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第35話 ジュヌヴィエーヴとセシャン 7 (ジュー視点)

 加害者も被害者もセシャンの名を受け継ぐもの。

 被害者には王子がふたりもいますから、国家を揺るがす大事件です。


 スーレイロル公爵を筆頭に王太子殿下の側近たちは口を揃えました。『第三妃とルイゾンに恋愛感情はない。仲がよすぎる兄妹だった。それだけだ』と。

 王太子殿下の侍従長や後見人も同じ意見。


 けれども、王宮内の意見は真っ二つに割れました。王太子宮では言い争い だけではなく、流血沙汰もあったそうです。


 裁判は王室専属魔法師の立会いの下、開かれました。

「ルイゾンにとって第三妃は妹です。ふたりにそんな恋愛感情はありません。  

第三妃を妬んだ誰かの罠です」

「第三妃は王宮で虐げられ、いつも泣いていました。ルイゾンはお忙しい王太子殿下の代わりに義妹を守っていました。それだけですわ。完全に仕組まれた罠です。お調べくだされば、真犯人がわかるでしょう」

 セシャン伯爵と夫人の主張は一貫しています。王太子妃殿下の罠、と言いたいようですが、さすがに弁えているのでしょう。


 私が投獄されることはありませんでしたが、裁判に証人として召喚されました。華美な装いはせず、ダルシアクの誇りは損なわず、髪型もドレスも選ぶのに大変でしたの。こんなことで悩むなんて滑稽ですか? 

 なれど、これこそが貴族です。


「ルイゾン様と婚約して以来、私はルイゾン様とふたりきりで観劇に行ったことも、カフェに行ったこともございません。ルイゾン様から贈り物をいただいたこともありません」

 私がありのままを明かすと、あちこちから息を呑む声が聞こえてきました。

 王太子殿下とスーレイロル公爵が非難の目を向けます。私に対する婚約者の態度をよくご存じのはずですのに。


「……お、恐れながら申し上げます。ルイゾンはジュヌヴィエーヴ様が高貴すぎて、どう接したらよいのか、わからなかったのです。贈り物もすべてを持っている公女に何を贈ればよいのか、わからなかったのです」

 セシャン伯爵夫人は裁判長の許可も得ず、金切り声で反論しました。

 ……まぁ、裁判長は止めませんのね。

 私は答えるしかないのでしょうか。


「ルイゾン様はパーティーのエスコートを頼めば引き受けてくれますが、必ず、お断りの連絡がございました」

「第三妃が危険だったのです。信じられる者が少なく、第三妃を守るため、いつもそばで護衛していました。ご理解してくれているとばかり思っていました」

「主観を入れず、事実だけを申しております。ルイゾン様は婚約者の役目を放棄されていました。いつしか、私も諦めるようになっていました」

「第三妃への妨害がひどかったのです。ルイゾンがそばにいなければ、とうの昔に毒殺されていたでしょう。公女もご存じのはず」

「私が女王陛下からいただいた首飾りをルイゾン様が第三妃に贈られたのはご存じの通り」

 最大の屈辱は口にするにも憚られること。

 セシャン伯爵夫人もよくご存じ。


「……あ、あれは、あの時は仕方がなかったのです。大事な式典の直前、新調した首飾りが消えてしまったのです。今まで使った首飾りをつけるわけにもいかず、お借りしました……快く貸してくださったではないですか」

 建国を祝う式典に際し、私は女王陛下からいただいた首飾りを身に着けて出席しようとしました。

 その直前、ルイゾン様やセシャン伯爵夫人たちに囲まれ、首飾りを奪われました。第三妃のためならば、何をしてもいいと思っているのでしょうか?

「私の返事も確かめず、侍女たちが運んでいきました」

 あの時、私は承諾しませんでした。女王陛下への不敬にあたりますもの。


「誤解があったようですわ」

「ありのままを申しています。判断はお任せします」

 私が視線を流すと、裁判長は深く頷きました。

 王太子殿下が発言しようとしましたが、国王陛下の側近が止めました。女王陛下の信任厚い首席侍女も王太子殿下を宥めているご様子。


「ジュヌヴィエーヴ様、我が家門を裏切るの?」

 セシャン伯爵夫人に睨まれ、私は呆気に取られましたが顔には出しません。

「裏切る、とは? 意味が理解できませんわ」

「ジュヌヴィエーヴ様はうちに嫁ぐ予定でした。私の義娘になってくれると、心待ちにしていましたのに」

 セシャン伯爵夫人はとうとう嗚咽を零しました。第三妃の淑女にあるまじき言動の原因が判明したような気分です。


「ルイゾン様のご希望により、二度、結婚が延期されました」

「それらはすべてルイゾンとジュヌヴィエーヴ様の義妹を守るためです。わかってくれていたのでしょう」

「婚約解消のお話もしました。……お話をしたくても、すぐにルイゾン様は去ってしまうので話し合いにもなりませんでしたが」

「婚約解消を言いだされ、ルイゾンも第三妃もショックで悩んでいました。ルイゾンの気持ちも知らず、むごいです」

 セシャン伯爵夫人もルイゾン様も第三妃も、一度たりとも私の気持ちを考えたことはないのでしょう。


「伯爵夫人、私は事実のみ、申し上げています」

「……ジュヌヴィエーヴ様は第三妃の専属侍女を拒まれましたよね。まさか、王太子妃殿下に寝返られましたの?」

 セシャン伯爵夫人は今にも暴れそうな勢い。

「お言葉が過ぎます」

「裏切者ーっ」

「そんなに申されるならば、義母になるはずだったセシャン伯爵夫人に申し上げます。ルイゾン様が第三妃様にかける時間の半分なんて申しません。十分の一でいいから……百分の一でもいいから私にかけてほしかったです」

「……だ、だから、何度も申しています。第三妃が危なかったの。王太子妃だけでなく女王陛下も第三妃を邪魔者扱いしたでしょうっ」

 セシャン伯爵夫人はとうとう口にしてしまいました。王太子殿下のみならず女王陛下に対しても言葉が過ぎます。


「不敬ですわ」

 場所が場所だけに不敬罪。

「これこそ、事実です。王太子妃殿下を調べてください。王太子妃殿下の肩を持った女王陛下もーっ」

 ようやく、裁判長はセシャン伯爵夫人を止めました。

 以後、私は裁判長に問われたことに答えるのみ。


 婚約者の私はルイゾン様を庇うべきでしたか?

 事実を明かさず、婚約者のため、ルイゾン様のための証言をするべきでしたか?


 どんな理由があれ、私は瑕疵令嬢です。今後、良縁は望めないでしょう。父は次の相手を見繕っているようですが、私はもう疲れ果てました。

 本当はルイゾン様に文句を言いたかった。

 一度でいいから、ふたりでカフェのショコラを楽しみたかった。

 一度でいいから、ふたりで乗馬を楽しみたかった。

 一度でいいから、ふたりで観劇したかった。

 一度でいいから、ふたりでお散歩したかった。

 一度でいいから、ふたりで舟遊びをしたかった。

 一度でいいから、ふたりでサロンに行きたかった。

 ひとつずつあげていったら、止めることができません。

 ルイゾン様、お慕い申していました。

 一度も口にしたことがなかったですね。

 今後、口にすることもないでしょう。


 修道院に行きたい。

 ただひとつの願いです。


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