せっかくだからショコラを一口。
「ベルティーユ殿下?」
ジュー夫人に確かめるように呼ばれ、私はコクリと頷いた。
第四王女様ですわよね、というジュー夫人の副音声が聞こえたような感じ。
「はい。ベルティーユです」
今、第四王女として生きています。
「私と異母弟は母と子ほどの歳が離れていたの。可愛かったわ。あの子のためならば、なんでもしてあげたくなった。……お父様も甘やかしすぎたみたいね」
ジュー夫人の異母弟とは私の……って、エグランティーヌの亡きお父様。ジュー夫人のお父様とはエグランティーヌの祖父様。
「エドガールも甘ったれです」
「第四王女様がエグランティーヌ様の生まれかわり、だという噂は耳に届いているわ」
ジュー夫人が何でもないことのように言うと、我に返ったギーや息子たちは大きな相槌を打った。本当だったんだな、と独り言のように零したのは父親にそっくりの跡取り息子。
「はい。私はダルシアクで生まれ育ち、断頭台で処刑された記憶があります。最期、奸臣一族を呪いました」
「魔法師に依頼して呪わせたの?」
「私自身で呪いましたが、ソレルはとても元気です」
エグランティーヌに魔力はあったけれど、呪う力はミリもなかった。
「エグランティーヌ様の最期を聞いた時、セシャン夫人の最期を思い出したわ」
ジュー夫人の感情はいっさい読めないけれど、そばにいるギーや息子たちの内心は読める。みんな、セシャンを毛嫌いしている感じ?
嫌悪感なんてもんじゃないやつがピリピリ。
「元婚約者の母上様ですか?」
セシャン伯爵家の跡取り息子がジュヌヴィエーヴ様の婚約者だった。悲惨な無理心中事件の加害者。
「王室の相次ぐ訃報を聞いても、セシャン夫人の最期を思い出したの」
王宮において、セシャン伯爵夫人の凄絶な最期はタブー。
「……あ、最期、呪ったそうですね」
セシャン伯爵夫人は当時の王太子妃、つまり今の王太后を呪って散った。王太后の血筋も呪った、とも聞いている。
王太后の血筋と言えば、リュディヴィーヌ王女とフレデリク八世の血筋よ。
リュディヴィーヌ王女が嫁いだダルシアク公爵家は潰れ、長女は公開処刑で跡取り息子は行方不明。フレデリク八世の子供たちは夭折続きで、生き残っているのは病弱な王太子と私だけ。
エグランティーヌの呪いじゃなくてセシャン夫人の呪いでも通じる?
意外な盲点。
「ダルシアクも恨まれていると思うわ」
「伯母様に非はありません」
私が顔を真っ赤にして力むと、伯母様は寂しそうに微笑んだ。
「セシャンは私を恨み続けたの」
セシャンは家門断絶になったけれど、温情で一族男子でも極刑を免れている。市井に紛れ、静かに暮らしているんじゃなかったの?
「ひどい」
どうして、セシャンがジュヌヴィエーヴ様を恨むの?
どんなに頭を働かせても理解できない。
「修道院に入ってもセシャンは追ってきたのよ」
「ひどいです」
「セシャンにとってひどいのはルイゾン様を見捨てた私のようね……今も」
ジュー夫人がかつて婚約者の名を口にした時、部屋にはギーや息子たちの殺気が発散された。アロイスとイレールが反応して構えるぐらい。
ルイゾンという名は禁句?
スーレイロル公爵とは反応がまったく違う。
「いったい何があったのですか?」
聞いてはいけないような気がした。
けれど、聞くならば当事者であるジュヌヴィエーヴ様しかいない。
どうにも、フレデリク七世の真実の愛がひっかかる。
ルイゾンの無理心中事件説。王太子妃の陰謀説。一時より、王太子妃とジュヌヴィエーヴ様の共謀説も声高に唱えられるようになったという。
どうして、伯母様が共謀者になるの?
「エグランティーヌ様にとってもベルティーユ王女にとっても関わる昔話をお聞きになる?」
「お聞かせください」
「後悔されないかしら?」
「後悔したくないから聞きたいのです。スーレイロル公爵からも少し聞きましたが、もやもやがすごくて……上手く言えませんが……」
喉に魚の小骨が突き刺さっているような感じ。
「スーレイロル公爵はどのように仰せになられたの?」
「守り方を間違えた、とか……とっても後悔していましたが、肝心なことは教えてくれません」
「スーレイロル公爵も悔やんでいらっしゃるのね」
「教えてください」
私の気持ちが通じたのかな?
ジュー夫人は聖母みたいな微笑を浮かべ、身の上から話し出した。
「私はダルシアク公爵とワイエス帝国の皇女の間に生まれたの。弟も妹も誕生しないまま、母が雲の坂を登ってしまって、私は後継者として育てられたのよ」
お父様から幾度となく歳の離れた異母姉様の話は聞いた。
ジュヌヴィエーヴ様はほかの高位貴族令嬢とは違う教育を受けている。お父様が半年かけて読破した歴史書をジュヌヴィエーヴ様は三日で読破されたみたい。優秀な姉にコンプレックスを持つどころか、お父様にとっては自慢の姉上様。
「ジュヌヴィエーヴ様が優秀で美しいから後継者教育を受けた、と聞いています」
美しくもなく、学問もできなかったら、すぐに親戚筋から婿が選ばれていただろう。それが貴族の在り方。
「父が若い後妻をもらって、弟を生んでくれた時、嬉しかったわ。……可愛くてね。この世にこんなに愛しいものがあると初めて知ったの」
伯母様がどんなに亡きお父様を愛していたか、ひしひしと伝わってくる。
後妻はシュタルク帝国の皇女だ。お祖父様はふたりの皇女と結婚したことになる。今さらだけど、ダルシアク家は半端ない。
「私もエドガールが誕生した時、嬉しかったです。可愛くて可愛くて……本当に可愛くてたまらなくて」
令和の日本、毒母に毒弟もいたから、エドガールがよけいに可愛かったのかもしれない。なんでもしてあげたくなる弟だった。
「私の可愛い弟が……こんなことになるのならば、連絡を取り続ければよかったわ。私はダルシアクに関わらないほうがいいと思ったの」
ジュー夫人ことジュヌヴィエーヴ様はどこか遠い目で語りだした。