ここ数日、やけに勉強が捗ると思ったら……芽衣子の姿を見ていないのか…………。
居れば騒がしく居なければ静寂な日々。実に極端な存在だなとつくづく感じる。
幼少から黙々と勉学に勤しんだ僕は無事志望大学へ合格し、この春から夢のキャンバスライフを送る。
そう言えば芽衣子の進路は……?
ま、芽衣子の事だから、きっとそのうちお祭り騒ぎで現れるだろう。僕は窓の外を少し眺め、再び机へと向かった……。
──やがて僕は大学を卒業し、地元の工場へ就職した。製品開発部で業界シェアNo.1製品の次世代機の開発チームの一員として働いている。
芽衣子の姿はアレ以来見ていない。風の噂にも聞かず、どうやら近くには居ない様だ。僕は窓の外を少し眺め────
テケテケテケテケ!
シャカシャカシャカシャカ!
ポコポコポコポコ!
ド派手な衣装でサンバを踊る謎の大行進が、会社の前に迫っていた。
謎の民族楽器やら、兎に角うるさいラッパが道路を闊歩する姿は紛れもなく奴だ。
「芽衣子様よ!」
「何年もお待ちしておりました!」
「芽衣子様ーー!!」
会社で働く従業員達が芽衣子の名を口々にしては、仕事をそっちのけで慌てて外へと駆け出していく。きっとばらまきが目当てだろう。と言うかアレだけ派手にやらかせば地元じゃ有名に決まってるか……。
誰一人として会社に居なくなり、仕方なく僕も外へと出て様子を覗う事にした。会社の前は従業員達が土下座でばらまきを待ち構えており、サンバやらフラメンコやらが入り混じる謎のダンスを踊りながら彼女は、優雅に山吹色のお菓子を配っていた。
「まあ♪ なんて小汚い会社! どれ、今から私が買収するから……そこの平社員! アンタが今から社長よ。しっかりやんなさい!」
たった今まで社長だった人物は、重箱に大量に敷き詰められた山吹色のお菓子を抱えたまま泣いて喜び芽衣子の靴を舐めながら書類に判を捺している。一体幾ら貰ったんだか…………。
て、言うか会社貰ったけど新人の僕はどうしていいのか分からないぞ?
「お~い! 芽衣子! 流石に会社は貰えないぞ~!」
何処かへ去ろうとしていた芽衣子が僕の声に振り返り、サンバを踊りながら後ろに山吹色のお菓子を投げた。投げられた山吹色のお菓子はオバサン達が本気で取り合いをしており、よく見たらオバサン達は流血までしていた。恐るべし金の力……。
「あたくし、この後アラブーの石油王との結婚式なの♪ その後はどこぞの大統領との会食がありましてよ! 御免遊ばせ~!」
芽衣子はフラメンコの腰つきで優雅に去ると、ばらまきを狙うオバサン達がその後ろをついて行った……会社の人も何人か居るぞ。
「で、社長。僕はどうしたら……」
僕は重箱を抱えて離さない元社長に声を掛けた。
「なっ! この金は渡さないぞ!? 私は今日付で引退だ! 後は君の好きにしたまえ!」
そう言って車に乗り込むと、元社長は何処かへと去ってしまった……。
「……マジかぁ…………」
僕はかつて無い程に呆然としつつも、とりあえず今まで通りの仕事を従業員の方々にお願いした。何人か戻って来ないけれど……。
社長の仕事は思ったより忙しく、急にやる事が増え混乱したが、周りの支えもあり何とか落ち着くことが出来た。その間にもいつもの場所に段ボールハウスが出来ていないか毎日確認したが、今回は一週間経っても現れなかった。
今回は成功したのだろうと思い、僕は幼馴染みの婚約を……少しだけ祝った。少しだけ……ね。
月日が流れ、僕は社長としてようやく板に付いてきた様な気がする。元社長は芽衣子から貰ったお金で蕎麦屋を始めたらしい。どうして年寄りはうどん屋やら蕎麦屋始めたがるんだろう?
「ふぁぁ~……」
夜の10時を過ぎ家路に着く僕は、日課の河川敷チェックに来ていた。人の不幸を期待する様で情け無い話だが、何だかそうあってくれないと嫌な自分が確実に居る。
「──えっ!?」
夢にまで見た急拵えの統一性の無い段ボールで出来た薄っぺらい家は、僕の心を一気に若返らせては逸る心を止めることが出来ない。僕は気が付けば段ボールハウスへ駆け出し、勢い良く中を覗き込んだ!!
「なっ、何だい兄ちゃん!?」
そこには、寝ていた老人が驚き目を白黒させて僕を見つめる姿があった……。
「す、すみません!」
僕は慌てて段ボールハウスを後にした。
自分の愚かさを恥じて、僕は家へと帰った。実家を出た僕はアパートで1人暮らしをしており、帰っても出迎えてくれる人は当然居ない。
アパートの扉を開け荷物を玄関に置く。閉まろうとしていた扉は、何故か途中で止まっていた……。
「ここがアンタのハウスね……」
「わわっ!!」
突如開け放たれたその先には、酷くボロを纏った女性が居た。しかし部屋の灯りに照らしてみてよく見ると、それは確かに芽衣子であった。
「ど、どうしたんだ!?」
「どうしたもこうしたも無いわよ! また破産よ!!」
「せ、石油王との婚約は……?」
「聞いたら私157番目の婚約者ですって! ムカついたからビンタして出て来てやったわ! まだキスも何もしてないわよ!」
「大統領との会食は……?」
「無一文と食う飯は無いそうよ!!」
僕はポカンとしてその場で固まっていると、芽衣子は家の中へと上がり込んできた。
「寒いから上がるわよ。暖房も点けるわよ。あ、冷蔵庫のジュースも貰うわよ」
僕の家で芽衣子がやりたい放題始めている。
「…………今まで何処に?」
「いつもの特等席に居を構えたら、目を離した隙にお爺ちゃんが勝手に住んじゃってさ! 行くとこ無くて近くに居たらアンタがお爺ちゃんの家に突っ込んで行くから私笑っちゃったわ!!」
芽衣子は笑うあまりジュースを零し、雑巾で床を拭いた。それも足で……。
「……借金……は?」
「へ? 今回はプラマイゼロよ~♪ 私も成長したと思わない?」
ヘラヘラと笑う芽衣子を余所に、僕は鞄から一つの小さな白い箱を取り出した。箱を開くとそこには光り輝く宝石が付いた指輪が入っていた。
「今ここでハッキリと言わせてくれ……」
僕はその指輪を芽衣子の左手の薬指にはめた。ジュースで少しベタベタしたが、この際気にしないでおこう……。
「僕と結婚してください」
「……………………」
芽衣子は固まり言葉が詰まったかのように右手で口を押さえていた。
「社長って思ったより忙しくてさ、良かったら社長秘書をしてくれないかな?」
僕は芽衣子の目を見て彼女の答えを待った。彼女の右手が口から外れると、詰まっていた言葉達が止め処なく溢れ出してきた……。
「本当に私で良いの!? 何回もアホな事してるのにアンタアホなの!? ていうか、言うのが遅いのよ!! 最初に期待を持たせる様な事した癖にちっとも相手してくれないし素っ気ないしアンタアホなの!? 結婚してもFXは止めないわよ! 良いわね!?」
「……あ、はい。すみません」
涙を流し捲し立てる芽衣子に僕は思わず謝ってしまった。
「それから住む所無いからココに住むわよ! それから今からお風呂を沸かしなさい! それからそれから──」
「はいはい」
僕は芽衣子の注文に一つ一つ頷き返事をした。