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第36話 ジュヌヴィエーヴとセシャン 8 (ジュー視点)

 王太子殿下やスーレイロル公爵が躍起になったそうですが、王太子妃による犯行の証拠は何も発見できませんでした。


 それとは裏腹に、ルイゾン様と第三妃の親密な関係に関する証言は次から次へと出てきました。王太子宮の女官長を始め、第三妃の専属侍女まで。


「ルイゾン様は第三妃に特別な想いを抱いていたと思います。……命を捧げる、と去年の建国式典の後では第三妃に宣言されていました」

「ルイゾン様が花祭りで第三妃に命を捧げる誓いを聞きました。第三妃は当然のように受け入れていました。……婚約者のジュヌヴィエーヴ様がお気の毒でなりません」

「ルイゾン様が第三妃様の寝室に入室される場を二度、目にしたことがございます」

「第三妃がルイゾン様を寝室に連れこむ姿を三度、私は目にしました。朝までおふたりきりでした」


 セシャン伯爵夫人がどんなにヒステリックに言葉を連ねても、すでに反感を買うのみ。不敬罪を問う声が増えるだけ。

 ただ、あまりにもセシャン伯爵夫人が連呼するので、王太子妃殿下は自ら法廷にお立ちになりました。


「私は血を流させないためにデュクロに嫁ぎました。過去も未来も両国間の平和のために尽くします。その誓いを破るつもりはございません」

 王太子妃殿下が毅然とした態度で宣言された時、周囲から割れんばかりの拍手が沸き起こりました。

 王太子妃殿下の首席侍女であるモニエ侯爵夫人も堂々と仰いました。

「我が君は戦争を止める使命をお持ちです。夫君である王太子殿下に寵姫がいようがいまいが、露ほどにも」

 王太子妃殿下側には当然のようにハーニッシュ帝国がつきます。


「ルイゾン卿は魔力が強い。彼を操る魔法師に心当たりはござらん」

 王室専属魔法師はルイゾン様が魔法師に操られていた説を否定しました。

 王太子殿下とスーレイロル公爵が魔塔の魔法師長を巻きこみ、反論しました。双方、仮説に次ぐ仮説。

 裁判長は重責に耐え兼ねたのか、執務室で血を吐いて倒れてしまったそうです。


 結果、裁判長の交替です。

 新しい裁判長は王太子殿下の指導にもあたった優秀な裁判官です。

「第三妃とルイゾンは毒殺されないように細心の注意を払っていました。毒殺犯に仕立てられないようにも気をつけていました。魔法師に操られることは想定していませんでした。ルイゾンは魔力は強くても真っ直ぐな男……詳しく言えば、単純な男です。力のある魔法師ならば赤子のように真っ直ぐな男を操ることは可能です」

 スーレイロル公爵はルイゾン様が魔法師に操られたという説を繰り返されました。王太子殿下は視線で裁判長に圧力をかけます。

「魔法師は誓約に縛られ、悪事は働けない。お忘れか?」

「魔法師の誓いを立てる前、魔塔から出た魔法師もいます。……魔法師と呼んでいいのか不明ですが、誓いを立てていない魔法の使い手が存在することは知られています」


 知る人ぞ知る、魔法の使い手。


 スーレイロル公爵は魔法の使い手の存在を掴んでいました。魔塔の大魔法師も誓いを立てない魔法の使い手の暗躍に業を煮やしていた模様。

 今回、共闘して炙りだすつもりでしょうか?

「何か、証拠はありますか?」

「ハーニッシュ帝国には誓いを立てていない魔法の使い手が多いと認識しています。お時間をください」

 スーレイロル公爵は王太子妃様の母国を敵に回す気ですか?


 裁判長は王太子殿下の圧力に屈し、スーレイロル公爵の希望を認めました。

 内々に女王陛下が王太子殿下とスーレイロル公爵を注意したという噂が飛びこんできました。けれど、王太子殿下とスーレイロル公爵の態度は変わりません。セシャン伯爵夫人も同じく。


