目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第24話 私はアロイス様と真実の愛を貫くわ 1 (ニノン視点)

 ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。

 高貴な家に生まれただけなのにズルい。

 少し綺麗だからってズルい。

 淑女に見えるからズルい。


 デュクロで一番ズルい女はダルシアク公爵家のエグランティーヌ様。


 私はダルシアク公爵家傘下のビヨー男爵家のニノンだから、ズルい女は主筋の令嬢になるんだけど。

 忠誠なんて、誓えるわけないよね。

 それでも、表向きは優しくしてあげているの。仕方がなかったのよ。身分身分身分身分、なんでも身分の社会だもの。


 どうして、私は男爵家に生まれたの?

 ……あ、お父様とお母様に不満はないわ。

 とっても優しいお父様とお母様だもの。

 私が可愛いから、なんでもお願いを聞いてくれたの。

 お父様が公爵じゃないこの世が悪いのよ。

 エグランティーヌ様のお父様が公爵じゃなきゃいいのに。


「お父様、ダルシアク公爵家を男爵家にして」

 いつだったか、お父様とふたりきりの時に頼んだの。

「ニノン、滅多なことを口にしてはいけない」

「だってぇ」

「そういうことは心の中で思うだけ」


 ……あら?

 ダルシアク公爵家に忠誠を誓ったビヨー男爵家当主がそういうこと言っちゃう?

 お父様も同じ気持ち?

 なんとかして、エグランティーヌ様を男爵令嬢にできないかなぁ?

 同じ身分だったら、大きな顔はさせないのに。

 悔しいな。


 そんな思いをずっと持ち続けていたの。

 もちろん、口に出したりはしなかったけどね。




 みんな知っていると思うけど、私とアロイス様は子供の頃からお互いに好きだったの。

『アロイス様、大きくなったらお嫁さんにしてね』

『…………』

『ねぇ、恥ずかしがらずに何か言って』

『…………』


 アロイス様は照れて何も言ってくれなかったけど、気持ちは痛いぐらいわかっているわ。無口で不愛想だけど、私にはとっても優しいの。

『私、アロイス様のお嫁さんになるわ。可愛くならなきゃ駄目だから、リボンをたくさんつけて』


 お父様もお母様もアロイス様との仲を応援してくれたわ。アロイス様のお父様やお母様、お兄様も私を可愛がってくれたの。

 エグランティーヌ様と違って、私は誰からも愛される花よ。




 アロイス様、愛しています。

 成人しても私とアロイス様の愛は揺らがなかったわ。

「アロイス様、お怪我したのでしょう。ちゃんと治療しましたか?」

「ああ」

「嘘ですね。治療していないでしょう」


 アロイス様は剣の手入れは熱心にしたけれど、いろいろと無頓着で自分の身体をまともにケアしなかったの。……もぅ、私がお世話しなきゃ、アロイス様は駄目ね。そんなところも好きなんだけど。

「たいしたことない」

 アロイス様はいつも強がり。


「駄目です。小さな怪我が後遺症になるかもしれないわ」

「…………」

「手当てするから、こっちに来て」

「…………」

 アロイス様には私から近づかなきゃ駄目。

「もう……照れなくてもいいのよ」


 アロイス様の騎士仲間たちも私との仲を祝福してくれていたの。『真実の愛』よ。まさにそれ。フレデリク七世の真実の愛みたいに悲劇では終わらせないわ。……あれは、ソレル子爵夫人が教えてくれたけど、第三妃を妬んだ当時の王太子妃殿下の罠よね。

 アロイス様と私の真実の愛は誰にも邪魔させないわ。

 幸せな真実の愛。


 日々、私は花嫁修業に励んだの。

 アロイス様は貧乏な子爵家の次男だから贅沢はできない。

 夫婦生活では私もパンを焼いたり、スープを作ったり、繕い物をしたり、お買い物をしたり、お掃除をしなきゃ駄目かもしれないわ。それでもいいの。アロイス様となら、どんな貧乏でもいいものよ。




 なのに、どういうこと?

 エグランティーヌ様は大帝国の皇子様から求婚されたんじゃなかったの?

