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第20話 聖女と村娘

 私の名前はエノーマ、平民なので姓はない。

 この名もなき村に住む十七歳で、毎日同じような日常を繰り返している。

 早朝に目を覚まし畑に出ている両親に代わり家事を行い、適度に休み、適度に遊び、そしてまた適度に働く。きっとこの先もこんな暮らしが続いていくのだろう。

 賊にも魔物にも襲われたことがなく、なんの変化もない、しかしこの変化のない毎日は平和の証と言えるんだろう。    

 ……だけど、たまには新しい出来事とかが起きて欲しい。

 そう、私は今、刺激に飢えている。


「ふう、これで今日の仕事も終りね。」


 まあそんな不満は心にしまい、今日も家の仕事を一通り行うと、私は汗を拭って一息つく。

 すると、外から声が聞こえてきた。


「すみませーん!うんこくださーい!」

「あ、ハイハイ、今開けま……」


 ……うんこ?


 六歳くらいの子供達が聞いたらバカウケしそうな挨拶に反応し、つい扉を開けてしまう。

 すると家の前には白銀の髪色をした天使がいた。


「えーと、あなたは確か領主様の……」

「はい、マリア・ランドルフと申します。」


 扉の外にいたのはこの村の領主、ランドルフ伯爵家のご令嬢、マリア・ランドルフお嬢様だった。

 確か数年前よくこの村に頻繁に訪れていたのを覚えている。


 しかしその後はパタリと消えて、王子の婚約者になったとか言う話もあったので、もう会う事はないと思っていたが……こんな農家の家になんの用だろう?


「え、えーと……きょ、今日はどういったゴ用件で……しょうカ?」


 慣れない言葉づかいで尋ねると彼女はクスリと笑った、本当天使だなあ。


「実は私、この度こちらの村の外れにある神殿で聖女を務める事になったので、その挨拶にと参りました。」

「ああ、成程……そういう事ですカ。」


 確かに、村外れに神殿と呼べるかわからないが、それっぽい寂れた建物はあった。

 自分も近くまでは行ったことはあったが、入るほど魅力的なものではなかったのでそれ以降、近付くことはなかったけど、あれは神殿だったのね。


「という事なので、お近づきの印にうんこをください。」

「ああ、成程……どういう事ですかぁ⁉」


 思わず声を荒げて尋ねると、マリア様がいきさつを説明してくれる。


「え、えーと……つまり、マリアお嬢様は、うんこの聖女になられたと?」

「はい、そう言う事です。」

「……」


 天使の笑顔で全肯定、どうしよう……滅茶苦茶反応に困る。

 これは冗談なのか、本気なのか?


 見た感じ全く冗談言わなさそうだけど、かといってうんこの聖女にも見えないし……とりあえず、それっぽく相槌だけ打って話を進めよう。


「な、成程……そう言う事ね、大体わかりました。」

「それでまずは初仕事として、手始めに村の皆様のうんこを引き取りに来ました、通常の状態で処理をすると汚臭や環境汚染につながる可能性があるので、こちらでうんこを洗浄しようかと思いまして。」


 ……やっぱり冗談ではなかったか。でもまあ、確かにそれはありがたいかも、一見ふざけてるような内容だけど、実際これはかなり問題である。

 基本村ではうんこは貯めた後、畑で使用するもの以外は近くの川に流していたのだが、たまに固まったり、水量が少なくて流れきらず、それが原因で汚臭がしたこともしばしばあったりしたのだ。


 しかし、そんなことをこのお嬢様にそんなことをさせていいものだろうか?

 でもまあ、本人が言ってるのだからいいのだろう。


 とりあえず私は肥溜めのある小屋へと案内する。


「流石肥溜めですね、強烈なうんこの臭いがプンプンします。」

「その……恥ずかしいんで、汚物を溜めている本人の前で余りそう言うこと言わないでくれます?」


 二人揃って鼻をつまんでの会話になっているので、鼻声状態で会話する。


「ですがご安心ください、こんな時の聖女の力です。」


 そういうと、マリア様は私に触れると何やら言葉を唱え始める。


 「親愛なる女神よ、我が体を通し、その力で人々の穢れを浄化したまへ……」


 神々しい言葉に合わせて私の体を光が包み込んでいく。

 そして、光が私の身体に入り込むと、マリア様が手を放す。


「……これで大丈夫です。」

「ど、どうなったんですか?」

「周囲の臭い、変わっていませんか?」


 そう言われ私は、鼻をつまんでいる手を放し、鼻をひくつかせ肥溜めの臭いを嗅ぐ。

 肥溜めなのだから当然臭いはず……なのだが……


「あれ?さっきより臭くない⁉」


 若干臭いは残っているが、つい先ほどまでしていた、とてつもなく臭かった匂いが消えていた。

 それどころかすごくいい匂いがする。


「女神の加護によりあなたのうんこの匂いを変えました、これで肥溜めも臭くならないはずです。」

「へー」


 先ほどの神々しさとはかけ離れた効果だけど、でも凄く有能な加護だ。

 私は何度も臭いを嗅ぐ、若干の臭いは恐らく両親のも混ざっているからだろう、それでもほんのり甘い匂いがそれを相殺している。


「でもこの臭いってなんだろう、どこかで……」

「それは勿論、ビーフシチューです。」

「なんでよ!」


 勿論ってなによ、何故それを選んだんだ⁉

 美味しいから?いや、美味しいけど、いくら美味しいとはいえ、それは流石に嫌なので、私は断固拒否をした。

 そして話し合いの結果、結局臭いは無臭ということで落ち着いた。

 お嬢様は、その後の家でも同じやり取りをしていたのか、あちこちでツッコミの声が響いたり、変な性癖に目覚める男がいたとかいないとか。

 とはいえ、私の同じ繰り返しの毎日の中に新しい風が吹き始めようとしている気がする。


 ……いや、刺激は欲しいと言ったけどこんな刺激が欲しかったわけじゃない……




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