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第16話 商団設立は露に 1

 ソレル派を一掃したから、私の日々は快適になったの。

 朝のお目覚めから夜のお休みまで楽しい。


「クロエ、朝のお歌」

「不詳クロエが歌わせていただきます」

 クロエに感化されたのか、ほかの専属侍女たちも一様に明るくて優しい。 

 一緒になって歌ったり、踊ったり、散歩したり、おしゃれを楽しんだり、美味しいお菓子を吟味したり。


 新しい首席侍女のラメット伯爵夫人は、おおらかで優しく、包みこんでくれるようなタイプ。

「ベルティーユ様、綺麗なお花が咲いていますよ。姫のために咲いているのでしょう」

「わたくちのため、お花?」

「そうですよ。愛らしい姫が笑えば大陸中の花が咲きます。花を咲かせるため、いつも笑顔を忘れないでくださいね」

 新しい首席侍女はさりげない淑女教育が上手いの。こんなことを言われたら、嫌いな宮廷人にも笑顔をサービスしちゃう。手まで振っちゃうよ。


 新しい教師は亡くなったお母様……えっと、エグランティーヌのお母様であるリュディヴィーヌ王女の親友は褒めて伸ばしてくれるタイプ。

「ベルティーユ殿下、おりこうさんですね。淑女の基本をすでに身に付けていらっしゃる。楽しく優雅に過ごしましょう」

「はい。楽しく優雅」

「いつも微笑。これが淑女の基本です。ベルティーユ殿下のお祖母様である王太后陛下はどんな苦しい時でも、淑女の微笑を忘れませんでした」

 淑女の手本、といっても過言じゃない。

 終始、優しい微笑を浮かべて、私がミスをしても注意せず、正しい手本を見せるのみ。上手くできたら、ちゃんと褒めてくれる。

 ソレル派の教育係の異常さを改めて痛感したの。


 スーレイロル公爵という盾の効果がいつまであるのかな?

 わからないから、さっさと打つべき手を打ちたい。


 小さな手では上手く字を書くことができず、口で伝えてクロエに通信販売のあれこれを綴ってもらった。

 イレールやアロイス、天才魔法師たちに対する指示もきっちり入れたの。

 自分で言うのもなんだけど、完璧だと自画自賛。

「クロエ、行くわよ」

「ベルティーユ様、お帽子を忘れています」

「……あ」

「ラメット伯爵夫人がアロイス様への贈り物をご用意しました。……あ、お持ちになられましたよ」


 貴族街邸への御礼の贈り物は首席侍女が準備してくれたの。

 マジ優秀。

 前任者なんて私が口にしても、スルーしやがったからね。

 ただ、風通しがよくなっても、第四王女の外出は大仕事。

 首席侍女を始めとする侍女たちに専属騎士もぞろぞろ連れて、第四王女の貴族街邸に向けて出発。



……あらら、王宮の門番がスーレイロル派の近衛騎士に変わっていた。貴族街邸に続く道の警護もスーレイロル派の騎士になっている。けど、さすがに貴族街邸の中はアロイスの騎士たちでいっぱい。


 例によって、私とアロイスは薔薇園に進んでから、魔法師コランタンによる幻覚魔法で首席侍女や専属騎士たちを騙したの。


 離れでアロイスやイレールたちに通信販売の計画を発表した。最高のプレゼンを披露したと思ったのに。

「商団名はエーチャ商団、代表はイレール、本拠地はここ、資本金はアロイスに貸してもらうわね」


 ……う、反応が薄いなんてもんじゃない。

 通信販売どころか商団の設立さえ、アロイスやコランタンたちに反対されてしまう。

 イレールやばあやたちには宥められる始末。

「エグラン……ではなく、姫様、まず落ち着いてくださいませ」

 ばあやに優しく抱き上げられ、その膝にちんまり収まる。すかさず、リアーヌが私に二杯目のショコラ。

 オレンジ風味のショコラも美味しい。


「姫様、わかってくださるまで、何度でも説明します。商売は諦めてください」

 コランタンに感情たっぷりに言われ、私は力の限り首を振った。

「だから、わかってくれるまで私も説明するわ。エドガールを探すため、商売を始めたいの。必要なの」

「デュクロではソレル商団の力が強すぎますから危険です。魔法師もソレル商団が質のいい魔石を独占するようになったから逆らえない」

 いつの間にそんなことになったの?

 魔石の独占なんて、デュクロの命綱を握ったようなものじゃね?

