ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。
高貴な家に生まれただけなのにズルい。
少し綺麗だからってズルい。
淑女に見えるからズルい。
デュクロで一番ズルい女はダルシアク公爵家のエグランティーヌ様。
私はダルシアク公爵家傘下のビヨー男爵家のニノンだから、ズルい女は主筋の令嬢になるんだけど。
忠誠なんて、誓えるわけないよね。
それでも、表向きは優しくしてあげているの。仕方がなかったのよ。身分身分身分身分、なんでも身分の社会だもの。
どうして、私は男爵家に生まれたの?
……あ、お父様とお母様に不満はないわ。
とっても優しいお父様とお母様だもの。
私が可愛いから、なんでもお願いを聞いてくれたの。
お父様が公爵じゃないこの世が悪いのよ。
エグランティーヌ様のお父様が公爵じゃなきゃいいのに。
「お父様、ダルシアク公爵家を男爵家にして」
いつだったか、お父様とふたりきりの時に頼んだの。
「ニノン、滅多なことを口にしてはいけない」
「だってぇ」
「そういうことは心の中で思うだけ」
……あら?
ダルシアク公爵家に忠誠を誓ったビヨー男爵家当主がそういうこと言っちゃう?
お父様も同じ気持ち?
なんとかして、エグランティーヌ様を男爵令嬢にできないかなぁ?
同じ身分だったら、大きな顔はさせないのに。
悔しいな。
そんな思いをずっと持ち続けていたの。
もちろん、口に出したりはしなかったけどね。
みんな知っていると思うけど、私とアロイス様は子供の頃からお互いに好きだったの。
『アロイス様、大きくなったらお嫁さんにしてね』
『…………』
『ねぇ、恥ずかしがらずに何か言って』
『…………』
アロイス様は照れて何も言ってくれなかったけど、気持ちは痛いぐらいわかっているわ。無口で不愛想だけど、私にはとっても優しいの。
『私、アロイス様のお嫁さんになるわ。可愛くならなきゃ駄目だから、リボンをたくさんつけて』
お父様もお母様もアロイス様との仲を応援してくれたわ。アロイス様のお父様やお母様、お兄様も私を可愛がってくれたの。
エグランティーヌ様と違って、私は誰からも愛される花よ。
アロイス様、愛しています。
成人しても私とアロイス様の愛は揺らがなかったわ。
「アロイス様、お怪我したのでしょう。ちゃんと治療しましたか?」
「ああ」
「嘘ですね。治療していないでしょう」
アロイス様は剣の手入れは熱心にしたけれど、いろいろと無頓着で自分の身体をまともにケアしなかったの。……もぅ、私がお世話しなきゃ、アロイス様は駄目ね。そんなところも好きなんだけど。
「たいしたことない」
アロイス様はいつも強がり。
「駄目です。小さな怪我が後遺症になるかもしれないわ」
「…………」
「手当てするから、こっちに来て」
「…………」
アロイス様には私から近づかなきゃ駄目。
「もう……照れなくてもいいのよ」
アロイス様の騎士仲間たちも私との仲を祝福してくれていたの。『真実の愛』よ。まさにそれ。フレデリク七世の真実の愛みたいに悲劇では終わらせないわ。……あれは、ソレル子爵夫人が教えてくれたけど、第三妃を妬んだ当時の王太子妃殿下の罠よね。
アロイス様と私の真実の愛は誰にも邪魔させないわ。
幸せな真実の愛。
日々、私は花嫁修業に励んだの。
アロイス様は貧乏な子爵家の次男だから贅沢はできない。
夫婦生活では私もパンを焼いたり、スープを作ったり、繕い物をしたり、お買い物をしたり、お掃除をしなきゃ駄目かもしれないわ。それでもいいの。アロイス様となら、どんな貧乏でもいいものよ。
なのに、どういうこと?
エグランティーヌ様は大帝国の皇子様から求婚されたんじゃなかったの?
