マリアに自宅のトイレの素晴らしさを延々と語られた後、私はようやく屋敷の中を案内してもらえた。
伯爵家は流石貴族の家なだけあって、広くて部屋が多いので見て回るのは楽しかった。
案内された場所で出会う使用人達も、マリアに気づくと仕事の手を止めて笑顔で歩み寄ってきて挨拶をするので、マリアがこの屋敷でどれだけ愛されているのかがわかる。
そして、この屋敷のメインと言える広間に行くと、そこで優雅に寛いでいたマリアの母親を紹介される。
「そこに女神様がいるのね?エリーゼ・ランドルフです、娘がお世話になっています。」
いえいえ、こちらこそ。
見えてはいないとわかっているが、私はつい頭を下げて挨拶する。
エリーゼはマリアとは違って明るい金髪をしているが、瞳の色はマリアと同じ青い瞳をしており、顔には少しマリアの面影のある美しい女性だった。
挨拶をする際の仕草一つ一つがとても優雅で、まさに貴婦人と言った印象だった。
……だが私は知っている。このにこやかに笑う女性が、道端に生えた野草を食べてお腹を壊していたことを。
「あと紹介できていないのは父と弟は鍛錬場にいますが、鍛錬の邪魔をするのも悪いので挨拶は後にしましょう。」
そう言うと、マリアは一度自分の部屋へと戻った。
マリアの部屋の中は、令嬢の部屋と言うよりは執務室のようだった。
大きなベッドと、寛ぐためののテーブルは置かれているが、壁際には本棚が置かれ、中には本がびっしりと詰め込まれている。
タイトルを見てみると、どうやら魔法や歴史書などの本が多く、それだけでマリアがどれだけ勤勉なのかがわかる。
……ん?
するとその中で一つ、奇妙なタイトルの本を目にする。
『世界のうんこ大全集』
一体どこの誰が書いたんだ……そしてこんな本、どこから見つけてきた?
……見なかったことにしよう。
そしてその日の夕方、鍛錬から戻ってきたマリアの父と弟を紹介される。
父であるロック・ランドルフはマリアと同じく白髪と青い瞳がが印象的な美形で、なんでも若い頃は氷の貴公子なんて呼ばれていたらしい、マリアは二人の両親のいいパーツを見事に受け継いでいる。
だが、それ以上に生前私を追いかけまわしていた、騎士のランドルフにそっくりで見ているだけで体が震えてしまう。
そして弟のリッド・ランドルフ君の方はマリアにそっくりの可愛いらしい少年だ。
年齢は十四歳らしいが、顔だけ見るともう少し幼く見えてしまう。
あまり父に似なくてよかったよ。
「お初にお目にかかります、ランドルフ家当主のロック・ランドルフです。」
「リッド・ランドルフ……です、しかし本当にそこに女神様がいるのですか?」
リッドが、挨拶しつつ私の存在に懐疑的になる。
そりゃそうだ、傍から見れば何もないところに挨拶してるんだから、まだ純粋な少年には奇怪に見えるよね。
どうにかして伝えたいけど、前のやり方は流石にできないので信じてもらうしかない。
とりあえず気づくかわからないけど、今日一日胃腸がよくなる加護を与えておこう。
そして家族全員が揃ったところで、マリアにとっては一ヶ月ぶりの家族との食事が始まった……のだが。
皆、話もせずに黙々と食べている。
今までのやりとりを見る限り別に仲が悪いわけではないだろう、積もった話もあるだろうし、話したいこともあると思うが今は自重しているのだろう。
なぜなら今が食事中だからだ。
そう!食事中にうんこの話は御法度、皆マリアに話しかけたいのだろうが、うんこの話題を出してしまう事を恐れて口を閉じてしまっているのだ。
マリアも聞いて欲しそうに三人をチラチラと見るが、三人は目を合わせようとせず黙々と食事を続けている。
「ところでお嬢様、村での生活はどうですか?」
そんな中、切り込んできたのは意外にもマリアの後ろで控えているメイドのアンナだった。
「はい、村の皆さんに仲良くしていただいてるのでとても楽しいですよ。」
だが、マリアも空気を読んでうんこの話はしてこない。
「そうか、それは良かった。」
「そういえば僕は行ったことないなあ。」
「なら今度是非皆で一度村長さんに挨拶に行きましょう。」
アンナの言葉をきっかけに、家族がぽつぽつと口を開き始める。
これに関してはアンナ、グッジョブと言ったところでしょう。
「それでお嬢様、うんこの聖女としてはどうですか?」
「「「⁉」」」
こいつ勇者か!
誰もそこまで切り込めと思っていなかったはずだぞ⁉、しかし当のマリアはアンナの問いに目を輝かさせ始める
「それはですね――」
「ゴ、ゴホン!そ、それよりもだなリッド、学園の剣術の授業の方はどうだ?」
「え?その話は昼に――い、いえ、すごく楽しいです、はい。」
どうやら父が話を変えるために既にしてある話題を弟君に振ったらしい。
弟君も乗っかって話題を変える。そういえば、マリアの行く学園は家の跡継ぎは中等部からの入学が義務付けられていたりするらしい。
「学園はどんな感じですか?」
「あ、う、うん中々楽しいよ、小学校から一緒だった友達も多いしね。」
「そういえばタクトさん達はお元気でしょうか?学園に行き始めてからはあまり会っていませんから少し気になります。」
「元気だよ、僕は会わせたくないけど。」
二人の会話に聞き覚えのない人物の名前が出る、タクトかあ一体どんな子なんだろう?
「あと、そういえば、殿下が来ていらっしゃいましたが何か御用だったのでしょうか?」
「ああ、その事なんだが、実は明日から学校が始まる入学式までの間、一人生徒を預かることになってな、騎士として将来有望な子でどうやら学生では相手にできるものがいないようなのだ。」
「そうだったんですか……」
「あと、姉さんを歓迎会のダンスに誘いたいとか――」
「それに関しては、一っ切承諾していない!」
弟君の言葉をロックは鬼の形相できっぱり否定する。
この父はまともそうに見えたが、少し親バカらしき影を見た。
しかし今の目つき、生前にいたランドルフにそっくりだったな……うん、なるべくあまり関わらないようにしよう。