いったいこれはどういうことだ?
いくら俺が鈍くてもわかる。
確実におかしい。
ダルシアク騎士団も異常だ……いや、一部が異常……一部がまともなのか?
エグランティーヌ様の専属騎士であるイレールたちも異変を察し、水面下で動いていたようだが、父上や兄上たちに阻止されたらしい。
「父上、どういうことですか?」
俺は父上に直にぶつかるしかない。
「アロイス、父を疑うな。すべてお前とエグランティーヌ様を美しく結婚させるため」
「誤魔化さないでくれ」
「お前の初恋を実らせるためだ。心配するな」
父上は俺が何を聞いても肝心なことには答えてくれない。
母上や兄上、周りの騎士たちにしてもそうだ。
けれど、何か画策している。
ダルシアク領がこんなに苦しんでいること自体、異常だ。
これではいつ、領民の暴動が起きてもおかしくない。
ソレル騎士団やダルシアク騎士団も変だ。騎士たちの俺に対する態度も妙だ。ダルシアク城内は真っ二つに割れているのか?
使用人たちの関係も不自然だ。
エグランティーヌ様?
何か、気づいていらっしゃいますか?
俺たちの結婚式が迫っています。
エグランティーヌ様は俺に嫁ぐ準備に追われていると聞いています。
……が、俺は婚約者でありながら、そばに近寄ることもできない。
父上や母上たちは『エグランティーヌ様に不器用なお前が下手に近寄ったら嫌われる。結婚式まで待て』と。
近寄ることを止められ、俺には見張りの騎士もついています。
情けない。
こんなに俺は無力だったのか?
魔力なんてなんの役にも立たない。
まずもって、領民が武器を持つことはないだろう。
しかし、長い歴史を振り返れば、飢えた領民の団結力は侮れない。
真っ先に狙われるのは、領主一族だ。
エグランティーヌ様は命に代えてもお守りする。
……が、俺の力だけで守ることができるか?
魔力だけで守り抜けるか?
迷っていても時は流れる。
最悪の事態を考慮し、俺は最強と目されている魔法師のコランタンに会いに行った。魔力を駆使して見張りの騎士をまいてから、最北の魔塔に忍びこみ、かけ合った。
「そんなにダルシアク公女を愛しているのか?」
コランタンに馬鹿にされたような気がしたが、俺は躊躇わずに頷いた。
「……そうだ」
「ダルシアク公女のために命を差しだせるか?」
「あぁ」
コランタンと交渉が成立し、一息ついた。
その結果、自分が愚かだったことを思い知る。
ダルシアク城に領民が雪崩れこんだ?
火の手が上がった?
魔力なしの領民がどんな人数で押し寄せても、魔力持ちの騎士団には敵わないはず。
ダルシアク騎士団やソレル騎士団は何をしていた?
……っ……騎士団が領民側に立ったと言うのか?
エグランティーヌ様やエドガール様の専属騎士たちは?
……ソレルが領民たちの救世主だと?
まさか、ソレルが煽ったのか?
父上や母上、兄上たちは徹底的に俺への情報を遮断して計画を立て、実行したのか?
もしかしたら、俺の不在を狙って決行したのかもしれない。
後悔しても遅い。
自分で自分が許せない。
何故、エグランティーヌ様まで?
「父上、エグランティーヌ様はどこにいる?」
俺は魔力の鎖で父上を拘束した。
けれど、父上はいっさい動じない。
「アロイス、落ち着け」
「エグランティーヌ様に何かしたら父上でも許さない」
脅しではなく本心だ。
母上にどんなに嘆かれても許さない。
「エグランティーヌ様は国王陛下の姪だ。領民がどんなに暴れても手は出せない」
「エグランティーヌ様はどこにいる?」
「保護している」
「どこで保護している?」
魔力を強め、父上を拘束している魔力の鎖を強めた。首も圧迫したけれど、父上は余裕の態度を崩さない。
おそらく、想像以上に魔力が強い。
今まで本当の魔力を隠していたのか?
父上と真正面から衝突したら、ダルシアク城が崩壊するだろう。城下町が陥没し、領内の山が崩れ、各地で火の手が上がるかもしれない。
「アロイス、魔力を抑えろ。こんなところで爆発させるな」
「エグランティーヌ様はどこだ?」
「そんなに好きか?」
「あぁ」
エグランティーヌ様は命より大切な女性だ。
「そんなところも兄上にそっくり」
父上は悲哀を漲らせたが、俺の感情は昂り、魔力が爆発しそうだ。下手をしたら、エグランティーヌ様ごと城を炎に包んでしまう。
「そんな話はいい。エグランティーヌ様はどこだ?」
「お前は私の息子だ。忘れるな」
「父でなければこの時点で殺している」
「お前は私の誇りだ。ダルシアク革命に関わらせたくなかった」
父上は父親としての愛に訴えようとしたが、その手には引っかからない。俺がいくら馬鹿でもわかる。
「革命じゃない。領民の暴動だっ」
エグランティーヌ様が生まれ育った土地で革命はあってならない。ソレルが扇動したならなおさらだ。
「エグランティーヌ様は領地が鎮まるまで修道院に避難していただく。早まるなよ。ここでエグランティーヌ様を他所に逃がしても領民を煽るだけ」
「だから、今、エグランティーヌ様はどこだ?」
「エグランティーヌ様は地下牢だ。……怒るな。ダルシアク城で一番安全な場所だ」
地下牢でエグランティーヌ様を見た時、何も考えず、すべてを捨てて連れて逃げていればよかった。
あの時ならばまだ魔力は充分あった。
拘束具もつけられていなかった。
誰か、俺を殺してくれ。