魔力がすべて。
というわけではない。
だが、家門の力=総魔力。
国力=魔力。
魔力ですべてを測ることも多い。
剣技も魔力に左右される。
「アロイス、魔力を完全にコントロールできるようにならなければ、剣を持つ資格はない。わかっているな」
父上には釘を差された。
父上と一緒に母上もダルシアク城から戻ってきたから、てっきり怒られると思って身構えた。食事抜きでも逆らわない。三日間、食わなくても死にはしないだろう。
「私のアロイス、正直に教えて」
母上に左右の手で頬を挟まれ、目を見つめられた。
「はい?」
いつになく、母上の目は恐ろしいぐらい真剣だ。やはり、父上同様、俺の魔力コントロールを案じている。
……と、ばかり思ったのに。
「ニノンのことをどう思っているの?」
予想だにしていなかった質問だ。
「ニノン、とは?」
ニノンはよくある女性名だが、俺には心当たりがなかった。
俺の乳母や下女はニノンではない。兄上の婚約者関係にもニノンはいない。ダルシアク公爵夫人の名前はリュディヴィーヌ様で公女はエグランティーヌ様だし、婚約者を裏切ってデュクロにいられなくなったという公爵の姉君はジュヌヴィエーヴ様だ。
ダルシアク城のメイド長やメイドにもニノンはいなかった……はず。 ……あ、鍛冶屋の夫人がニノン。
「……ま、まさか、ニノンが誰かわからないの?」
私の息子はここまで脳筋だったの?
母上の心の声が聞こえたような気がした。
「鍛冶屋のニノン?」
「違うわ」
「……あ、お針子のニノン」
俺が答えた途端、母上は大きな溜め息をついた。
「あなたの幼馴染みである、ビヨー男爵令嬢です」
幼馴染み?
瞼にピンクブロンドの少女が浮かんだ。
「……あぁ、乳母の姪……あ、あのニノン」
そういえば、俺の乳母の姪の名がニノン。
乳母と同じように明るくて優しい少女だ。
俺が乳母のそばにいる時、ピンクブロンドの女の子も傍らにいた。乳母に差しだされた絵本を投げ、隠されていた短剣を握った時もそばにいた。振り返れば、いつも後ろにいた。
『アロイス様、待って~っ』
何度も呼び止められた記憶がある。
「あなたとニノンが腕を組んで散歩している姿を幾度となく見かけました」
「……あぁ、挨拶が変わっている」
顔を合わせれば笑顔で飛びついてくる。乳母はいつも俺の頭を撫でるが、ニノンは俺の腕に纏わりついた。
「……あ、あれが変わっている挨拶だと思っているのですか?」
母上だけでなく、隣の父上の頬も引き攣っている。
「はい」
彼女は不愛想な俺も怖がらない。
一言で表すならば、人懐こい少女だ。
「ビヨー男爵令嬢のことをどう思いますか?」
「我が家門と同じくダルシアク公爵家に仕える家門の令嬢」
俺の乳母は母親が下女とか、ニノンは姪だけど格上だとか、ビヨー男爵夫妻に説明されたような気がする。……が、よく覚えていない。
「そうではなくて、愛しいと思いますか?」
質問の意図がわからず、俺は胡乱な顔で聞き返した。
「……は?」
何を言っている?
「アロイス、ビヨー男爵令嬢を綺麗だと思う?」
ソレル騎士団でもダルシアク騎士団でもニノンの評判は高い。ニノンが顔を出した途端、そわそわする騎士見習いも多かった。
もちろん、俺は意味がわからない。
「母上や肖像画で見た俺を生んでくれた母上のほうが綺麗だと思う。……あ、ダルシアク公爵夫人はびっくりするほど綺麗だった」
女騎士だったという実母や、俺を実の子のように慈しんでくれた母上のほうが綺麗に見える。ダルシアク公爵夫人に至っては女神に見えた。デュクロの王女だと聞いているが、祭りで選ばれた女王が霞んで見えるぐらいの美女だ。
「……も、もう……この子ったら……」
母上に真っ赤な顔で抱き締められ、頬や額にキスされた。
「こんなところまで兄上にそっくり……お前が甘やかすから……」
父上は苦虫を嚙み潰したような顔で文句を零すが、母上は憤怒の色が濃い目で返した。
「……まぁまぁ、ニノンの言葉に騙されないように注意しましょう。私たちまであやうく丸めこまれるところでしたわ」
「ニノンだけでなくビヨー男爵にも」
「……えぇ、私のアロイスは最高の婿になりますもの。父と娘、揃って身の程知らず」
「ビヨー男爵は大切だから、蔑ろにはできないが……」
「わかっていますわよ。アロイスがニノンを気に入っているんじゃなきゃいいわ」
母上と父上は小声で何か話し合っている。
ビヨー男爵と父上が懇意にしていることは知っているが、何がなんだか、俺にはわからない。
元より、理解する気もない。
必要ないだろう?
「アロイス、そなたの結婚は父である私が決める。よいな?」
いきなり結婚?
まだまだ遠い話だ。
第一、次男だから結婚する義務もない。
「はい」
「結婚を求められたら、そう答えろ」
「はい」
「わかっているのか?」
父上に心配そうに顔を覗かれ、馬鹿らしくなったが言った。
「俺の結婚は父上が決める」
「そうだ。そなたの結婚は父が決める。父と母の名を忘れても、決して忘れるな」
幼い頃から剣しか興味なかった。
それですんだ。
生涯、それですむと思っていた。