


 ドス!


 その瞬間、左手に持っていた銃剣で闇の魔法使いの腹部に思い切り突き刺した。


 さすがに腹部への連続攻撃に少し顔が歪み始める。


「……ほう?一応痛覚はあるんだな。今までのはやせ我慢か?」

「いやーさすがに内臓ぐちゃぐちゃ……それに……」


 闇の魔法使いは視線を自らが刺している杖の黒い刃に移した。


 恐らく魔素を送り込むのに必死で傷再生の魔素が足りていないのだろう。


「……でも俺はこれくらいじゃ……」

「この俺がこの程度で終わるとでも?」


 順がいつの間にかに右手に握っていた手榴弾のピンを抜いた。


「……すー……はあー……私は!わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、第二日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、強い責任感をもって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることをここに誓う!」


 第二日本国、自衛隊の服務の宣誓である。


 失っていた恐怖心が戻り今すぐにでも逃げ出したい幼き桐谷順としての気持ちを服務の宣誓を思いっきり唱えることによって自衛官である柏木順に戻る。


 そして。


 ———父さん……母さん……こんなバカ息子でごめん、でも二人の子供として生まれて短い間だけど生きれて幸せでした。説教ならあっちで聞くから今は俺の決意を行動を許してくれ。夏美……告白するのが遅くてごめん……本当ならもっと早く一緒になって思い出を作るべきだった、本当ならもっと夏美と長生きして孫の顔を見たかったけど無理みたいだ……こんな俺を好きになってくれてありがとう……心の底から愛してる。


「うがああああああ!」

「は?は?マジ?」


 黒い刃で激痛を感じているはずの順は刃が深く入るのを厭わず突き進むと闇の魔法使いに抱き着くと安全ピンを抜いてはいるが起動の為に必要なレバーを離さずにお互いのお腹で挟みこむように入れた。


 ただ闇の魔法使いは順が何をする気なのかがわかってないようだ、急いで離れようとはしない。


そして順は銃剣が腹部で奥深くまでは行ったことにより自由になったため左腕で全力で離れないように抱きしめる。


「あー、そう……いえば」

「は?な……何だよ」

「お前の名前……聞くの忘れてたわ。でもまあもういいわ、冥途の土産で最後の記憶がお前の記憶とか嫌すぎるからな……だから……代わりにお前は死なないだろうし、闇の魔法使いのお前に人として一番最初に吹き飛ばした……俺の名前を教えてやるよ」

「は?は?吹き飛ばす?……はあ!?お前死ぬ気か!?」

「一つ言っとくが今ここでの俺の仕事は……俺が犠牲になってでも他の仲間を救うことだよ」


 ここで初めて闇の魔法使いは順が企んでいることを察したのだろう。


 そして同時にこれまで以上に順を引きはがそうと暴れる始める。


「おいおい……遠慮するなよ。俺は……この世で一番尊敬している自衛官の……」

「おい!離せ!やめろ!くっそおおおおおお!」

「桐谷宗太の息子の……」

「やめろやめろやめろやめろ!」

「桐谷順だああああああ!」

「やめろおおおおおお!」


 カチン!


 順がレバーを離した。


「……さあ地獄で待ってるからよ……また会おうぜ?」

「この……このくそやろ……」


 ———そしてこれが今出来る俺の……柏木順としての生き様だ。


 ドーン!


 順と闇の魔法使いの間に挟まれた手榴弾が爆発し、二人は正反対の方向に吹き飛んだ。


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