目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第33話 ジュヌヴィエーヴとセシャン 5 (ジュー視点)

 聞き耳を立てなくても、宮廷貴族の噂は耳に入ります。


「王太子妃殿下や第二妃のほうがお美しい。ただ、第三妃は可愛いし、愛嬌がある。高慢ちきな皇族や高位貴族女子とは違う」

「ジュヌヴィエーヴ嬢も第三妃よりお美しい。……が、近寄りがたい。ルイゾン卿が遠ざけるのも無理はない」


 私が第三妃の専属侍女を拒絶したという噂も、電光石火の速さで貴族社会に広まったようです。

 優しい顔で同情してくる貴族子女が最も恐ろしい。

 身に染みて知っています。

 女王陛下だけでなく、病床の国王陛下やお父様も、王太子殿下やルイゾン様を注意したそうですが、だからといって、第三妃は変わりません。


 お父様には婚約解消をお願いしましたが、流されてしまいました。「もう少し待て。ルイゾン卿も反省しているようだ」とのこと。

 反省の色は微塵も見えません。

 ルイゾン様も第三妃も依然としてなんら変わらず。



 ダルシアクの矜持だけで過ごしていましたが、木々が茜色に染まりかけてきた頃、夢想だにしていなかった報告を受けました。

「……ど、どういうことですの?」

「ジュヌヴィエーヴ様、お伝えした通りです」


 ルイゾン様が積年の想いを爆発させてしまった? 第三妃の寝室で亡骸が四体? 第三妃とルイゾン様が一糸纏わぬ姿でシーツの波間に沈んでいた?

「確かにお聞きしましたけれど……」

「信じられないのも無理はございません」

「信じられるとお思い?」


 ルイゾン様が第三妃への恋心を抑えきれず、とうとう凶行に及んでしまった? 第三妃だけでなくふたりの王子たちも道連れに無理心中?

 理解の範疇を越えています。


「宰相も事実の確認に奔走されています。ジュヌヴィエーヴ様も関係者として捕縛の対象になるかもしれません」


 一瞬にして、私は犯罪者の婚約者になりました。

 ダルシアクも嵐の中に。

「私の麗しいジュヌヴィエーヴ、あなたにいっさい非はありません。ダルシアクとワイエスの誇りを忘れないで。あなたを愛している私も覚えていてほしいわ」

「お継母様、ありがとうございます」

「前々から危惧していたことが現実になっただけですわ」


 セシャン伯爵家は被害者と加害者を出した家門です。第三妃と王子を殺めたら、一族郎党に至るまで処刑の末に家門断絶は免れません。


 セシャン伯爵夫妻たちも投獄されたそうですが、お忍びで使者が参りました。ポリーヌという名の侍女見習いです。まだまだ幼く、ルイゾン様に背負われている姿を見たことがございます。

「ジュヌヴィエーヴ様、どうかお助けください。ルイゾン様は王太子妃様の罠に落ちたのです」

 六歳か、七歳か、歳は忘れましたが、しっかりしている少女です。……が、歳よりしっかりしているだけに危うい。

「ポリーヌ、滅多なことを申してはいけません」

 厳格な身分社会において、この時点でポリーヌは投獄される可能性が否定できません。誰も教えなかったのでしょうか?


「王太子妃様は離宮に行くことが決まっていたの。逆恨みをして、ルイゾン様と第三妃様を罠にはめたのです。ジュヌヴィエーヴ様ならわかってくれますよね?」

 その『わかってくれますよね』は、ルイゾン様の『わかってくれ』を思い出させます。私に忍耐を強いる言葉ですのよ。この世で一番、私が嫌いな言葉です。

 わかるわけがないでしょう。


「あなたのため、聞かなかったことにします」

 私は優しく言いましたが、ポリーヌは感情を爆発させました。

「ジュヌヴィエーヴ様はルイゾン様の婚約者です。連座は免れません。このままだとお優しい伯爵夫妻と一緒に処刑されます」

「お下がりなさい」

「どうして、そんなに意地悪なの?」

「あなたのため、お下がりなさい」


 私は冷静に接しましたが、ポリーヌはとうとう泣きだしました。その場に崩れ落ち、私のドレスを掴んで離しません。

 いやでも第三妃を思い出します。


「ルイゾン様と第三妃は仲のいい兄と妹です。私にもとっても優しかったの。私のお兄ちゃんとお姉ちゃんなの。こんなの、絶対に嘘です」

「貴族社会について、何も学んでいないのね?」

「第三妃を虐めるところ」

「せっかくあなたは助かったのだからお下がりなさい」


 見かねたらしく、ポリーヌに付き添っていたセシャン家の下男が口を挟みました。

「ジュヌヴィエーヴ様、ルイゾン様と第三妃は仲がよすぎた兄と妹ですよ。昔からふたりを知っている俺は断言できます」

「あなたたちは自分自身のため、どのように行動したらよいのかお考えなさい」

「聞いてください。ルイゾン様はジュヌヴィエーヴ様を愛していました……無骨すぎて愛を伝えられなかったんです。どうしたらいいのかわからず、迷っていたんです」


 ポリーヌと下男の話に耳を傾けても、心には何も響きません。ふたりはダルシアク騎士団が連れて行きました。

 激震に揺れた王宮は今にも崩れそうです。

 私の足元も崩れそうで恐ろしい。


 実際、王太子妃殿下の陰謀説も根強いようです。


 ルイゾン様は騎士として勇名を轟かせましたから、近衛騎士団や王立騎士団だけでなく、各領主の騎士団からも訴えが殺到している模様。

『ルイゾンは愚直なぐらい一本気の騎士だ。彼に限ってありえん。誰かの罠に落ちただけ』と。


 王太子殿下は慟哭した後、王太子妃殿下を責めたそうです。惨劇はすべて王太子妃が仕組んだものだ、と。


『王太子妃よ。そなたの母国には優秀な魔法師がいるな。ルイゾンや第三妃を陥れることなど、容易いだろう』

『私は幕引きの見えない戦争を終わらせるために海を渡ってまいりました。王太子殿下は違いますの?』

『私も同じ気持ちで、そなたを娶った』

『私は各地で燻ぶる戦争の火種を消すため、尽くしているつもりです。殿下は違いますの?』

『私も同じ』

『私も殿下も国を背負っています。務めを果たすのみ』

『そなた、人を愛したことがないのか?』

『殿下、国民を愛したことがないのですか?』

『……そなた……よくも……離宮に移れ』

『国王陛下と女王陛下に許可をもらってからご命令ください』

『二度と私の前に顔を見せるな』


 王太子と王太子妃の諍いは私の耳にも届きました。ふたりの対立はそのまま王国を分断させる勢いです。

 当然、ハーニッシュ帝国も黙ってはいないでしょう。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?