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第4話

ヨナ婆様の住むヘキリアの高地はオーシャムの町から北に一か月ほど歩いたところにある。

これは常人ならばの話であり、アレンは同じ距離を半月で進んだ。


高地に足を踏み入れ、まず最初に感じたのは「懐かしさ」だった。


アレンが師匠と出会い、デーモンスレイヤーになるための修行を積みに訪れたのがこのヘキリア高地だったのである。


人里から相当離れた高い山岳地帯で、空気も薄い。初めて訪れた時は少し動くだけで息切れしたものだが、今は平然としていられる。


改めて自分は少しは強くなったのだとアレンは実感した。


そんな山岳地帯の一か所に岩をくり抜いて作られた住居がある。そこがヨナ婆様の住処である。

デーモンスレイヤーにとって特別な人らしいが、アレンは彼女が何をした人でなぜこんな僻地に住んでいるのか実のところ良く知らなかった。


ただ、尊敬する師匠が敬意を持って接しているのを見ていたのでアレンも心を許している。


「アレンかい。よく来たね」


穴ぐらの中を覗き込むと奥から声がした。

中に入ると石造りの暖炉の前にヨナ婆様が座っている。


彼女が「近くに寄れ」と手招きするのでアレンはその側に腰を下ろした。


「アレン、お前がデーモンスレイヤーになって早半年だ。私の耳にもお前の活躍の噂は届いている」


ヨナ婆様はそう切り出した。それが前置きだということにアレンも気づいていた。わざわざねぎらいの言葉をかけるためだけにこんな僻地まで呼ぶような人ではないからだ。


「ヨナ婆様、わざわざ呼んでいただいた理由を自分なりに考えてきました。それを聞く覚悟も固めて来たつもりです」


アレンがそう言うとしわくちゃなヨナ婆様の顔に益々しわが増える。真剣な顔つきになるとこうなるらしい。


「奴が……見つかったんですね」


アレンはそう尋ねてからごくりと唾を飲み込んだ。「覚悟はできている」そう言ったが、実際はまだ決意を固めきれていないかった。

「奴」とはアレンの探し人であり、彼がデーモンスレイヤーになった「目的」そのものの人物である。


ヨナ婆様の顔に迫力が増す。室内の温度は決して高くないのにアレンの頬を一筋の汗が流れ落ちた。


「違う」


とヨナ婆様が一言。時間が止まったかのような錯覚にアレンは陥った。


「へ?」


少し間を開けて情けない声を上げるとともに全身の力がへなへなと抜けていく。


「そもそもお前が15年かけて探しても見つからなかった男じゃろう。そんな簡単には見つからんよ」


呆気からんとした様子でヨナ婆様が言う。息巻いて来たのに勘違いだったと知ったアレンの顔が見る見るうちに赤くなる。


「そ、それじゃあいったい何の用事ですか」


恥ずかしさを紛らわそうとアレンが話題を戻す。ヨナ婆様は一つ咳をしてから部屋の奥の扉に声をかけた。


「入っておいで」


誰かを呼び、その誰かが姿を現す。

少女だった。薄みの青い髪の色と同じ色の透き通るような瞳が特徴的な顔立ちの整った少女だ。

しかし、そんなことよりもアレンの目を引いたのは彼女の「耳」だった。


頭の上に2つ。人とは明らかに違う位置にまるで獣のような耳が生えていた。

それと同時にアレンは肌で感じ取った。少女の「魔力」をだ。


「ヨナ婆様離れて!」


叫ぶのと立ち上がり剣を抜くのはほとんど同時だった。

少女がびくりと肩を震わせてヨナ婆様の背中の後ろに隠れる。


アレンはそれを力づくで引きはがそうとした。


「やめい!」


ヨナ婆様が一喝する。その剣幕にアレンは動きを止めた。

それ以上無理に行動するのをヨナ婆様は許さないだろう。仕方なくアレンは諭すように語り掛ける。


「ヨナ婆様、その子は魔物です。わかっているでしょう」


そう断定するのは頭の上の耳のせいだけではない。アレンだけが感じ取れる彼女の内に秘めた魔力。それこそが彼女が魔物である証拠となる。

人間は魔力など持たないのだから。


しかしヨナ婆様は首を振った。


「違う」


とアレンを否定する。アレンはヨナ婆様が魔物に騙されているのだと思った。デーモンスレイヤーに一目置かれるほどの人でも年齢には抗えない。正常な判断をできていないのだと。


「この子は魔物ではない」


ヨナ婆様が念を押す。アレンが口を挟もうとするがそれを許さずさらに続ける。


「しかし人間でもない」


アレンはドキリと身を震わせた。聞き覚えのある言葉だった。

それは半年前、まさにこのヘキリア高地で聞いた言葉だ。


あの時は横に立っていた師匠がヨナ婆様に向けて言っていたはずだ。


「この子は魔物ではない。しかし、人間でもない」


アレンの中で何かが繋がる。同時に留めきれない怒りの感情が溢れてくる。


「まさか……その子も? 僕と同じ?」


怒りに身を震わせながら尋ねた言葉にヨナ婆様が頷く。それで確信する。「この子も自分と同じのだ」と「半人半魔の化け物なのだ」と。

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