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第7話

「まずいよなぁ」とアレンは心の中で呟いた。

気にしているのは依頼を達成できなかったということなどではなく、後ろを歩く一人の少女のことだ。


明らかに元気がない。いや、思い返してみれば出会ってから旅を始めての数週間で彼女の笑顔を見た覚えがない。


「やっぱりあれが良くなかったよな」と後悔するのは彼女と最初に出会った時の接し方についてだった。

彼女の素性を知らなかったとはいえ、幼い少女に対し明確な殺意を向けてしまった。

彼女を魔物と思っていたことなど言い訳にはならないだろう。


「あれで完全に嫌われてしまった……」とリサには決して悟らせないよう堂々と歩く姿のままで頭の中で後悔の念が押し寄せている。


「それもこれも全部師匠がわるいんだ。こんな幼い子を僕に押し付けて」と考えてすぐにそれを否定し自己嫌悪に陥る。


成り行きはどうであれ、結局彼女を引き取ったのは自分だ。今の現状は自分のせいだと肝に銘じていち早く彼女と打ち解けなければならない。


「ねえ、町に着いたら何か美味しいものを食べようか……」


安直な、ご機嫌取りのような方法しか思いつかない自分に嫌気がさしつつアレンは振り向いた。

そして唖然とする。リサの姿がない。


「嘘……」


言葉が出てこない。「一体いつから?」自問している場合ではない。

アレンは走り出した。幸いまだ山を下り始めたばかり。周囲に木々は少なく岩肌の方が目立つ。「動揺するな。すぐに見つけられる」アレンは自分に言い聞かせた。


不安なのは周囲を飛び回るワイバーン。もし仮に彼女が見つかってしまったら、一飲みにされるのこと抵抗する間もないだろう。


「バカだ僕は。考えに夢中で目を離すなんて」


走りながらアレンは自分を責めた。これで彼女の身に何か起きたら、師匠に合わせる顔がない。


「いや……そうじゃないだろう……」


またしても自分が嫌になる。この期に及んで言い訳をしている自分に。

本当はリサのことが心配でたまらなかった。それはいなくなる前からだ。


しかし、彼女をしっかりと見ようともしなかった。それは彼女が自分と重なってみえるからだ。

似た境遇の彼女を見ていると自分が捨てられた時のことを嫌でも思い出してしまう。


自分を道具のように扱い、用がなくなればごみ同然に捨て去った憎き魔物の父親の顔を思い出してしまう。

だから彼女と極力目を合わせないようにしていた。


「全部……僕のせいだ」


悲鳴が聞こえた。

その悲鳴が逆の方向だったのでアレンは足を止める。

周囲の岩に反響しているがアレンは耳が良い。すぐさま悲鳴に向かって走り出した。


リサを見つけた。

大きな岩を背にして目の前の怪物に怯えたように腰を抜かしている。


鼻息荒く近づいているのは地面に4つ足をつけたワイバーンだ。


「いや……来ないで」


短く、しかし叫ぶようにリサが言った。

アレンはまだ遠い。ワイバーンの鋭い牙がリサの顔に近づいた。


「間に合わない」


アレンはそう思った。しかしすぐに否定する。


「間に……合わせる」


懐の鞄から手探りで小さな小瓶を見つけて取り出す。腰の剣を抜き、その刀身に小瓶の中の粉を振りかけた。


「その子に……触るな!」


アレンはワイバーン目掛けて剣を投げつけた。

刀身に付着した粉が空気に触れて発火する。


剣はワイバーンの首筋に当たったが硬い鱗が突き刺さることを許さない。

弾かれた剣は手前に落ちたが剣に点いた火の粉がワイバーンの目に飛ぶ。


魔物には大きく分けて2種類存在する。

人語を話す魔物と話さない魔物だ。


前者と後者の違いは人語を習得できるかどうかの知能の差だと考えられている。

しかし、これにはアレンなりの違った解釈がある。


両者の明確な違いは「獲物を狩る方法」だけだとアレンは考える。

人語を話す魔物の知能が特別高いわけではない。獲物を獲る狩りの手法の一つとして「騙す」のに有効だから言葉を使うだけだ。


では、魔物は? 魔物とはいえより獣らしい狩りを好む。正面から牙を突き立てる獣のやり方だ。そして獣と同じく普段あまり目にしないものに驚く習性も持ち合わせている。


多くの獣が怖がるようにワイバーンも自分の目の前に突然現れた火に一瞬たじろいだ。

それは僅かな時間だったが、アレンが距離を詰めるには十分だった。


アレンはワイバーンの前に転がった剣を走りながら拾った。勢いを殺さぬまま流れるようにその剣を突き立てる。


ワイバーンの鱗は硬い。

投げつけた剣ではその鱗は貫けない。


しかし一流の技を持つデーモンハンターが握った剣ならば話は別だ。


首を両断されたワイバーンは巨体をぶつけるように地面に倒れた。

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