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第3話

外に出ると雪が降り始めていた。


吐き出した自分の白い息を見つめながら「もうそんな季節か」とアレンは感傷に浸る


厳しい修行を終え、正式にデーモンスレイヤーになったのが夏始まる少し前だったからもうそろそろ半年が経つことになる。


まだ雪が積もる前の道をアレンは歩き出した。次の行先は決めていない。しかしデーモンスレイヤーが魔物狩りの依頼を受けるのなら人の多い大きな町の方が好ましい。


足は自然とオーシャムの向こう側にある港町へ向いていた。


向こう側と言ってもその手前には小高い山がある。周囲はもう既に暗く、さらには雪も降っている。


普通の人ならば宿で夜を明かすところだがアレンはそれをしなかった。


自分がどう見られているのかアレンは知っていた。


一晩中宿屋の主人や客である旅商人たちに気を遣わせるのは忍びない。


「まったく……デーモンスレイヤーって制度は間違っている」


一人歩くアレン。寒さを噛みしめる口から思わず独り言が漏れる。


魔物による人への被害は甚大だ。並大抵の人間では魔物に太刀打ちなどできるはずもない。


特殊な訓練を積み、剣術とあらゆる毒や罠に精通するデーモンスレイヤーは魔物に対する唯一の切り札である。


そのデーモンスレイヤーが「爵位」という地位に溺れ、権力を振りかざすようになったのは一体いつの頃からだったのだろうか。


次第に歯車が嚙み合わなくなっている。魔物に勝つほどの武力を持ったデーモンスレイヤーの暴走を止められるものがいなくなっている。


より強いデーモンスレイヤーを囲うため、増長させるよう国まであるという。


デーモンスレイヤーの評判はどんどん良くない方向へ向かっている。


その現状をアレンは良く思っていなかった。


それでも彼がデーモンスレイヤーになったのは叶えたい一つの目標のためである。


雪が少し勢いを増し、風も強くなって来たころアレンは山の麓で足を止めた。


進むのを躊躇したわけではない。


彼の生まれ持った身体能力とデーモンスレイヤーになるために培った厳しい修行はこれくらいの雪では休むことを許さない。


立ち止まったのは見知った顔がいたからだ。


「僕を見張っているんですか? シオン」


アレンは問いかけながら睨みつけるように進行方向に立つ赤毛の青年を見た。


アレンよりも少し背が高く、年齢も上のシオンは「やれやれ」とでも言いたそうに大げさに首を振った。


「『見守っている』と言ってほしいものだね」


シオンはそう言うとアレンの目の前までやってきてその肩に積もった雪を優しく払った。


アレンはまだ警戒を解かない。彼が味方かどうかをずっと判断できずにいる。


出会ったのは半年前、アレンがデーモンスレイヤーとなった時だ。

アレンを拾い、デーモンスレイヤとして育ててくれた師匠に紹介された。シオンは兄弟子だった。


一見物腰やわらかそうに見えるが目の奥が笑っていない。本心で喋っているとは思えない。

そのちぐはぐさがアレンは苦手だった。


シオンは雪を払った方の腕をそのままアレンの肩に回す。


顔と顔が近づく。シメン草の香りがした。


魔物が嫌う匂いでデーモンスレイヤーが魔よけの香水によく使うものだ。


「ああ、すまない……。気になるかな」


シオンが言う。

それが故意的なものか、そうではないのかアレンにはわからない。


そして急に真面目な顔になり、アレンの耳元に口を近づける。


「審問会まであと半年だ。わかっていると思うが、逃げられないからね」


シオンの言葉にアレンはドキリとした。

「逃がさない」と言っているように聞こえた。


シオンの独特な雰囲気のせいか、それともシメン草の匂いのせいか。

頭がくらくらする。


シオンからもう一歩遠ざかり、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。


「そんな怖い顔をしないでくれよ。謝るよ」


シオンが謝罪する。本当申し訳なく思っているようにも、なんとも思っていないようにも見える。

「やっぱり苦手だ」とアレンは思った。


「ヨナ婆様がお前を呼んでいた。『近いうちに顔を出せ』とね」


シオンはそう伝えると今度こそ闇の中に姿を消した。


アレンはしばらくの間シオンの消えた闇の中を見つめていた。


「一体彼は何をしにきたのか」という疑問が彼を不安な気持ちにさせていた。

ただ伝言を伝えにきただけなのか、それとも何か他に目的があったのか。


行き先が変わった。


シオンの伝言は町に行って魔物討伐の依頼を受けるよりも優先度が高いものだ。


激しさの増した雪がアレンの身体に吹き付ける。

寒さを噛みしめながらレオンはフードを深く被りなおす。


積もり始めた雪の上に小さな足跡が残り、その上にまた雪が積もっていく。


大雪がまるで初めからそこにアレンはいなかったかのように痕跡を隠してしまうのだった。









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