突然、飛びこんできたのはエグランティーヌ様とアロイス様の婚約。
「お父様、アロイス様とエグランティーヌ様の婚約なんて嘘でしょう?」
私が泣きながら抱きつくと、お父様は苦しそうに首を振ったわ。
「私も聞いた時は嘘だと思った」
お父様もびっくりしたみたい。
「私とアロイス様の婚約が進んでいたんじゃないの?」
お父様とソレル子爵夫妻の間では、内々に婚約の話が整っていたはずよ。明日にも婚約式のドレスをオーダーするつもりだったのに。
「私とソレル子爵夫人の間で話し合っていた。ソレル子爵夫人もお前をアロイス様の妻に迎えたがっていたんだ」
「そうよ。私はソレル子爵夫人に娘みたいに可愛がってもらったわ」
アロイス様が好きなお肉料理やスープの作り方も教えてもらったわ。ソレル子爵家の味だ、って太鼓判を押してくれたのに。
「少し待ちなさい」
お父様に宥めるように言われたけど無理よ。
「待てば、アロイス様と結婚できるのーっ?」
どうして、エグランティーヌ様は拒まないの?
つまり、エグランティーヌ様がアロイス様を気に入って婚約したのでしょう?
私とアロイス様がどんなに愛し合っていても、権力の前には太刀打ちできないじゃない。
ズルい。
なんてズルいの。
エグランティーヌ様は王国一どころか大陸一ズルい女だわ。
「そうだ。待つだけでいい」
お父様が楽しそうに口元を緩めたからびっくり。
「どういうこと?」
「将来、アロイス様の妻になるのはお前だ。アロイス様もお前を愛しているのだろう?」
「……えぇ。私とアロイス様は深く愛し合っているわ」
アロイス様は無愛想だけど、私にはとても優しい。私の手を振り払ったこともない。私を無視したこともない。
すべて愛されている証よ。
「お前はアロイス様を信じて待ちなさい」
「どれくらい待てばいいの?」
「一年か二年か……」
「そんなに?」
「とりあえず、待ちなさない。アロイス様に愛されているんだから待てるね」
お父様は『待て』の一点張り。
悔しくてたまらなかったわ。
エグランティーヌ様、許せない。
アロイス様の婚約者だと名乗ることさえムカつく。
ふたりきりなんてさせないわよ。
エスコートもさせない……させたくないのに。
いつまで我慢すればいいの?
もう無理だわ。
アロイス様だってエグランティーヌ様をいやがっているじゃない。
結婚式の延期でエグランティーヌ様もいい加減、わかったんじゃないの?
もう我慢できない。
アロイス様と駆け落ちしようとしたら、お父様は血相を変えて教えてくれたわ。
「いずれ、ダルシアクで革命が起きる。エグランティーヌ様は公女の身分を失って、アロイス様と婚約を解消するだろう。おそらく、修道院に入れられる」
お父様、いきなり夢物語?
……冗談じゃないわね?
「……か、革命?」
ダルシアク公爵家が消える、ってこと?
エグランティーヌ様が平民になるの?
「協力できるかい?」
「……で、できるわ」
アロイス様に婚約解消されるエグランティーヌ様が見たい。
どんな顔をするのかしら?
アロイス様に泣いて縋るわよね?
「領民は税金が高くなって苦しんでいる。知っているか?」
「知っているわ。領民が可哀相だから、ソレル伯爵に言おうと思っていたの」
いつの間にか、城下町の治安が悪くなっていたわ。従僕や下女を連れて歩いても怖いの。誘拐事件も多いみたい。
「ソレル伯爵には何も言ってはいけない」
「わかったわ」
「領地の内情をエグランティーヌ様やエドガール様、その周りに知られないようにすること。アロイス様にも気づかれないようにすること」
エグランティーヌ様やエドガール様たちはわかるけれど、アロイス様まで?
「アロイス様にも秘密?」
「アロイス様の性格で革命は見逃せない。ソレル子爵夫妻の意見に私も同意する」
「……そうね。アロイス様は騎士道精神に縛られているから無理だわ」
……あぁ、そういうことなのね。
アロイス様と私のため、ダルシアク革命を成功させるわ。