そんな事をやっているうちに、一日はあっという間に過ぎ、夕食の時間になる。
今日の夕食の席にはランドルフ一家の他、ルイス少年も座っていた。
マリスが空いている席に座り、全員が揃うと食事が始まった。
昨日も思ったけど、やはり貴族なだけあって皆行儀がいい、私が生きていた頃は主に孤児の子供達と一緒だったので余計にそう思う。
しかし、いいもん食べてるなあ……なんでこの料理を食べてマリアのお母さんは野草を食おうと思ったんだろ?
「そう言えば、今日はリッド君も騎士団に混じって訓練をしていたのですよね?どうでしたか?」
「はい、以前に比べて大分ついて行けるようになれましたが、まだまだです。」
マリアが話題を振ると、リッド君はルイスがいるからか、マリアに対して敬語で答える。
「それに比べてルイス様は、初めてなのに訓練にもついて行って、もう他の騎士の方々とも馴染んでいたので素晴らしかったです。」
「フッ、そうだな。あの訓練は新人騎士でもついて行ける者はそういないんだがな、それに剣の実力も学生の身でありながら、我が騎士団の中でも上位に入るだろう。」
どうやらルイスはランドルフの男衆からは非常に高評価のようだが、当の本人は喜びを見せることなく黙々と食事を続けている。
「いえ、私なんてまだまだです。」
「謙遜することはない、まだ学生ながら経験豊富な騎士達相手に引けを取らなかったのだ。もっと自信をっ持っていいと思うぞ。」
「ありがとうございます。しかし、剣の道に歳も学生も関係ありません、何故なら私が目指しているのは国で……いえ、世界で一番の剣士だからです。」
そう言うとルイスは、ロックの眼を見て続ける。
「そのためにもまずは王国一と呼ばれている貴方を超えるのが目標です。」
「……成程、私を超える事すら通過点か……面白い。なら私も追い抜かれぬように精進せねばならんな。」
「ぼ、僕も頑張ります。」
男性陣が剣の話で盛り上がるのを見てマリアがほほ笑む、そしてこの日の食事はつつがなく終わった。
――
俺、ルイス・バリアスがランドルフ家に滞在し始めて二日目の朝が来た。
日が昇り始めると共に俺はランドルフ家に来てからも日課である剣の素振りを始める。ランドルフ家は名門騎士家系という事もあり、敷地内は広く素振りができる場所には困らなかった。更には打ち込み用の的が配置された鍛錬場もある、俺の家とは大違いだ。
バリアス家はランドルフ家の様な騎士家系でもなければ、高い身分の家柄でもない。小さな領地を経営する貧乏貴族で、魔物討伐に民間兵を率いて領主自らが出るような小さな家だ。
俺も幼い頃から討伐に参加していた事もあって自然と剣の実力が身についた。
そんな俺が剣の道を目指し始めたのは必然だったのかもしれない。
お陰でこうして実力が認められて、騎士団長であるロック様の屋敷に呼ばれることになったしな。
ロック団長の指導は素晴らしく、やはり騎士団の訓練はレベルが高い。学べることもたくさんある……しかし、どこか物足りなさを感じている自分がいる。
確かに皆強い人たちだったが、自分で言うのもなんだがそこまで実力差があるとは思えなかった、今でこそ勝てない相手もいるがそれも時間の問題だと思う。
だがその中でもやはり団長だけは別だった。
相手の動きを瞬時に読み、癖を的確についてくる、しかも魔法にも長けているという話だ。最強と呼ばれるのも頷ける。
一度団長と本気で戦ってみたいものだが、今の自分では相手にしてもらえないだろう。
もっと強くならないと!
