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第27話 ロゼ商団 1

 王宮にソレル派の匂いが消えたような感じ? 


 第四王女の居住区域にソレル派はひとりもいないし、東南宮からも一気に消えたみたい? 

 スーレイロル派に追い風が吹いているのかな?


 ……まぁ、依然として、ソレル伯爵は王宮に居座っているから油断はできない。ソレル商団による魔石の価格操作にも振り回されているみたい。王都にロゼ商団の支店がなかったら、ソレルに陥落していたよね?

 どっちにしろ、ソレルは脅威。

 しぶとい。




 第四妃の実家に魔獣の大群が襲来したという報告を受けた日、アロイスからカスタードのタルトが届けられた。

 これはエグランティーヌの大好物。

 ……で、待ちに待っていた合図。

 ロゼ商団に話が通ったんだ。


 私の前にカスタードのタルトが置かれた瞬間、クロエは外出の予定を立てるために奔走した。そうして、あっという間に整えられた。

 グッジョブ、クロエ。




 私は紋入りの馬車で王宮から、第四王女の貴族街邸に向かう。

 例によって、魔法師コランタンの幻覚魔法で首席侍女たちを騙した後、私はアロイスやばあや、イレールたちを連れ、貴族街邸のゲートでワイエス帝国にあるロゼ商団主の別荘のゲートへ。


 ほんの一瞬で視界が変った。


 目の前には恰幅のいい商人を中心に魔法師やロゼ騎士団員など、王女である私に対して礼を尽くしている。宮廷貴族とはまた違った雰囲気が漂っていた。

「麗しきデュクロの煌めく星、ようこそいらっしゃいました。ロゼ商団の主であるギーが、ご挨拶をさせていただきます」


 いきなり、鬼畜男登場?


 まさか、商団主直々のお出迎え&挨拶なんて思っていなかった。内心ではびっくりしたけど、態度には出ていないはず。


 ギーに紫色の薔薇の花束を恭しく差しだされ、私は王女スマイルで受け取った。


 ギー、か。

 苗字を持たない、ギー。

 男爵位ぐらいなら簡単に買えるのに、評判の成金男はあえて平民のまま。

 お祖父ちゃん世代なのに、顔立ちはえげつない商人とは思えないくらい凛々しく整っていた。若い頃、超絶イケメンだった、って想像できる。成金衣装姿じゃないのも憎いね。


「ギー、お出迎えありがとう。挨拶はいいでちゅ。早くお会いちたいの」

 微妙な呂律の回り方だったけれど、ギーは人好きする笑顔で案内してくれた。

「こちらへ」

 商人の笑顔には騙されるな。柔らかな物腰は曲者。利がなければ指一本、動かさない。ロゼ商団主は成り上がりの鬼畜、とか今さらながらに頭を過ったけれど、顔には出さない。


 値踏みされているような気がするけど、スルー。


 高い天井の下、深紅の絨毯のうえを静かに進み、ロゼ騎士団員が警備している部屋の前で立ち止まる。

 ノックは三回。


「俺の女神、可愛らしい星が下りてきてくれたよ。人形が歩いている」

 ギーは部屋に入るなり、品のいい婦人の手にキスをした。


 ……あ、ジュヌヴィエーヴ様だ。

 私は一目で伯母様だとわかった。

 魔力が強いとなかなか老けないと聞いたけれど、実年齢よりずっと若く見える。

 繊細なレースが施されたドレスをこんなに綺麗に着こなしているなんてエモい。


「デュクロの煌めく星にロゼ商団主が妻、ジューがご挨拶させていただきます。ベルティーユ殿下、お目にかかれで光栄です」

 ……うわ、姫人生二周目だけど、こんな完璧なカーテシーを見たことがない。

 商人の妻になっても、喩えようのない気品に圧倒されかけた。亡きお母様……リュディヴィーヌ王女の教育係に指名されていた理由がわかる。


 臣下や平民相手に、王女がカーテシーをすることはない。……しちゃ駄目。

 けど、伯母様だから特別の気持ちをこめて。

 私も宮廷式のお辞儀でお返し。


「伯母様、私とエドガールを助けようとしてくださり、感謝します。亡きお父様は伯母様を慕い続けていました。毎日、伯母様の肖像画に挨拶していましたのよ」

 時間がないから、核心に切りこんだ。


「ベルティーユ殿下?」

 伯母様ことジュー夫人は優雅に微笑んだけど、隣のギーは口をポカンと大きく開けたまま固まった。跡取り息子も次男も三男も四男も。

 ……それ、貴族社会ならアウト。

 彼らのフォローは私に同行していたアロイスやばあやたちに任せる。話がまとまれば、実際、動いてもらうのはギーたちだ。この場にいて、第四王女がエグランティーヌの生まれかわりだと知ってもらったほうがいい。


 ……っていうか、すべて明かさないと協力は得られないだろう。鬼畜男の評判が評判だけに。

 何せ、あくどすぎるのよ。

 見たところ、伯母様は無事みたいだけど……。

 ……うううう、無事だよね?

 無事に見えるだけ?

 鬼畜男は評判通り、鬼畜男で伯母様を苦しめているの?


「伯母様が生まれ育ったダルシアクを守れず、申し訳ございませんでした。父も私も奸臣の甘言に騙されました」

 私がエグランティーヌとして心からの謝罪をすると、ジュー夫人の目が微かに揺れた。

「…………」

 ギーたちは石化したまま。

「どうか、伯母様の甥を助けてください」

 もう一押し。


「夫に兄弟姉妹はいないの。私を伯母と呼ぶのは異母弟の子供だけよ」

「はい。伯母様、父の無念を晴らしたいと思います。お力添えをいただきたく」

「まず、お座りくださいな」

 ジュー夫人に宥めるように言われ、私は猫脚の椅子に腰を下ろした。


 私の好みを把握しているのか、生クリームたっぷりのショコラが用意される。ベリーのタルトには濃厚なアイスクリームやミント、ナッツが添えられていた。まるで、皿の上の芸術。

 これ、ギーじゃなくてジュー夫人のセンスだよね。


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