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第22話 聖女の帰郷

 学園に通うことを決めたマリアはその準備の為に一度実家へ戻ることになった。

 やっとこの村の生活にも慣れてきた頃だったから少し名残惜しそうにもしていたが、まあ休みの日にでも戻れば問題ないでしょう。


 神殿の片づけや、村人たちへの連絡などを済ませて一週間後、我が神殿に迎えの馬車が来た……のだが、何故かそれには王家の家紋が入っており、中から第一王子のアルフレッドが出てきた。


『どうしてこいつが?』

「どうしてアルフレッド様がここにいるのでしょう?」


 私の呟きを拾い、マリアが代弁者らしく復唱して伝えてくれる。


「君の実家に用事があってね、今日君が帰ってくるって聞いてそ折角だから迎えに来たんだよ。」


 アルフレッドがそう答えると、マリアがもう一人の王子も来ていないのかと馬車の中を覗く


「ああ、ラルフならは来ていないよ。彼は弟でありライバルだから、こういうところで出し抜かないといけないからね。」


 そう言ってアルフレッドが口の前で指を立ててウインクして見せた後、マリアに手を差し伸べる。


「では行こうか。」

「はい、では宜しくお願いします。」

「あ、言っておくけど、馬車を乗せるのに女性の手を取るのは男性貴族として嗜みだよ、逆にやらないほうがレディに対して失礼だからね。」


 ……チッ


 恐らく私に向けていったと思われる言葉につい舌打ちをする、貴族の事はよくわからないけど流石にそう言われると反撃できないからね。マリアも否定しないところを見ると本当のようだ。


 マリアがアルフレッドの手を取り、馬車に乗る。

 美男美女で無駄に絵になるのがなんか腹が立つな。


 馬車は走り出すとあっという間に私の神殿から遠ざかっていく、三百年居続けてきた場所だけに見えなくなっていく光景には少し感傷的になってしまうが、すぐ新しい景色に目移りする。

 まあ、どうせまた帰ってくるしね。

 移動する馬車の中ではアルフレッドがニコニコと笑顔を浮かべてジッと、マリアの方を見ていた。

 見ているのはマリアなんだが、自分も見られている感じがして落ち着かない。


「あの……私の顔に何かついているでしょうか?」

「いや、この馬車の中では君の顔を独り占めできるのが嬉しくてね。」


 アルフレッドが輝かしい笑みを浮かべてそう答える、私もいるんだけどねぇ。

 まあ神殿から離れると、聖女であるマリアでも私を見る事も、話すこともできないんけど。


「女神様、いらっしゃいますか?」

『はいはい、いますよ~』


 と言ったところで、返事をする手段がないので合図を送る。


「うっ……は、腹が……」

「良かった、いらっしゃるみたいですね。」

「ぼ、僕を合図がわりに使わないでくれるか……」


 フフフ、私をいない者として扱った罰じゃ。

 まあ、流石にこれは可哀そうなので、これっきりにしよう。

 マリア達を乗せた馬車が半日ほど走り続けると、巨大な屋敷が見えて来る。


「あ、見えてきました、あれがランドルフの屋敷ですよ。」


 おお!流石お嬢様。

 こんなに大きな屋敷を見るのは女神になってからは初めてで少し興奮している。

 馬車は屋敷に近づくにつれ少しずつ速度を落としていき、そして屋敷の門の前でピタリと止まった。

 馬車が止まるとアルフレッドが先に降りて、再びマリアの手を取りマリアを外へと連れ出す。


「アルフレッド様、今日はありがとうございました、では……」


 マリアがアルフレッドに礼を告げて屋敷の門へ入ろうとするが、アルフレッドはマリアの手を放そうとしない。


「……アルフレッド様?」

「すまない、君と離れるのが名残惜しくてね。できる事ならこのまま君を城まで連れて帰り……たいところだが、どうやら君の女神様が許してくれなさそうだね。」


 アルフレッドは爽やかに言っているが、少し視線を落とせば膝をガクガクさせ便意を我慢しているのがわかる。その姿はまるで水の上で優雅に浮かび、水の中で必死に足を掻く白鳥のようだが、残念ながらここは陸なので皆にもバッチリ見える。


「ま、まあいいさ、学園に通えば今まで以上に一緒にいる時間がある、僕は弟にもうんこなんかにも遅れをとるつもりはないからね。卒業までに君との距離を詰めてみせるよ。」


 最後に手の甲に口づけをするとアルフレッドは馬車に乗り、去っていった。

 他の令嬢なら見惚れてしまいそうな去り際だ、少し心配になりマリアの方を見た。


「うんこなんかとは、失礼ですね。」


 と口をとがらせていた。別に失礼とは思わないけど、マリアの評価が下がってるならそれでよし!

 しかしあの王子、はっきりと『うんこ』と口にしていたな、出会った時は言葉を濁していたのに。


「では行きましょうか」


 馬車が見えなくなったのを確認して改めてマリアが屋敷の門をくぐる、するとそこには執事や、メイドたちがマリアの出迎えのため待っていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様。」

「お出迎えありがとうございます、ただいま戻りました。」


 出迎えた使用人達が頭を下げると、マリアもお礼を言って頭を下げる。


「お父様は帰っていらっしゃるのですか?」

「はい、ですが今は来客中なので先にお部屋にお戻りになられた方がよろしいかと。」

「わかりました。」


 来客中とは王子関係かな?まあ、私が気にしてもしょうがないか。

 使用人と話した後、マリアが屋敷の入口の方へ進んでいくと、扉の前には細目のメイド待っていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様。」

「ただいまアンナ。女神様、こちらは私の専属メイドのアンナです。」

「そこに女神様がいらっしゃいますのですか?アンナです、宜しくお願いします。」


 自己紹介したアンナがマリアの方に向かって頭を下げる。

 ほほう、専属とはなかなか、確かに落ち着いた雰囲気で有能そうではある。


「女神様と言うことは、ご主人様の更にご主人でございますね、ビッグボスとお呼びしていいでしょうか?」


 おっと、一気に胡散臭くなったぞ?

 呼んでもいいけど、女神をそんな伝説の兵士みたいな呼び方するやつ初めて見たわ。

 で、でもマリアの専属というのなら有能なのよね?


「アンナは少し不器用で、複数の仕事がこなせないので私に専念してもらっているのです。」


 やっぱポンコツじゃん!


「不器用とは失礼ですね。洗う、干す、畳む、なんでも出来ますよ?」


 それ全部洗濯の業務でしょうに……

 三択のように見えて全部洗濯の部類だから選択のしようもない


「ふふ、それほどでも。」


 何で褒められてると思ってるのよ……

 言葉が伝わらないのがこんなに腹が立ったのは初めてだ。


 ……とは言っても、このメイドはともかく、マリアの方はさっきから声が聞こえていなくても案外通じてるのよね。

 恐らく契約して繋がったことである程度、私の考えが伝わっているのかもしれないわね。


 『マリア、私、早くあなたの部屋が見てみたいわ。』

 と、強く念じるように言ってみる。


「では、早速中を案内しますね。」


 おお、伝わった!これからしばらく会話はできないけど、これなら案外やっていけるかもしれないわね。

 アンナが扉を開けると私はマリアの後について屋敷の中に入っていく……


「では初めに、ここが我が家自慢のトイレです」


 駄目だ、全然伝わってなかった。


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