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第6話

岩に沿って数歩歩き、それからアレンは後ろを振り帰った。

自分の腰ほどの身長しかない少女が身の丈とさほど変わらない大きな荷物を背負って後をついてくる。


アレンの真似をして懸命に岩にしがみつく姿はなんとも危なっかしい。


「下を見たらダメだよ」


そう声をかけたがアレンにはそれ以上手助けをするつもりはなかった。

せいぜい落ちそうになった時は助けてやろうと思っているくらいで、あとは自力で乗り越えてほしいと思っている。


薄情に見えるかもしれないが、それが一番彼女のためだとアレンは思っている。


結局、ヘキリア高地のどこをどう探しても師匠であるヨルムの姿はなかった。


文句を言いたい気持ちは山々だったが、あまり感情を表に出しては引き取られる立場のリサが肩身の狭い思いをしてしまうだろうと喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込んで師匠の言いつけを守って彼女を連れ出した。


ヨナ婆の元を離れてから数日。二人は今ヘキリア高地から西へ進んだヨナガ山脈にいる。


進む道はないに等しく、切り立った崖を手探りで登る。


正直リサはよくついて来ている方だったが、その顔に徐々に疲れが見え始めている。


休ませてやりたいとアレンも思うのだが、そうも言ってられない事情があった。


この場所を訪れたのは依頼の為だった。


山頂に咲くトウリンという名前の花を採取する目的だ。


直接的な魔物退治の依頼ではないが、一般人では決して辿り着けない場所に薬草や鉱石を取りに行くのもデーモンスレイヤーの仕事の一つである。


トウリンは雪の結晶のような白く綺麗な花弁を持つ花で、その根は煎じることで薬となる。


冬の初めの僅かな期間にしか咲かない花だったが急いでいるのはそれだけが理由ではなかった。


「……あっ」


後ろでリサが短く声を漏らした。

気を配っているので落ちたわけではないことはわかっている。


リサの視線を追うようにアレンも下から迫り通り過ぎていった物体を見上げた。


「ワイバーンだ」


頭上を優雅に飛ぶのは硬い鱗を身に纏い、巨大な翼を広げて大空を舞う飛龍「ワイバーン」だった。


リサはワイバーンが怖いのか岩にしがみついて身を縮こまらせている。


「大丈夫。行きがけに吹きつけた香水はワイバーンの嗅覚をすり抜ける。彼らには僕たちの姿は見えていない」


アレンはこの山脈を登るにあたり、自分とリサの二人に香水を吹きかけている。


それは魔除けの類のものではなく、ワイバーンの嗅覚から自分たちの匂いを守るためのものだった。


魔除けの香水を使わなかったのは半人半魔の自分たちにまで効果が出てしまうからだ。


ワイバーンは極めて獰猛な性格の魔物だが、獲物を見つける際視覚よりも嗅覚に頼っているところが大きい。


匂いを隠せばすぐ近くを人が通っていようと気がつかない。


アレンの言葉にリサは少し安心したのか、それともやけくそになっただけなのか歩みを再開させた。


実のところ、アレンが急ぐ理由はこのワイバーンにある。


直接襲われることを危惧しているのではない。


ヨナガ山脈の山頂に咲くトウリンの花はワイバーンの大好物なのだ。


肉にしか興味を示さなそうな見た目をしている魔物の癖にどういうわけかこのトウリンの花を好んで捕食する。


花は冬の始まりの時期に咲き始めるが急がなければワイバーンに根こそぎ食べ尽くされてしまうのだ。


ある程度崖を進むと道幅が少し広くなり、余裕が出て来た。

リサも高さに随分と慣れて来たため二人の進む速度は上がる。


しかし、山頂について二人は落胆することになる。

やっとの思いでたどり着いた頂上。二人の目に入ったのは空を飛び回る無数のワイバーンと食い荒らされたトウリンの群生地だった。


「まさか……ここまでことごとく全滅とはね」


仕方がないと割り切っているつもりだったがアレンの声にはかすかに落胆の色が見える。

リサはそれよりもさらに目に見えて落ち込んでいた。


「ごめんなさい……私が遅かったから」


俯いて、肩を強張らせ震えている。

自分が進むのが遅かったせいでトウリンが食べ尽くされてしまったのだと思っているらしい。


アレンは少し複雑そうな表情をして、それから微笑みリサの頭を撫でようとした。

リサがビクッと身体を強張らせる。

その様子にアレンは伸ばしかけた手を止める。怯えているのは明らかだった。


手を引っ込めたアレンは少し気まずそうに頬をかく。


「君のせいじゃない。もともと依頼を受けた期間がギリギリだったのさ。それよりこれだけワイバーンがいたら匂いを隠してても気づく奴がいるかもしれない。無駄足になって残念だったけど、暗くなる前に戻ろう」


そう言ってアレンは歩き出す。

リサはその後ろをとぼとぼとついていくのだった。



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