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第12話 悪女なんで愛人を作りましたの 2

 せめて、お散歩を頑張って足の筋肉をつけるしかない。


「お庭、行く」

 予定もなく、天気もいいから散歩に反対されない。

 私はどこまでも果てしなく続いているような大庭園を歩き続けた。首席侍女を始めとする専属侍女や専属騎士たちも散歩についてくる。


 ばあややクロエたちと一緒だったら楽しかった。お母様もお父様も元気な頃は一緒に散歩した。エドガールが生まれてからは手を繋いで歩いた。

 婚約してからはアロイスと並んで散歩したこともあった。護衛のような距離を取るから寂しくて。

 けど、ばあやの注意でようやく婚約者らしく歩いてくれて……嬉しかった。

 幸せだったな。


 どうして、こんなことになったの?


 お父様も私も馬鹿だった。無知だった。甘かった。どんなに反省しても足りない。

 ダルシアクの領民は今でもお父様を憎んでいるという。

 落ちこんでいても仕方がない。

 ソレル伯爵、いったいどこまでやる気?


 水花壇の前を唸りながら歩いていたら、舌足らずな叫び声が聞こえてきた。

「おどきになってーっ」

「どくのはあなたよーっ」


 ……え? 常緑樹のトピアリーの向こう側で子供たちが揉めている?  

 ……あ、幼い女の子たちが言い合っている? 

 真ん中にいるのはスーレイロル公爵家の跡取り息子?

 アルチュールが女の子に囲まれて……うわ、アルチュールの腕が左右から引っ張られている?

 これ、スルーしたらあかんやつ。


「アルチュール様は私と結婚するの」

 リアル天使の女児が宣言すると、リアル妖精の女児が反論した。

「わたくちよ」

「わたくちなのよ。いじわるちないでくだちゃい」

「アル様、アル様が好きなのは私よね?」

 愛らしい女児たちがいっせいにアルチュールに迫った。


 ……エ、エグい。

 優雅な王宮の大庭園でおりなす愛の修羅場?

 アルチュール様をめぐる女の闘い?

 貴族令嬢でも子供はすごい……けど、淑女教育は始まっているよね?

 まだなのかな?


「ベルティーユ王女様、近寄ってはいけません」

 慌てて首席侍女や専属騎士たちが追いかけてきた。

「どちて?」

「危険です」

「止めて」

 どうして、誰も止めないの?

 貴族令嬢の顔に傷でも残ったら命取り。アルチュールの名にも傷がつくわよ。

 第一、保護者はどこいるの?


 辺りを見回しても、両親らしき宮廷貴族は見当たらない。

 距離を置いて、池のほとりにそれぞれの専属騎士や近衛騎士たちが見守っているけれど、置物のように立ち尽くしているだけ。

 ……あれ? 

 みんな、茫然としている感じ?


「国王陛下のご命令により、本日、スーレイロル公爵家のご令息が婚約者を決める日です」

 そんなの、聞いたことがない。

 例外はあるけれど、スーレイロル公爵家の縁談はスーレイロル公爵家で決める。何より、アルチュールは幼すぎる。


「どちて?」

「アルチュール様はスーレイロル公爵家の嫡男です。婚約は早いほうがよろしいと思います」

 理由にならない説明を聞いたら、どちて攻撃を繰りだすのみ。

「どちて?」

「それが貴族社会でございます」

 騙そうとしても無駄。

 貴族社会でもこれはない。

「どちて?」

「ショコラでも如何ですか」


 ……こら、ショコラに釣られると思うな。

 伸ばされてきた首席侍女の手から逃げ、私はドレスをまくり上げてダッシュを切った。


 よし、ちびっ子でも逞しい足腰。

 今までの筋トレは無駄じゃなかった。

 これ、スルーしたらあかんやつ。

 どんな理由があれ、囲まれたら恐怖だ。


「アルチュールから離れてーっ」

 私が仁王立ちで力むと、アルチュールは地獄で正義のヒーローを見たような顔をした。

 ……うん、全私でわかる。

 可愛い女の子が怖いってマジ恐怖だよね。


「……べるち王女?」

 アルチュールが私の名を呼ぶと、ファイターと化していた貴族令嬢たちは止まった。


 さすがに王女がどういう存在か、幼くても叩きこまれているらしい。

 よくよく見れば、第四妃の実家であるラグランジュ侯爵家の令嬢もいる。

 つまり、私の従妹だ。……あ、第四妃の妹の子供までいた。従姉妹たちもスーレイロル公爵の後継者を狙っているの?