 もっとも、ルイゾン様と第三妃の特別な関係の証拠は増えるばかり。

 裁判の行方が見えません。




 国王陛下が奇跡的に回復され、泥沼と化していた裁判に決着をつけました。ルイゾン様による無理心中事件、と。

 セシャン伯爵家は断絶、伯爵夫妻は公開処刑、一族郎党にも厳しい罪が下されました。

 本来、女性が処刑されることはありませんが、伯爵夫人の王太子妃殿下と女王陛下に対する不敬が度を越していたのです。


 ルイゾン様の婚約者である私はなんの罪にも問われませんでした。婚約者に蔑ろにされた女性、と同情を一身に集めたようです。

 王太子殿下は最後までルイゾン様の無実を訴えましたが、聞き入れられることはございませんでした。


 それでも、減刑は聞き届けられたようです。ルイゾン様の歳の離れた異母弟も公開処刑妥当でしたが、魔塔で修業中の魔法師見習いだったので一月の奉仕刑ですみました。修道院入りだった女子は無罪に。


 セシャン伯爵は貴族らしい最後でしたが、セシャン伯爵夫人の最期は凄絶でした。

『ルイゾンやエミリー、王子たちの無念は私が晴らす。王太子妃に栄光と安寧はない。王太子妃の血筋にも繁栄はない。私がすべてをかけて呪う。残虐無比な王太子妃の末路、とくとご覧あれ』

 処刑執行人が躊躇うほど、セシャン伯爵夫人が凄まじかったそうです。巷ではセシャン伯爵夫人が雇ったという魔法師が徘徊していた様子。




 すべての刑が終わった後、憔悴しきった王太子殿下に恨み言を投げられました。

「ジュヌヴィエーヴ嬢がふたりの関係が誤解だと証言してくれたら結果は違っていた」

「王太子殿下、偽りは申せません」

「偽りに非ず」

「私はありのままを述べました」

「ふたりは兄妹だった。仲がよすぎただけ」


 第三妃の寝室にルイゾン様が何度も入室したことは明らかになりました。王太子殿下はふたりの潔白を信じているようです。……ご存じだったとか。

「婚約者に蔑ろにされた身に酷なことを申されますのね」

「誤解だ……誤解させてしまった原因は私にもある。ルイゾンを頼りすぎた。安心してエミリーを託せる者がいなかったのだ」

 第三妃は王太子殿下がそばにいない王太子宮を怖がったそうです。殿下が不在の夜、ルイゾン様を護衛として呼んだにすぎない、と。


「誤解だとしても、事実を述べただけです」

 私が冷静に言った瞬間、ポリーヌという幼い侍女見習いに掴みかかられました。

「何が高貴な令嬢よ。人でなしっ」

「ポリーヌ、やめたまえ」


 慌てて王太子殿下や騎士たちがポリーヌを止めてくれました。

 なんでも、殿下はルイゾン様や第三妃が妹のように可愛がっていたポリーヌを援助しているそうです。

「一度でいい。第三妃もルイゾン様も自分たちが周りからどのように見られているか、的確に知ってほしかったと思います」

 たとえ誤解であったとしても、周囲に誤解を招くようなことをしてはいけません。貴族社会における最低限のマナーです。ルイゾン様も第三妃も王太子殿下も無頓着でした。スーレイロル公爵を始めとする側近たちは誰も苦言を呈しなかったのでしょうか?


「ジュヌヴィエーヴ嬢が申してくれたらよかったのだ」

 王太子殿下に責めるように言われ、私は深淵に沈めた鬱憤を押さえることができませんでした。

「何度も申しましたが、第三妃は涙を流されるだけでございました。ルイゾン様は私を咎め、第三妃を慰めるのみ」


 私の言葉に対し、王太子殿下は言葉を失ったご様子。

「……そ、それは……ジュヌヴィエーヴ様があまりにも意地悪だから……いつも意地悪で仲良くしてくれなくて……」

 ポリーヌの口を慌てて、侍従長が止めました。


「ジュヌヴィエーヴ嬢、私がエミリーを愛したことが間違っていたのか?」

 王太子殿下は言葉では形容できない哀愁を漲らせてお尋ねになりました。


「殿下、私の初恋相手は我が家の庭師の孫です。父親は旅商人で、母親は下女でした」


 今度こそ、王太子殿下は彫刻のように硬直してしまいました。周囲の騎士や侍従長、ポリーヌまで驚愕したらしく固まっています。


 王太子殿下、第三妃を愛したことが間違いだとは思いません。

 愛し方を間違えてしまったのではありませんか?

 私もルイゾン様の愛し方を間違えてしまったのでしょう。

 継母には反対されましたし、幼い異母弟には泣いて止められましたが、私の希望通り、ダルシアク領内にある修道院に入りました。

 ルイゾン様や第三妃、王子様たちのためにお祈りを捧げます。


 最後にもう一度。

 ルイゾン様、お慕い申し上げておりました。


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