 ソレル商団の勢力が想像を遥かに超えていたから、なおさら弟が心配でたまらない。

 甘ったれのお坊ちゃまが潜伏生活にいつまでも耐えられるとは思わないもの。


「ソレル一派が強いから商売を始めるのよ」

「姫様が想像している以上にソレル一派は危険です。その中でもソレル商団は武器を扱うだけに留まらず、殺し屋も扱っています」

 武器を扱う商人は『死の商人』として唾棄されている。同時に魔石を扱う商人のステータスは高いの。ソレルは最低から最高まで網羅している感じ。

「殺し屋が怖くてソレルと戦えないわ」

 ダルシアク革命時、善良な領民が殺し屋になった。あれ以上の恐怖はない。


「……可愛い顔をして頑固」

 交替、とばかりコランタンはアロイスの強靭な肩を勢いよくパンパンパンパンパッ。

 なのに、アロイスは私を一瞥もせず、イレールの逞しい肩を叩いた。

「イレール、頼む」

「俺にも無理」

 イレールは首を小刻みに振ってから、ばあやに縋るような視線を向けた。アロイスやコランタンもばあやを見つめている。


 結果、ばあやが私の宥め係。

「私の可愛い姫様、デュクロの市場はすべてソレルが牛耳っていると思ってください」

「聞いたわ」

「ソレル包囲網の中、商団を設立することは自殺行為です。姫様は年寄りの命を縮める気ですか?」

 ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ~っ、その手は反則。

 ばあやに涙ぐまれると辛い。

 けど、悪女になった私は負けないわよ


「そこを上手くやるのがイレールとコランタンの仕事」

 ビシッ、と私は人差し指で傭兵団長と魔法師を交互で差した。悪女だから、無茶ぶりしてもいいよね?

「イレールとコランタン様には無理です。アロイス様にも私たちにも無理でございます。商売は諦めてください」

 チュッ、と優しいキスを頭部に落とされるけど諦められない。クロエとリアーヌが左右から、美味しそうな焼き菓子を差しだすけど、つられてやるものか。

「エドガールを探したいの。ぼやぼやしていたら、ソレル派に見つかってしまうわ」

 たぶん、ソレル伯爵はイレールたちの工作に気づいている。騙されたふりをして、水面下で弟を探していると思う。


「姫様、もう一度、確認させていただきます。商売を始める理由はお金ではなくエドガール様ですね?」

「そうよ。お金はアロイスから巻き上げるわ。私は悪女になったの」

 私の悪女宣言にアロイスやばあやたちは目を丸くし、イレールは盛大に噴きだした。ぶはーっ、と。

 コランタンは楽しそうに喉の奥で笑っている。

「悪女ですか?」

「そう。悪女だと思って」

 ここ、笑うところじゃないでしょう?

 見かけ通りのお子ちゃまだと思わないでね?


「世間一般の悪女からかけ離れていると思いますが、姫様が悪女ならば素晴らしい。アロイスからじゃんじゃん巻き上げてください」

 コランタンに同意するように秘書官まで相槌を打った。さりげなく差しだしたのは、アロイスの所有財産を保存した魔導具。

「……うん。破産しない程度に巻き上げるわね」

 アロイスの総資産にびっくり。

 独身令嬢が群がる理由がよくわかる。

 そりゃ、ニノンも諦められないよね。


「魔獣討伐で大金を手にしても、いっさい使わず、放置しているだけですから」

「ニノンと駆け落ちするためにアロイスはお金を貯めている、って聞いたけど?」

 ムカつく噂を口にすると、コランタンは馬鹿らしそうに肩を竦め、秘書官が神妙な面持ちで口を挟んだの。

「ニノンが勝手に言っているだけです」

「ニノンのドレスもアクセサリーも靴もすべて支払いはアロイス、って聞いた」

「まさか、信じたのですか?」

 秘書官にまじまじと見つめられ、私の頭に血が集まった……ような気がしたけど、舌は勝手に動いたの。

「ニノンとアロイス、仲がよかったから」

「ニノンの大嘘です。アロイス狙いの令嬢たちへ牽制のつもりだったのでしょう」

「アロイスはどうしてニノンにそんな大嘘をつかせたの?」

「馬鹿だから」

 秘書官がばっさり切ると、アロイスは顰めっ面で低く唸った。コランタンやイレールたちの視線もソードマスターには厳しい。


「アロイス、馬鹿なの?」

「……あぁ、アロイス様は馬鹿じゃない。訂正します。大馬鹿です」

 秘書官は自分が仕える主に対し、まったく容赦しない。アロイスも自覚しているのか、していないのか、不明だけど、口を真一文字に閉じたまま。

「大馬鹿?」

「ビヨー男爵のゴリ押しで婚約話が持ち上がるまで、幼馴染みが女になったことに気づかなかったんです」

 あの時は死ぬかと思った、と秘書官は今にも昇天しそうな顔で頭を抱えた。

 なんか、当時を思い出したみたい。端正な秘書官は苦労性?

 ボカッ、とイレールはアロイスの背中に一発。

「……え?」

 一瞬、私は理解できずに瞬き三回。


「我が主、鈍いにもほどがある」

 秘書官が恨みをこめた目で精悍なソードマスターを見つめる。


 私には素朴な疑問。

「ソードマスターってそんなに鈍くてもなれるの?」

 ソードマスターを目指し、命を落とした剣士は星の数より多い。

「さすが、デュクロの煌めく星。いい質問です」

 ソードマスターは鈍くても大馬鹿でも周りが見えていなくてもなれるんです、と秘書官は高らかに言い放った。

「ソードマスターへの認識が変ったわ」

「蒼天の女神の名にかけ、同意します。鈍すぎるソードマスターには、明確に口にしなければ何も伝わりません。覚えておいてください」

 なんでもはっきり言ってくれ、と秘書官は言外で訴えている。

 やっぱり、淑女ではアロイスとやっていけない感じ?

 言ってもいいのかな?

 ここは言うべきところ? 


「アロイス、ニノンと仲良くしては駄目よ」

 私が婚約者に注意すると、秘書官が泥水を啜ったみたいな顔で手を振った。

「姫様、それです。それではアロイスはわかりません。仲良く、とはどういうことですか?」

 ……え?

 そこからなの?

 アロイスはそれすらもわからないの?


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