 ……うん、そんな目で見つめても無駄。

 負けないよ。

 とりあえず、アルチュールは開放してね。


「アルチュールは私とお散歩するの」

 私はアルチュールを掴んでいた貴族令嬢の手を強引に引き離した。

 ふんっ、王女の迫力を見ろ。


 けど、気の強そうな令嬢が立ち塞がった。

 確か、ソレル伯爵家の家令の娘だ……って、スーレイロル公爵家の跡取り息子に家令の娘? いくらなんでも家格がつり合わない。……あ、ソレル伯爵の養女にして嫁がせる気? 

「王女様でも失礼ですわ。今日はお見合いですの」

 ソレル派の幼い令嬢、やけにしっかりしている。アルチュールよりだいぶ年上かな? こんな子に圧されたらアルチュールは負けちゃうんじゃない?

「お見合い? アルチュールをいじめてる」

 私がきつい語気で言い返しても、可愛い顔で睨み返された。

「いじめていません」

「いじめよっ」

「いじめるのは王女様でしょう」

「違うわよ」

「王女様は意地悪。みんな、言っているわ。王女様はレオンス様を泣かせたもの。レオンス様、可哀相だわ」

 どうして、ここでソレル伯爵の孫が出てくる?

 話し合いは無駄……話し合っても無駄だ。

 逃げるしかない。


「アルチュール」

 私が名を呼びながら手を伸ばすと、アルチュールは縋るようにぎゅっ、と握った。そのまま物凄い勢いで私の隣に駆けこむ。よっぽど怖かったんだろうな。

 ……よし、無事に保護。

「あっかんべー」

 悪女だからできる。

 渾身のあっかんべー。


 幼い貴族令嬢たちがびっくりした隙を狙って、私はアルチュールの手を握ったまま猛ダッシュ。


「ベルティーユ王女、はしたない」

「ベルティーユ様、お戻りください」

「姫殿下、なりませぬーっ」

 誰かがなんか言っていたけど、全力でスルー。

 アルチュールと逃げるだけ。


 ……うん、何も言わなくても、アルチュールは真っ赤な顔で走る。


 もっとも、闇雲に走ってもすぐに捕まる。あえて花壇の中を突っ切り、迷路の中に飛びこんだふりをして、陽の当たらない横道に進んだ。

 蔦に覆われた鳩小屋の奥、自然の森のような区域に突入する。背の高い草木に迷っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ベルティーユ殿下、アルチュール様、こっち」

 アルチュールの乳母の甥だという騎士が手招きしている。マルタンだ。

「マルタン」

 アルチュールは私と手を繋いだまま、マルタンの足元にへたり込んだ。ベビーブルーの髪と瞳の騎士も守るように動く。

「ちょっとの間、静かにしてくださいね」

 マルタンの言葉通り、息を殺していると、私の専属騎士たちが通り過ぎて行った。


 侍女たちの声があちこちから聞こえる。自然の森を模倣しているから、見渡せないし、虫もいるし、戸惑っているみたい。

「きゃーっ、こんにところに蛇がーっ」

 若い侍女が甲高い悲鳴を上げながら腰を抜かすと、ほかの侍女たちは震えあがった。

「……へ、蛇?」

「……あ、あれは蜥蜴ではございませんの?」

「ベルティーユ王女は蛇や蜥蜴のいるところは怖いと思います。ここにはいらっしゃらないでしょう」

 侍女や騎士たちの声が遠くなっていった。

 うん、私も蛇や蜥蜴は駄目。

 けど、背に腹は代えられないの。


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