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第14話 悪女なんで愛人を作りましたの 4

 全速力で逃げた。


 ……まぁ、逃げられず、すぐに追いつかれる。


「覚悟でち」

 私は左手から魔力を放出した。


「ベルティーユ殿下?」

「まさか、もう魔力を操ることができるのか?」

「……ひ、人に向かって魔力を放出してはいけません」


 えいっ。

 魔力の爆弾をお見舞いしても、魔力持ちの近衛騎士にはかなわない。すぐに近衛の精鋭たちに捕まった。

 けれど、王女命令で蹴散らした。

「不敬罪でちーっ」


 まさか、私に不敬罪を叫ばれるとは思わなかったみたい。正しい伝家の宝刀の使い方を学んだよ。

 もちろん、無駄に走っても疲れるだけ。

 味方を求めて走り続けた。


「外務大臣、どこ?」

 頼るべき相手を間違えたら詰む。これは令和の日本でもエグランティーヌ時代でも思い知った。

「お祖父ちゃまーっ」

 アルチュールも賢いから最大の後ろ盾を呼ぶ。

 なのに、出てくる顔はソレル派の近衛騎士ばかり


「ベルティーユ王女、情けない。罰が必要ですね。王女にあるまじき振る舞いをした覚悟はございますね?」

 洗脳担当の伯爵夫人が目の前に立ち、背後には魔力拘束具を手にした近衛騎士が並ぶ。魔力拘束の檻もふたつ、あった。

 瞬く間に、周囲を囲まれる。

「外務大臣に会う」

 私がアルチュールの手を握ったまま言うと、伯爵夫人は鞭を取りだした。

「スーレイロル公爵にお会いする必要はございません」

 ビシッ、と威嚇するように鞭をしならせる。

 ……マジ?

 近衛騎士たちの前で王女に鞭を振るう気?

 ありえない。


 私が呆気に取られていると、アルチュールは怖がっていると勘違いしたみたい。

 真っ赤な顔で言った。


「姫を鞭で打つの駄目。僕を打ってーっ」


 私の手をほどくと、庇うように両手を広げて前に立つ。

 ……や……や……何、これ?

 ちょっと、ボク、おばちゃんを泣かせないで。

 こんなに小さいのに騎士道精神に溢れているんだ。

 おばちゃん、年甲斐もなく感動したよ。


「今回の騒動、すべての原因はスーレイロル公爵家のご令息にあります。責任はスーレイロル公爵に取っていただきますわ……その前に、私が特別、愛の教育をしてさしあげます」

 伯爵夫人が高慢な顔つきで、アルチュールに鞭を振るおうとした。

 駄目。

 私が手から魔力の火を出そうとした瞬間、伯爵夫人が漆黒の煙とともに消えた。


 一瞬の嵐? 

 突風でどこかに吹き飛んだ? 

 ……否、魔力の檻に近衛騎士たちとともに入っている。


「ソレル騎士団長?」

 伯爵夫人が檻の中からヒステリックに叫ぶと、アロイスは悪鬼の如き形相で凄んだ。

「覚悟しているな?」

 怒髪天を衝いているらしく、アロイスの背後に漆黒の火柱が何本も立つ。

 ガタガタガタッ、と宮殿も派手に揺れた。

「……わ、私は第四王女の教育を承っております。私に関し、お父様のソレル伯爵にお聞きください」

「二度と姫の前に顔を出すな」

 アロイスは怒気を含んだ声で言ってから、魔力拘束の檻を漆黒のオーラと深紅のオーラで包んだ。もはや、伯爵夫人の金切り声は聞こえない。

 これらはあっという間の出来事。


 大嵐に遭遇した気分。

 アロイスの魔力、すごい。


「ベルティーユ様、大丈夫ですか?」

 アロイスに心配そうな顔で尋ねられた途端、私の口が勝手に動いた。

「遅い」

 私は助けてくれたお礼を言いたかったのに文句が飛びだした。けれど、アロイスに怒っている様子は微塵もない。

「遅くなって申し訳ございません」

「だっこ」

 私が手を伸ばすと、アロイスは恐々と抱き上げる。

「アルチュールもだっこ」


 私の指示にアロイスもアルチュールもびっくりしたみたい。

 アルチュールの筋肉も私と似たりよったりだもん。ソレル騎士団長の筋肉に頼るしかない。これからが本番だし。

 アルチュールは私に言われるがまま、アロイスに向かって手を伸ばした。


「失礼します」

 アロイスは私を右腕だけで抱き直すと、左腕でアルチュールを軽々と抱き上げた。

 子供をふたり抱いてもビクともしない。

 なんて頼もしい筋肉。


 私とアルチュールはどちらからともなく視線を合わす。

「高い」

 アルチュールが楽しそうに言ったから、私もコクコクと頷いた。

「うん、高いでちょ。外務大臣に会おう」


 私の言葉が合図になったらしく、アロイスはゆっくり歩きだした。

 王宮の中心である中宮に向かっている。顔馴染みの秘書官や剛健なソレルの騎士が背後についた。

「アロイス、外務大臣よ」

 今日、スーレイロル公爵に頑張ってもらわなければ話にならない。このままじゃ、近いうちにソレルの天下。

「外務大臣は国王陛下とご一緒にいらっしゃいます」

 千載一遇のチャンス。


「ちょうどいいわ」

「俺の父もいます」

 ソレル伯爵もいるのならば、一気にカタがつけられるかもしれない。私は脳内でシナリオを書きだした。

「望むところよ」

「魔力を使うのは自身が危なくなった時だけにしてください」

 アロイスは近衛騎士に対し、魔力の火を使ったことを咎めている。

「うん。危なかったの」

「魔力の攻撃はお控えくださるようお願いします。ベルティーユ様が危険視され、魔力拘束具をつけられるきっかけになります」

 アロイスの懸念もわかるけれど、私にも言い分がある。あの時、王女らしく振舞っていたら、今頃、洗脳部屋に放りこまれていたと思う。


「非常時だったの」

「俺をお呼びください」

「呼んだら来てくれた?」

「お呼びくだされば」

「そんなことできるの?」

「俺の魔力をこめた魔導具を身に着けていてくれたら、王女の声を聞きとることが可能だと思います」

 アロイスの言葉に呼応するように、秘書官が黄金の腕輪を私の腕にはめた。漆黒の魔石と深紅の魔石がちりばめられている。

 ……これ、国宝クラスのやつ?

 国宝の腕輪や指輪に触れた時と同じ感じがするのは気のせい?


「すごい」

 私が感嘆の息を漏らすと、秘書官はドヤ顔で言った。

「さすがでございます。おわかりになられますか?」

「うん。こいつ、すごいやつ」

「その魔導具を作るため、私たちは生死の境を彷徨いました。コランタンとイレールは寝込んでいます」

 秘書官がどこか遠い目で言うと、アロイスは悪魔みたいな顔で制した。

「……え?」

「命をかけた私たちのためにも、姫は自分で戦おうとせず、アロイスを呼んでください」


 私が口をパクパクさせていると、近衛騎士たちが集まってくる。

 けれど、第四王女とスーレイロル公爵家令息を抱いて歩くソードマスターに誰も意見しない。


 いつしか、マルタンを始めとするアルチュールを大切に思う騎士も続いた。ソレル派の騎士と睨み合っている。どちらも今にも剣を抜きそうな感じ。

 ……駄目よ。

 こんなところでやり合っても無駄だから。

 ちょっと待って。


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