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第37話 ジュー夫人の初恋相手 1

 ジュー夫人はそこまで語った後、大きな溜め息をついた。傍らのギーがそっと手を取り、愛しそうにキス。

 血も涙もない監禁男には見えない。


「伯母様は初恋相手と結婚したのね?」


 ロゼ商団主の名はギー。

 ジュヌヴィエーヴ様の初恋相手は庭師の孫のギー。

 よくある名前だけど、同一人物だよね?


「……まぁ」

 私の第一声にジュー夫人は驚いたみたい。


 ジュー夫人とギーはどちらからともなく目を合わせ、楽しそうに笑った。息子たちも声を立てて笑う。

「そこかよ」って、跡取り息子がギーを肘で突いた。

 幸せファミリーっぽい。


「よかった。伯母様、幸せで……修道院にいたのに、えげつない商人に誘拐されて、監禁されて、結婚させられたんじゃなくてよかった」

 私が言った途端、笑い声が止まったの。

 ピタリ、と息子たちの動きまで。

 ……え?

 その反応は何?


 微妙な沈黙の後。

「ギー、言われていますわよ」

 ジュー夫人が意味深な微笑を浮かべると、ギーはキノコが生えそうな顔で言いにくそうに言った。

「……あ~っ、すまない。安心してくれたところ悪いが、ジュヌヴィエーヴ様を誘拐して、閉じこめて、無理やり結婚したえげつない商人だ」

 伯母様は初恋相手と結ばれたと思ったけど、お父様に聞いた通り?

 修道女見習いだったのに、誘拐されて監禁された挙げ句、無理やり結婚?


「……え? 誘拐ちたの?」

 いきなり、舌の呂律が微妙になった。


「ごめん」

「鬼畜男?」

 私が人差し指で指すと、ギーは頭を何度も下げた。

「ごめんな」

「ひどい」

「それ以外、ダルシアクの姫さんを嫁にする手がなかったんだ。許してくれ」

 ギーは私の許しを請うように恭しく跪いた。ジュー夫人は優艶に微笑み、息子たちはいっせいに謝罪のポーズ。


「伯母ちゃま、大事にちてる?」

 弟捜索を頼む相手だけど、これスルーしたらあかんやつ。私は椅子から立ち上がると、アロイスとイレールに向かって抜刀の合図をした。

 武骨一辺倒の男だけど、ふたりとも意図は組んでくれた。


 シュッ、とアロイスとイレールは同時に剣を抜き、ギーに向かって構える。誰も異を唱えたりはしない。


「嘘、駄目」

 私が仁王立ちで凄むと、ギーは真剣な顔で頷いた。

「はい」

「伯母ちゃま、大事にちてる?」

「大事にしている」

 ギーは堂々と言い放った。ソードマスターとダルシアク革命の生き残りに剣先を向けられても、まったく動じない。


「籠の鳥。閉じこめてる」

「姫様、誤解だよ。伯母ちゃまの望みだ。強固な籠を作って煩いハエを排除している」

「本当に愛人いない?」

「ジュヌヴィエーヴ様の拉致を計画して以来、ほかの女には指一本触れていない」

 ギーがプライドをかなぐり捨てて明かすと、証言するように息子たちがコクコク頷いた。跡取り息子は笑いを噛み殺している。


「本当?」

 伯母様も従兄たちもいるから信じたいけど、ギーの評判があまりにも悪すぎる。貧民から成りあがる手段が汚かったみたい。

「本当だ。ダルシアクの薔薇園にかけて誓う」

 ギーが胸に手を当てた時、私の瞼にダルシアク城の薔薇園が浮かんだ。

「……あ、薔薇のお庭」


 見るに見かねたらしく、ばあやが苦笑を漏らしながら口を挟んだ。

「姫様がお気に入りの薔薇園も薔薇の小道も花のおうちも、ギーのお祖父様が造ったんですよ」


「うぅ……伯母ちゃま、ちあわせ?」

 私が単刀直入に聞くと、伯母様は恥ずかしそうに微笑んだ。

「息子を四人、娘を四人産みました。私の希望で出産しましたの。孫が十九人います」

 噂みたいに、多産DVじゃない。

「ちゅごい」

 もういいよ、と私はアロイスとイレールに命じ、剣を収めさせる。ふたりは騎士としての礼を私とジュー夫人に取った。


「ふ~っ、殺されるかと思った~っ」と、ギーはわざらしく額の汗を拭うふりをした。「俺たちも~っ」と、四人の息子たちも冷や汗をかいたふり。


 ……あれ?

 鬼畜男と息子たちはなんか芸人の匂いがする?

 違うよね?

 ……あ、末子が若い頃のお父様にそっくり。

 目があったら、笑ってくれた。


「ルイゾン様やセシャンには申し訳ないけれど、私は幸せに暮らしています」

 ジュヌヴィエーヴ様はジュー夫人になってもセシャンに罪悪感を抱いている。


「伯母ちゃま、悪くない」

「エグランティーヌ様のお父様も同じように言ってくれました」

「伯母様に非はありません。非はルイゾン様とフレデリク七世にあります。自覚のなかった第三妃にも」

 ……あ、ようやく舌の呂律が回りだした。


「セシャン一族に言われたように、もう少し違う立ち回り方をしたら結果は変わっていたかもしれません。修道院にもセシャンの恨み言は届いていましたの」

「逆恨みです」

「ダルシアクにもセシャンの恨み言が続いていたから、ギーと一緒にワイエスで暮らしていたの。もう長い間、デュクロには戻っていないわ」


 ジュー夫人は自分から籠の鳥になっていたの? ギーは最愛の夫人のため、あえて汚名を被っていたの?


「お父様は伯母様のことが大好きでした」

「あの子、ワイエスにお忍びで来たわ」

「お父様、どうして、教えてくれなかったの?」

 お父様は幼い頃の伯母様との思い出は幾度となく語ってくれた。けれど、元婚約者と婚約後の話になると口が重くなった。


「セシャンを警戒していたのでしょう。元々、セシャンは魔力が強い一族なの。生き残りの誰かが、命がけでリュディヴィーヌ様を攻撃する可能性もあったもの」

「……あ、お母様はセシャン夫人が呪った王太子妃の娘」


 セシャンの生き残りにとって、ダルシアクは二重に許せない相手?


「……修道女見習いとして落ち着いた頃、修道院に届いたの。ルイゾン様から私へのお手紙や渡せなかった私への贈り物」

 ジュー夫人が視線で合図を送ると、跡取り息子がテーブルに町娘が使いそうな髪飾りや首飾り、腕輪など、いくつも並べた。どれも、ジュー夫人ことジュヌヴィエーヴ様に似合うとは思えない。


「……これは?」

「伝達の魔導具も同封されていたわ。ルイゾン様が魔塔にいる弟に連絡した時の会話みたいね」

 ジュー夫人は慣れた手つきで伝達の魔導具を操作した。

一見、長方形の箱だけど、電話みたいなもの。録音機能までついていたら、高位貴族でも入手できない最高の逸品ね。けど、ちょっと古いタイプ?


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