「時は来たわ! さあ行くわよ!!」
大量の小銭を握り締め、彼女は意気揚々と部屋を後にした。僕はその後ろを静かに見守るように付いていく。
定番のカキ氷や焼きそば、面白そうな金魚すくいや射的に目もくれず彼女は『型抜き屋』の前で足を止めた!
「おっちゃん。先ずは10枚!」
小銭を細かく数える芽衣子の後ろ姿は何となくいつものパソコンに向かう姿と似ていた。ピンク色の板を10枚受け取ると長椅子に刺さっている画鋲を引き抜き気合いを入れた。
「今日はFXしないのかな?」
「それどころじゃないわよ! 今日はコレでボロ儲けしてやるわ!!」
飛行機の形が掘られた型の周りをチクチクと刺していく芽衣子。
「あ……!!」
最初から溝へと針を入れた芽衣子の板は無残にも真っ二つに割れてしまった。
「次!」
割れた板を僕の口の中に放り込み次の飛行機へ手を伸ばした芽衣子。イライラしながら型を抜いているが大丈夫だろうか……。
──バキッ。
「オーマイガー!!」
10枚全ての板を割り切った芽衣子は椅子に突っ伏してしまった。僕はその間に一枚だけを慎重に抜いている。もうすぐ傘が完成しそうだ。
「アンタ何をチマチマしてるのよ!」
怒りの矛先が理不尽にもこちらへと向かってくる。マズい、早くしなくては……!!
「…………あ!! 巨乳のお姉さんだ!!」
バッと遠くを指差した芽衣子。その声に反応した耳の良い大人達は芽衣子の指差した方へ目をやり、板を割ってしまっていた。
「その手には乗らないよ」
僕は傘を完成させておっちゃんへと手渡した。そして報酬を受け取ると次の板へと挑戦を始めた。
「30分掛けて数百円の儲けとかやってられないわ!!」
芽衣子は怒り心頭でふんすかと腹を立てている。最初にコレで儲けるって言ったの誰だっけ?
「まぁまぁ姉ちゃん、落ち着きなさって。それならこっちはどうだい?」
見かねたおっちゃんが差し出したのは複雑な形が掘られた板だった。細く長く掘られた絵柄は見るからに難しそうですぐにでも折れてしまうような造りだった。
「こっちが3000円。こっちは5000円だぜ?」
値段を聞いた芽衣子は目の色を変えた!
「何よ、あるなら早く言いなさいよね!!」
小銭を渡し10枚受け取ると、再び椅子へと向かう芽衣子。簡単な奴すら出来ないのに難しいのに挑戦したら…………
「終わったわ……」
案の定芽衣子の目の前には無残にも砕けた板が大量に積まれていて、型抜きで全財産を溶かした人の顔になっていた。
「姉ちゃん下手くそにも程があるで? 向いてないから止めときな」
おっちゃんにとどめを刺されぐうの音も出ない芽衣子。僕は試しにやってみた難しい方の板を奇跡的に完成させて2000円を受け取っていた。
「こっちの兄ちゃんは上手いなぁ。あの姉ちゃんのお陰で大分儲けたから、もう一枚いっとくかい?」
「いえ、おっちゃんの儲けが減るので……」
「へへ、強気な優しさだな。ありがとよ」
僕は打ち拉がれる芽衣子の襟を掴み、引き摺るように夏祭り会場を後にした。
帰り際にたこ焼きとイカ焼きを買い、自宅で余韻を楽しみながら食べるとしよう。