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第19話 俺はソレル家の次男坊 1 (アロイス視点)

 俺はソレル家のアロイス。


 領地も持たない子爵家の次男坊だから、神官か文官か騎士か、何かで身を立てるしかない。生まれつき魔力が強いから、魔塔で魔法師を目指す道もあったが、俺はなんの迷いもなく騎士としての道を進んだ。


 厳密に言えば、剣の道だ。


 ソードマスター。

 夢ではなく目標。

 物心つく前から、俺は勝手に剣を握っては周囲を慌てさせていたらしい。 

 母上を何度も失神させたそうだ。


「アロイスは兄上に似たな」

 父上は懐かしそうに繰り返したが、俺は若くして亡くなった伯父に似ているという。もっとも、肖像画の一枚も残っていない。

「不器用なところがそっくり」

 母上も感情たっぷりに父上に同意したが、外見ではなく性格が似ているようだ。どんな思いが伯父にあるのか知らないが、俺に対してだいぶ甘かった。


「アロイス、下手なことは考えるな。兄上も下手に考えるから駄目だった。いっそのこと、何も考えないほうがよかったかもしれない」

「そうですわね。私の可愛いアロイスが考えても墓穴を掘るだけ」

 母上に優しい手つきで頭を撫でられたが、なんとも言い難い気分だ。

「兄上も筋肉だけ発達していた」

「……そうでしたわね。固い筋肉があちこちに……」


 脳筋、と父上や母上に言われたような気がしたが構わない。

 俺の興味は剣だけ。

 それで許された。


 俺は鍛錬さえしていればいい。すでにソレル騎士団で俺の相手になる騎士はひとりもいない。ダルシアク騎士団でも俺は負け知らず。

「アロイス、まだガキのくせに……」

 ダルシアク騎士団長に嬉しそうに言われ、俺は首を傾げた。


 ガキの俺に負けて悔しくないのか?

 ダルシアク公爵家の騎士団は顔と出自で選ばれた上品な腑抜け揃い。

 そんな噂は本当か?


「アロイス、このまま強くなって、エグランティーヌ様とエドガール様の剣になれ。頼んだぞ」

 ダルシアク騎士団長や副団長たちに肩を叩かれたり、頭を撫でられたり、意味がわからなかったが、彼らにとって二人は特別な存在なのだろう。

 エグランティーヌ様とエドガール様。

 ……どこかで聞いたような覚えがある。


「エグランティーヌ様とエドガール様ですか?」

「まさか、不服か?」

「いいえ」

「私はエグランティーヌ様とエドガール様の盾になる名誉を賜う。アロイスは剣だ。……強い。鍛錬を怠るな」


 ……ようやく、思いだした。

 エグランティーヌ様とエドガール様はダルシアク公爵の令嬢と令息の名前だ。

 つまり、俺が仕えるべき令嬢と令息。

 俺の性格に難があるから、今までダルシアク公爵夫妻にしか挨拶したことがなかった。父上がダルシアク公爵家の家令になり、ダルシアク城に家族の居住区域が与えられても、俺が住みこまなくて賢明だ。

 俺ならきっと高貴な令嬢と令息を怒らせていた。

 そんな自信がある。


 父上と母上は正しい。


 今まで通り、ダルシアク騎士団の訓練所とソレルの屋敷を往復していたら、問題は起こらないだろう。

 鍛錬あるのみ。




 魔力のコントロールができず、訓練所の屋根を吹き飛ばした日。

ダルシアク騎士団長や副団長たちからは怒られるどころか褒められた。ダルシアク騎士団員たちからは称賛された。


「アロイス、素晴らしい」

「ソードマスターも夢じゃないかもしれない」

「アロイス、ソードマスターを目指すなら最北の氷山で修業したほうがいい」

「いくらなんでも、最北の氷山に挑むには若すぎる……幼すぎる」

「ソードマスター確実と謳われた王国一の騎士も氷山で命を落としたばかりだ。慎重に」


 魔力持ちの騎士から魔力なしの騎士まで、帯剣した男たちには称えられた。

 けれど、父上からはこっぴどく叱られた。

「アロイス、魔力のコントロールができない未熟者は剣を握る資格がない。そう心得なさい」


「……っ」

 油断した。

 その一言に尽きる。

 返す言葉もない。


「もし、そばに高貴な方々がいらしたらどうなっていた?」

 父の言葉にはっ、とした。

 ダルシアク騎士団の訓練所の屋根の下、屈強な騎士団員しかいなかった。けれど、たまにダルシアク公爵が補佐官を連れて見学している。


「……う……」

 もし、訓練所に留まらず、俺の魔力が本棟まで飛んでいたら?

 目も当てられない。


「お前の魔力は私を上回る。騎士団長の魔力も軽く凌駕するであろう。だからこそ、誰よりも気をつけなければならない」

 強力な魔力を所有しているからこそ、常に注意しなければならない。幼い頃から毎日、朝な夕なに繰り返された戒め。


「……はい」

「暫くの間、剣を握ることは許さない」

 いつも俺に甘い父上はいなかった。

「……父上っ」

「最低でも三か月、頭を冷やせ」

「せめて三日」

「馬鹿者っ」


 父上が憤怒の形相を浮かべた時、執事長とともにダルシアク公爵が現れた。俺が知る限り、最高の貴人だ。ちょっとした仕草も俺たちとは違って気品に溢れている。


「ソレル子爵、アロイスはまだ幼いのに頼もしい。そう申すな」

「公爵閣下、不詳の息子の不始末、申し訳ございません」

「そなたの息子は類まれなる騎士ぞ。ダルシアクの誉れになるであろう」

 ダルシアク公爵に上品に称えられ、俺は慌てて騎士としての礼儀を尽くした。


「面目ない。歳をいってからできた息子なので甘やかしました。強力な魔力持ちの危うさ、叩きこまねばなりません」

「そなたの息子はダルシアクの至宝」

 執事長がダルシアク公爵様を呼んできて、父上を説得してくれなかったら、俺は三か月の謹慎だっただろう。


 三か月も剣を握ることができないなんて地獄だ。

 三日の謹慎は甘んじて受ける。


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