「マ、マリア!ふざけないでくれ俺は本気で君を――」
「勿論私も本気です、セシル様。本気でうんこの聖女を目指したいのです。」
そう言うと、マリアは俺と会っていなかった三ヶ月の間に起きた出来事を語り始める。
話に聞けばどうやら近くの村で、その……女神に母親を助けてもらったらしく、それをきっかけにマリアはその女神の信徒となり、女神に仕える聖女を目指すことを決意したらしい。そしてマリアが目指している聖女の上位に当たる神聖女とやらになると、結婚が出来なくなるという事だ。
「つまり、マリアはその……聖女になりたいと。」
「はい」
「そしてそれが理由で結婚しないと……。」
「はい!」
「……駄目だ。」
「はい?」
「そんなの絶対認められない!」
思わず机に勢いよく手をつき、立ち上がる。だが、取り乱した俺を唖然とするマリアを見て我に返ると、すぐさま席に座り直す。
「あ、す、すまない。その、なんだ、マリアほど有能な女性が結婚しないなんて、それは国としても、いや、ランドルフ家としても大きな損失だろう?」
自分が結婚したいからと言う我儘な本音を誤魔化しつつ、どうにかマリアの説得を試みる。
彼女は聡明な子だ、ちゃんと伝えれば考え直すはず。
「それにランドルフ家は古くから続く名門貴族、そんな家の女性が結婚をせずに生きるなんて、きっとお前の父親も反対するはず――」
「お父様は認めてくださいましたよ?」
「なに……?」
あの貴族のお手本の様な男が?確かに彼女には弟がいるので跡継ぎに関しては問題はないが、貴族の女性が結婚しないとなれば世間体に関わるだろう。しかしロックはこの話を知っており、とっくに認めたという事だ。そこでふと先ほどのロックの言葉を思い出す。
『本人に婚約の意思がないのであれば、この縁談はなかったことにするつもりです』
ロックはマリアの胸中をあらかじめ知っていた。つまり、初めからこの縁談をなかったことにするつもりだったという事か。
なら俺に向けて発した自分の力で振り向かせろというあの言葉も、娘の心を射止めれば認めてやると言う激励だと思ったが、考えを変えれば、娘にその気はない、精々頑張るがいい、との挑発にも見えてしまう。
……なんだか氷の貴公子の親バカな一面を垣間見た気がする。
「だ、だとしてもだ、大体、あんな臭くて汚い汚物何かのどこがいいと――」
……はっ!
そこまで口にしたところで俺は自分の失言に気づく。汚物であれどうであれ、彼女にとってはそれは信仰対象なのだ、それを全否定してしまうな発言など言ってはいけなかった。
「あ、その、すまない、マリア……俺は……」
「よくぞ聞いてくださいました!」
「え?」
そう言うとマリアは眼を輝かせながら俺の手を取り、互いの顔が触れようかと思うほど近づけてくる。
そして立ち上がると対面の席から隣に移動してくると、どこからともなく取り出した分厚い資料を机に置き、その資料を見ながら汚物について意気揚々に語り始める。マリアが語っていた時間は一時間を裕に超えていたが、マリアの言葉は俺には一切入ってこなかった。
彼女が語る時の笑顔は、俺と一緒にいる時とは比べものにならない程眩しく輝いており、俺はその笑顔に終始見惚れていた。
……その日の帰り道、俺は馬車の中でずっと呆けていた。
今日見せてくれた汚物を語っていた時の彼女のあの笑顔が未だに頭から離れない、あれこそ彼女の本当の笑顔だったんだ。
つまり、マリアは俺の事を何とも思っていなかった、彼女の中では俺はうんこ以下だと言うことだ。
「……よし」
俺は決意した、まだ諦めない、彼女が正式に聖女となるまでに、彼女のあの笑顔を俺に、俺だけに向けさせてみせると。
「うんこなんかに負けてたまるかぁ!」
俺は馬車の中で一人叫んだ、後日その事で父に呼び出されたのはまた別の話である。
――数日後
「お嬢様、王子が参られました。」
「あら?つい先日来たばかりでは?」
「いえ、今日参られたのは、第二王子のセシル様ではなく、第一王子のアルフレッド様です。」