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27の夏
27の夏
夏坂ナナシ
現実世界青春学園
2025年03月09日
公開日
8.9万字
連載中
鬱屈とした高校生活を送る橘春の前に現れたのは、破天荒な生徒会長候補・小野寺渚。 「みんなで映画を作って、世界の映画祭に出そう!」 衝撃の提案とともに、渚が選んだ題材は、春が姉・千紗をモデルに書いた小説『17の夏』だった。 突如始まった映画製作は学校全体を巻き込み、やがて春は姉と当時の出来事に隠された秘密と向き合うことになる。 ――これは、一冊の小説が現実となり、"2017年"と"2027年"が交差する、一年間の物語。

プロローグ

プロローグ 二〇二七年七月七日

  二〇二七年七月七日。

 七夕の短冊も色褪せるほどの夏の熱気の中、私は少しだけ息苦しかった。

 学園祭が終わり、いよいよ夏休みが迫ってくる。

 グラウンドでは野球部の声が響き、朱雀会館では姉が所属した吹奏楽部が練習に明け暮れる。どこを見ても、部活に打ち込む同級生たちの「青春」は、まるで映画のワンシーンのようにきらめいていた。

 ――でも、私の中だけ、モノクロだった。

 高校生になれば、きっと世界が変わると思っていた。

 胸が高鳴るような出会いとか、ドラマみたいな出来事とか。

 確かに、二度目の高校の学園祭はそれなりに楽しかったし、自由な時間も増えた。

 でも、どこか物足りなかった。形式的で、上辺だけの関係ばかり。何かに心を奪われるような瞬間なんて、結局、一度もなかった。

 そんな心のざらつきを抱えたまま、今日は全校集会。

 体育館では、生徒会長選挙の立会演説会が行われていた。

 候補者たちが並び、壇上で順番に「模範的な」演説を披露していく。

「みんなが行きたくなる学校を……」

「私達らしさを出せる学校を……」

「どこよりもクリーンな学校を……」

 どれも正しいし、丁寧で、間違っていない。

 だけど……どこか「出来すぎている」気がしてならなかった。

 これって、結局……『いい子アピール選手権』じゃん。

 正直、最近の高校生なんて、いい子を演じさせたら、皆俳優レベルだと思う。

 でも、こういうのが、社会で求められてるってことは、私だってわかってる。

 みんな、言葉にしなくても理解してるし、ひねくれ者の私にだって、それくらいの理屈は飲み込める。

 子ども世代が「いい子」でいること。それが何よりも重視される。

 手間をかけず、大人が喜びそうなフレーズを口にして、それなりの成果――大会で入賞とか、テストで良い点とか――を出せば、それで満足してもらえる。

 すごく単純。だって、大人たちも、そうやって評価されて生きてきたんだ。

 だから、同じ道を辿る若者を見れば、自然と“後輩”として無条件で見下せるし、自分の正しさを再確認できる。

 逆に、個性を出す子どもを褒めたがる大人もいるけど――あれも結局、自分が「その系統の延長上にいる」と感じられるから。要は、自分の存在価値を肯定したいだけなんだと思う。たぶん、その程度の話。

「では、次の候補者。放送部二年、小野寺渚さん、お願いします」

 司会の声が響いた瞬間、空気がピンと張りつめた。

 ざわ……と体育館の一角が揺れる。

 ステージ中央にすっと現れたのは、ちょっとした“有名人”。

 小野寺渚。

 黒髪ロングにスラリとした体型。制服のスカートの揺れまで計算されてるんじゃないかってくらい、すべてが整っていて、隙がない。まるで雑誌からそのまま飛び出してきたみたいだった。