 突然、飛びこんできたのはエグランティーヌ様とアロイス様の婚約。


「お父様、アロイス様とエグランティーヌ様の婚約なんて嘘でしょう?」

 私が泣きながら抱きつくと、お父様は苦しそうに首を振ったわ。

「私も聞いた時は嘘だと思った」

 お父様もびっくりしたみたい。

「私とアロイス様の婚約が進んでいたんじゃないの?」


 お父様とソレル子爵夫妻の間では、内々に婚約の話が整っていたはずよ。明日にも婚約式のドレスをオーダーするつもりだったのに。

「私とソレル子爵夫人の間で話し合っていた。ソレル子爵夫人もお前をアロイス様の妻に迎えたがっていたんだ」

「そうよ。私はソレル子爵夫人に娘みたいに可愛がってもらったわ」

 アロイス様が好きなお肉料理やスープの作り方も教えてもらったわ。ソレル子爵家の味だ、って太鼓判を押してくれたのに。


「少し待ちなさい」

 お父様に宥めるように言われたけど無理よ。

「待てば、アロイス様と結婚できるのーっ?」


 どうして、エグランティーヌ様は拒まないの?

 つまり、エグランティーヌ様がアロイス様を気に入って婚約したのでしょう?

 私とアロイス様がどんなに愛し合っていても、権力の前には太刀打ちできないじゃない。

 ズルい。

 なんてズルいの。


 エグランティーヌ様は王国一どころか大陸一ズルい女だわ。


「そうだ。待つだけでいい」

 お父様が楽しそうに口元を緩めたからびっくり。

「どういうこと?」

「将来、アロイス様の妻になるのはお前だ。アロイス様もお前を愛しているのだろう?」

「……えぇ。私とアロイス様は深く愛し合っているわ」


 アロイス様は無愛想だけど、私にはとても優しい。私の手を振り払ったこともない。私を無視したこともない。

 すべて愛されている証よ。


「お前はアロイス様を信じて待ちなさい」

「どれくらい待てばいいの?」

「一年か二年か……」

「そんなに?」

「とりあえず、待ちなさない。アロイス様に愛されているんだから待てるね」


 お父様は『待て』の一点張り。

 悔しくてたまらなかったわ。

 エグランティーヌ様、許せない。

 アロイス様の婚約者だと名乗ることさえムカつく。

 ふたりきりなんてさせないわよ。

 エスコートもさせない……させたくないのに。

 いつまで我慢すればいいの?




 もう無理だわ。

 アロイス様だってエグランティーヌ様をいやがっているじゃない。

 結婚式の延期でエグランティーヌ様もいい加減、わかったんじゃないの?

 もう我慢できない。


 アロイス様と駆け落ちしようとしたら、お父様は血相を変えて教えてくれたわ。

「いずれ、ダルシアクで革命が起きる。エグランティーヌ様は公女の身分を失って、アロイス様と婚約を解消するだろう。おそらく、修道院に入れられる」

 お父様、いきなり夢物語?

 ……冗談じゃないわね?


「……か、革命?」

 ダルシアク公爵家が消える、ってこと?

 エグランティーヌ様が平民になるの?

「協力できるかい?」

「……で、できるわ」


 アロイス様に婚約解消されるエグランティーヌ様が見たい。

 どんな顔をするのかしら?

 アロイス様に泣いて縋るわよね?


「領民は税金が高くなって苦しんでいる。知っているか?」

「知っているわ。領民が可哀相だから、ソレル伯爵に言おうと思っていたの」

 いつの間にか、城下町の治安が悪くなっていたわ。従僕や下女を連れて歩いても怖いの。誘拐事件も多いみたい。


「ソレル伯爵には何も言ってはいけない」

「わかったわ」

「領地の内情をエグランティーヌ様やエドガール様、その周りに知られないようにすること。アロイス様にも気づかれないようにすること」

 エグランティーヌ様やエドガール様たちはわかるけれど、アロイス様まで?


「アロイス様にも秘密?」

「アロイス様の性格で革命は見逃せない。ソレル子爵夫妻の意見に私も同意する」

「……そうね。アロイス様は騎士道精神に縛られているから無理だわ」

 ……あぁ、そういうことなのね。


 アロイス様と私のため、ダルシアク革命を成功させるわ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?