全速力で逃げた。
……まぁ、逃げられず、すぐに追いつかれる。
「覚悟でち」
私は左手から魔力を放出した。
「ベルティーユ殿下?」
「まさか、もう魔力を操ることができるのか?」
「……ひ、人に向かって魔力を放出してはいけません」
えいっ。
魔力の爆弾をお見舞いしても、魔力持ちの近衛騎士にはかなわない。すぐに近衛の精鋭たちに捕まった。
けれど、王女命令で蹴散らした。
「不敬罪でちーっ」
まさか、私に不敬罪を叫ばれるとは思わなかったみたい。正しい伝家の宝刀の使い方を学んだよ。
もちろん、無駄に走っても疲れるだけ。
味方を求めて走り続けた。
「外務大臣、どこ?」
頼るべき相手を間違えたら詰む。これは令和の日本でもエグランティーヌ時代でも思い知った。
「お祖父ちゃまーっ」
アルチュールも賢いから最大の後ろ盾を呼ぶ。
なのに、出てくる顔はソレル派の近衛騎士ばかり
「ベルティーユ王女、情けない。罰が必要ですね。王女にあるまじき振る舞いをした覚悟はございますね?」
洗脳担当の伯爵夫人が目の前に立ち、背後には魔力拘束具を手にした近衛騎士が並ぶ。魔力拘束の檻もふたつ、あった。
瞬く間に、周囲を囲まれる。
「外務大臣に会う」
私がアルチュールの手を握ったまま言うと、伯爵夫人は鞭を取りだした。
「スーレイロル公爵にお会いする必要はございません」
ビシッ、と威嚇するように鞭をしならせる。
……マジ?
近衛騎士たちの前で王女に鞭を振るう気?
ありえない。
私が呆気に取られていると、アルチュールは怖がっていると勘違いしたみたい。
真っ赤な顔で言った。
「姫を鞭で打つの駄目。僕を打ってーっ」
私の手をほどくと、庇うように両手を広げて前に立つ。
……や……や……何、これ?
ちょっと、ボク、おばちゃんを泣かせないで。
こんなに小さいのに騎士道精神に溢れているんだ。
おばちゃん、年甲斐もなく感動したよ。
「今回の騒動、すべての原因はスーレイロル公爵家のご令息にあります。責任はスーレイロル公爵に取っていただきますわ……その前に、私が特別、愛の教育をしてさしあげます」
伯爵夫人が高慢な顔つきで、アルチュールに鞭を振るおうとした。
駄目。
私が手から魔力の火を出そうとした瞬間、伯爵夫人が漆黒の煙とともに消えた。
一瞬の嵐?
突風でどこかに吹き飛んだ?
……否、魔力の檻に近衛騎士たちとともに入っている。
「ソレル騎士団長?」
伯爵夫人が檻の中からヒステリックに叫ぶと、アロイスは悪鬼の如き形相で凄んだ。
「覚悟しているな?」
怒髪天を衝いているらしく、アロイスの背後に漆黒の火柱が何本も立つ。
ガタガタガタッ、と宮殿も派手に揺れた。
「……わ、私は第四王女の教育を承っております。私に関し、お父様のソレル伯爵にお聞きください」
「二度と姫の前に顔を出すな」
アロイスは怒気を含んだ声で言ってから、魔力拘束の檻を漆黒のオーラと深紅のオーラで包んだ。もはや、伯爵夫人の金切り声は聞こえない。
これらはあっという間の出来事。
大嵐に遭遇した気分。
アロイスの魔力、すごい。
「ベルティーユ様、大丈夫ですか?」
アロイスに心配そうな顔で尋ねられた途端、私の口が勝手に動いた。
「遅い」
私は助けてくれたお礼を言いたかったのに文句が飛びだした。けれど、アロイスに怒っている様子は微塵もない。
「遅くなって申し訳ございません」
「だっこ」
私が手を伸ばすと、アロイスは恐々と抱き上げる。
「アルチュールもだっこ」
私の指示にアロイスもアルチュールもびっくりしたみたい。
アルチュールの筋肉も私と似たりよったりだもん。ソレル騎士団長の筋肉に頼るしかない。これからが本番だし。
アルチュールは私に言われるがまま、アロイスに向かって手を伸ばした。
「失礼します」
アロイスは私を右腕だけで抱き直すと、左腕でアルチュールを軽々と抱き上げた。
子供をふたり抱いてもビクともしない。
なんて頼もしい筋肉。
私とアルチュールはどちらからともなく視線を合わす。
「高い」
アルチュールが楽しそうに言ったから、私もコクコクと頷いた。
「うん、高いでちょ。外務大臣に会おう」
私の言葉が合図になったらしく、アロイスはゆっくり歩きだした。
王宮の中心である中宮に向かっている。顔馴染みの秘書官や剛健なソレルの騎士が背後についた。
「アロイス、外務大臣よ」
今日、スーレイロル公爵に頑張ってもらわなければ話にならない。このままじゃ、近いうちにソレルの天下。
「外務大臣は国王陛下とご一緒にいらっしゃいます」
千載一遇のチャンス。
「ちょうどいいわ」
「俺の父もいます」
ソレル伯爵もいるのならば、一気にカタがつけられるかもしれない。私は脳内でシナリオを書きだした。
「望むところよ」
「魔力を使うのは自身が危なくなった時だけにしてください」
アロイスは近衛騎士に対し、魔力の火を使ったことを咎めている。
「うん。危なかったの」
「魔力の攻撃はお控えくださるようお願いします。ベルティーユ様が危険視され、魔力拘束具をつけられるきっかけになります」
アロイスの懸念もわかるけれど、私にも言い分がある。あの時、王女らしく振舞っていたら、今頃、洗脳部屋に放りこまれていたと思う。
「非常時だったの」
「俺をお呼びください」
「呼んだら来てくれた?」
「お呼びくだされば」
「そんなことできるの?」
「俺の魔力をこめた魔導具を身に着けていてくれたら、王女の声を聞きとることが可能だと思います」
アロイスの言葉に呼応するように、秘書官が黄金の腕輪を私の腕にはめた。漆黒の魔石と深紅の魔石がちりばめられている。
……これ、国宝クラスのやつ?
国宝の腕輪や指輪に触れた時と同じ感じがするのは気のせい?
「すごい」
私が感嘆の息を漏らすと、秘書官はドヤ顔で言った。
「さすがでございます。おわかりになられますか?」
「うん。こいつ、すごいやつ」
「その魔導具を作るため、私たちは生死の境を彷徨いました。コランタンとイレールは寝込んでいます」
秘書官がどこか遠い目で言うと、アロイスは悪魔みたいな顔で制した。
「……え?」
「命をかけた私たちのためにも、姫は自分で戦おうとせず、アロイスを呼んでください」
私が口をパクパクさせていると、近衛騎士たちが集まってくる。
けれど、第四王女とスーレイロル公爵家令息を抱いて歩くソードマスターに誰も意見しない。
いつしか、マルタンを始めとするアルチュールを大切に思う騎士も続いた。ソレル派の騎士と睨み合っている。どちらも今にも剣を抜きそうな感じ。
……駄目よ。
こんなところでやり合っても無駄だから。
ちょっと待って。