 彼女は、どの学年にもファンがいて、先生からの信頼も厚い。学校のポスターにでもなりそうな“絵に描いたような優等生”。

 私も話したことはあるけれど、正直――あまりにも完成されすぎていて、近寄りがたかった。まるで別世界の人。名前も顔も知ってるけど、それだけ、って感じ。

 でも、今日は……。

 ステージの真ん中に立った小野寺さんは――なぜか、黙っていた。

 マイクの前に立ち、姿勢よく前を向いたまま、何も言わない。

 珍しく緊張しているのかと思ったが、周りの様子から、そうではないらしい。

 周囲がざわざわと騒がしくなる。

「どうしたの?」とか、「原稿忘れた?」とか、誰かのささやきが聞こえてくる。

 けれど、彼女の目はまっすぐ前を見ていた。ブレも、迷いもなく。

 まるで何かを達観したような、感情がまったく読めない。

 その姿に、私は息を呑んだ。

「あの……小野寺さん、大丈夫ですか?」

 司会が声をかけるが、彼女は一度だけ深く息を吐き、咳払いをした。

 そして、言い放った。

「……まったく」

「え?」

「まったく、つまらない!」

 その一刀両断に、空気が凍りついた。

 全校生徒が体育座りの姿勢のまま、ざわっと息をのむ。

「どいつもこいつも、いい子ぶった話ばっかり。正直、聞いてて飽きました。そんなんだから、この学校、こんなにも平凡なんですよ。同じような生徒会長を選び続けてきた結果が、これ。楽しくもない、何の変化もない、ただの“消化試合”みたいな学校生活!」

「ちょ、小野寺さん! 演説は事前に内容を――」

「黙ってて。主役は司会者じゃないでしょ?」

 驚愕と困惑。

 教師たちがざわめき、選挙管理委員の面々が慌てて動き出す。

 だが彼女は、一歩も引かない。むしろ、瞳は燃えるように真っ直ぐで、この状況を楽しんでいる様子だった。

「私は……こんなありきたりな政策なんて興味ない。もっと楽しいことをしたい。もっと、本気で笑えることを。だから、言います。――みんなで海外に行こうよ!」

 その瞬間、空気が一変した。

「えっ?」

「なにそれ……」

「海外!?」

 ざわめきは、どよめきに変わる。

 それまで無関心だった生徒たちの目が、小野寺さんに引き寄せられていく。

「ふざけるなよ!」

「こんなのマジメにやってる俺たちがバカみたいだろ!」

「ルールを守れ、ルールを!」

 他の候補者たちが、怒りに声を荒げた。

「ふざけてなんかいないわよ。むしろ、あなたたちのほうが何も考えていないじゃない。『良い学校』『風通しの良い学校』? そんなの、くそくらえ。今の状況を見ないよ。この学校に必要なことは、そんな形式的な政策じゃないでしょう? ってか、クリーンな学校にしたいとか言いながら、教師が選挙に口出しして、やってることは独裁国家じゃないの?」

 怒りを滲ませながらも、彼女は誰よりも生き生きとしていた。

 その姿に、私たち聴衆は引き込まれていく。まるで新しい指導者の誕生を感じた。

「だから、海外……いや、それをもっとより楽しくできる政策で、皆様をイキイキとさせてみましょう!」

 劇的な間を空けて、小野寺さんは両手を広げて宣言した。

「全校生徒で映画を作ります!」

 は?

「そして、世界三大映画祭。カンヌ、ヴェネツィア、ベルリン。そのどれかに出品しましょう! 世界を相手にして、私たちの忘れられない思い出を作るの!」

 どよめきが爆発音のように体育館を包み、そして次の瞬間、体育館が割れんばかりの歓声に包まれた。

 特に男子たちは椅子を揺らすほどの勢いで盛り上がっている。拍手、口笛、歓声、興奮が渦を巻く。

 私も――胸の奥が、ズン、と震えた。

 まるで、空っぽだったパズルの一片が、急にピタリとはまったような感覚。

 この日常に、やっと色が差し込んだような――

 高鳴る鼓動は、感情の名前すら追いつけないくらいだった。

 しかし、事態を重く見た学年主任が、慌てて割り込んだ。

「小野寺さん、それは無茶だ。嘘をついてはいけない」

「嘘?」

「映画作りなんて無理だし、そもそも何の映画を作るつもりなんだ? プランのない公約は無効だよ」

「へぇ。マニフェストをろくに守らない大人が、それを言うんですね?」

 小野寺さんは、クスッと笑いながら言う。

「でも、大丈夫。私にはちゃんとプランがある。作りたい“作品”も、もう決まってる」

 それまでの熱を引き、彼女は静かに、でも誰よりも強く語る。

「どうせ作るなら――この第二甲府高校をモデルにした映画を撮りたい」

 そして、唐突に。

 彼女は、私を見た。体育館のど真ん中で。何百人もの中で――まっすぐに。

「二年二組、文学部の橘春さん。あなたの小説を、実写映画化したいの」

 その瞬間。

 高鳴っていた私の胸は、ピタリと静まり返った。

 その代わりに押し寄せたのは、震えるほどの恐怖だった。


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