そう考えると自然と素振りに力が入った。
「おはようございます。」
するとふと後ろから声を掛けられる。
振り返ると、そこにはこの家の長女であるマリア・ランドルフ嬢がいた。
「こんな朝早くから熱心ですね。」
そう言うとマリア嬢は俺にタオルを渡してくれる。
「ありがとうございます。」
俺は貰ったタオルで汗を拭くと、マリア嬢は嬉しそうにニコリと微笑む。
彼女の事はここに来る前から知っていた、何せ有名人だからな。
品正方向、才色兼備で幼い事から奉仕活動に明け暮れていて、巷では王国の天使なんて呼ばれているほどだ、更に王子二人も熱を上げている。
俺がこの屋敷に呼ばれたのは第一王子であるアルフレッド殿下からの推薦だったが、その際にも彼女は自分のものだから手を出すなと何度も釘を刺されていた。
だがそれは俺にとってはどうでもいい事だった、俺は今現在剣にしか興味がない。
彼女と結婚すればランドルフ家に婿入りできると考えると魅力的に思えてくるがそんな理由で、王家を敵に回したくはないしな。
「マリア嬢は一体何を?」
「いつもは日課でこの時間から、女神像の掃除とお祈りをしているのですが、ここにはないので代わりに皆が寝ている間にトイレ掃除をしようかと思いまして。あ、皆には内緒ですよ?」
そう言って口の前で指を立てる。
そう言えば話によれば彼女は聖女らしい、トイレ掃除も聖女としての活動の一環なのだろう。
トイレ掃除と言えば修行の定番であるが、それでも貴族令嬢が行うのは躊躇われるものだ。
それを自ら行うとは、こういうところも彼女の魅力なのだろう。
「ルイス様はこんなに朝早くから鍛錬ですか?」
「ええ、日課ですので。私は一刻も早く団長に追いつき、そして追い越したいですから。」
「それは素晴らしいですね。私にも何か力になれることがあれば遠慮なくいってくださいね。」
マリア嬢はそう言って天使のような微笑みを浮かべる、力になれる事か……
「……それでは一つ宜しいでしょうか?」
「はい、何なりと。」
「私はロック団長と本気のお手合わせを願いたいのですが、もしよろしければ取り次いでもらえないでしょうか?」
ロック騎士団長は氷の貴公子なんて呼ばれている方だ、いくら愛娘の頼みとはいえ聞いてくれるがわからないが試してみる価値はある。
マリア嬢は少し考え込む。
「んー、本気となれば難しいかもしれませんね、ルイス様はまだ学生、子供を預かる身としては大きな怪我はさせたくないでしょうし。」
「そうですか……」
「ではその代わり、私がお相手しましょうか?」
「え?」
それは天使の様な彼女からの予想外の提案で思わず口を詰まらせる。俺の要望からなぜそのような話が出てきたのかがわからない。
それに剣の実力はあるのか?
「失礼ですが、剣を握ったことは?」
「これでも騎士の家柄ですから嗜み程度には、それに幼い頃にはよく殿下とも稽古をしていたので。」
なるほど、確かに第二王子のセシル殿下と言えば幼い頃から剣に長けているとして有名だ。しかし、それは子供の頃話、今は相手にならないだろう。
だが、剣の知識があるなら俺の実力を見極めて推薦してくれるのかもしれない。
「ではよろしくお願いします。」
「わかりました、では準備してきますので先に鍛錬所の方に行っておいてください。」
そう言って彼女はそそくさと屋敷へ戻ると、俺も鍛錬所に移動する。
すると少し遅れて髪を束ね身軽な服装に着替えてきたマリア嬢がやってきた。
「フフ、木剣とはいえ、剣を握るのは久々で些か緊張してしまいますね。」
マリア嬢が感触を確かめるように剣を振る。
「では、かかってきてください。」
そう言って剣を構えると、俺はまずは様子見として軽い足取りで彼女に向かっていくと軽く剣を振り、斬りかかる。
しかし次の瞬間、俺の剣は真後ろに弾き飛ばされていた。
「……え?」
「フフ、油断大敵、ですよ?」
マリア嬢が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
……成程、俺は少しランドルフ家というものを侮っていたようだ。
剣を拾い、改めて構える。今度は油断せず全力で地面を蹴り素早く間合いに入ると、彼女に剣を振り下ろす。
しかし彼女は俺の剣を軽く受け流した。俺は続けて連続で剣を振るうが、彼女は全て受け流しそして反撃を繰り出す。
その動きはまるで踊っているかのように美しく、そして気高かった。
気が付けば俺はまたもや剣を手放していた。
「読みが少し甘いですかね?あと、連続で剣を振っていると動きが少し単調になってきています。」
「……」
戦いの中で的確に分析してくる彼女に俺は言葉を失った。
マリア嬢は自分よりも年下の女性でありながら、自分の遥か上を行く相手だ。
その事を認めると自分の鼓動がどんどん高鳴りを上げていくのがわかる。
俺はその後も何度も彼女に挑み続けた。
彼女はこの短い時間の間に俺の癖を見抜き、アドバイスをしてくれた。
それはロック団長にも劣らない的確なアドバイスで、短い時間の間でも上達しているのがわかる、彼女とのマンツーマンの鍛錬は今まで出会ったどの令嬢との時間よりも楽しかった。
結局俺は彼女に本気で挑むも一度も勝てずに、気が付けば日が昇りきっていた。
「とても有意義な時間でした、」
「私も久々に剣を振るえて楽しかったです。」
久々か……
「……また、稽古をつけてもらっていいでしょうか?」
「私で宜しければ」
「ええ、あなたがいいのです。」
「わかりました、ではまたこの時間で会いましょう。」
約束を取り付けると、俺はこの家に滞在している間、日の出から彼女と剣を交えるのが日課となっていた。
そして気が付けば俺は王子からの忠告など忘れ、彼女に夢中になっていた。
彼女のすべてが愛おしい……そんなことを思ったのは初めてだった。
ただ、今はこの気持ちを打ち明けるつもりはない、今の自分では相応しくないからだ。
俺がロック騎士団長に勝てる実力が付いた時、改めて思いを伝えよう……
俺はそう決意した。
しかし緊張からか、その日から時折腹痛に悩まされることになった。