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第9話

ヨナガ山脈の麓へ降りる前に夜が来てしまった。

アレン一人であれば下山を強行しただろうが今はリサがいる。


それにワイバーンに襲われたのだ。ケガはなくても心労は溜まっているだろうとアレンは野宿して夜を明かすことにした。


幸い、ヨナガ山脈には横穴が多い。少し探せば雨風を凌げそうな洞穴は簡単に見つかった。

周囲にわずかに生えた木々から薪を調達して火を起こす。


アレンが準備するのをリサは興味深そうに見ていた。


「それはなに?」


アレンが薪に小瓶の粉をかけているのを見てリサが尋ねる。今までこうして彼女が何かを質問するのは初めてだったのでアレンは驚いたが、「これから旅を続けるならリサも知っておいた方がいい」と思い教えることにした。


「火を吹く魔物の内臓器官から作られる発火粉さ。空気に触れると発火する」


そう説明すると説明した通りに薪に簡単に火が付いた。

「おおー」とリサが感嘆の声を漏らし手を叩く。


その様子がなんだかおかしくてアレンは思わず笑ってしまった。


「?」


不思議そうにリサが顔を覗き込む。

そして表情が崩れそうなくらい目を細めてほほ笑んだ。


今度はアレンが唖然とする番だった。彼女の笑った顔を始めてみた。

理由はよくわからなかったがなんとなく前よりも心を開いている気がした。それは「お互いに」だ。


火を囲んで二人並んで夕食を食べる。アレンが持参した干し肉と穀物を鍋で煮込んだものだ。

リサは美味しそうに食べながら話す口が止まらない。


「それでヨナ婆が……」


話の内容は大抵ヘキリア高地でヨナ婆と過ごした時に彼女が初めて体験したことについてだったが、時折その前のヨルムと出会う前の父親との暮らしにも話題が飛んだ。


こんなにお喋りになるリサを見るのもアレンは初めてだったが、魔物に襲われたことによるある種の興奮状態なのだろうと思い黙ってっ聞いていた。


興味を惹いたのは彼女の父親の話だ。随分と重たい話だがリサはまるで他人事のように話す。

その様子が彼女と魔物の父親の関係性を物語っているようでアレンはなんだかやるせない気持ちになった。


「リサ。明日は早くに出発するからね。そろそろ寝なさい」


夜も更けうつらうつらとしてきたリサにアレンが声をかける。


「う……ん」


リサは眠たそうに頷くとそのままのそのそと這いずってアレンの元までやってきて、それから彼の膝の上に頭を乗せた。


「え、リサ?」


戸惑ったアレンは思わず洞穴の奥を見た。

焚火の熱が一番溜まる温かい場所にすでに寝床を作ってあるのだ。


戸惑うアレンのことなど全く気にもせずリサはすでに寝息を立てている。


「……まぁいいか」


起こそうとも思ったが先ほどの話を聞いた後では少しくらい甘えさせてやりたいと思ってしまう。

アレンは諦めた様子でリサを起こさないように注意しながら焚火に薪をくべた。


「アレンは……どうして……デーモンスレイヤーに……」


ドキリとする。起こしてしまったのではないかと顔を覗き込むがリサはすやすやと眠ったままだ。寝言だったらしい。


アレンは洞穴の出口の向こうに見える星空を眺めた。


「どうして……か」


アレンは自分がどういう魔物の血を受け継いでいるのか実はよく知らない。

確かなのは自分は魔物しか持たない魔力を持っていて、その癖に半分は人間の血が流れているということだけだ。


物心ついたころには近くに父の姿はなく、人間の母と二人で住んでいた。

とはいえ、まるっきり人間らしい生活だったとは言えない。


住居があったのは人語を話す魔物が住む町、魔物の町の中だったのだ。

町の外に出ることは許されず、周囲の魔物からは軽蔑と欲望の詰まった目で見られていた。


父親は魔物の中で力の強い者らしく誰もアレン達を食おうとはしなかった。

ただ、子供にもわかるほどに自分たちを好物の肉としか見ていない魔物たちがアレンは苦手だった。


母親は毎日泣いていた。

アレンには優しかったが、アレンが泣いている理由を尋ねても答えてはくれなかった。


父親にあったことはなかったが、わざわざ魔物の町に自分たちを住まわせて、他の魔物に手出しをしないように言いつけているのだからそれだけ愛されているのだろうと子供心に思っていた。


そうではなかったと思い知ったのはある日突然だった。

家に帰ると嗅いだことのないほど生臭い匂いがした。


いるはずのない家の中に集まっていた。彼らの中心にあるのは血だまり。

魔物がうずくまっていて倒れた女性の姿が見えた。母親だった。


一体、どんな魔物が自分の母親を食っていたのかはよく覚えていない。覚えているのは


「こんなことをして父さんが許さないぞ」


自分が泣きながらそう叫んだこと。その言葉を魔物たちに笑われたこと。


「その親父さんから伝言だぜ。『もう用済み』だってよ」


そう言われたことだけである。


自分が父親に愛されていたわけではなかったのだとアレンは知った。母親がいつも泣いていたのは自分たちに道具としての価値しかないことを知っていたから。


アレンは憎んだ。父親を。

そして魔物を。


その場をどうやって切り抜けたのかは覚えていない。気が付くと森の中に倒れていた。

飢えて死にそうだったが父親に対する復讐心だけで生き残った。


森を抜け、人里に下り何でもした。盗賊まがいのことも。

成長し力をつけ父親を捜した。あの魔物の町を探した。しかしその影すら掴めなかった。


15歳になる年にアレンはヨルムと出会った。デーモンハンターの存在を知った。


そして修行を積み、彼はデーモンハンターになったのだ。


目的は「父親を捜すため」だった。


「う……んん」


ひざ元でリサが身を震わせる。

ハッとして焚火を見ると火が少し小さくなっていた。


慌てて薪を増やしてそれからリサの頭を撫でる。

彼女の寝顔を見ると不思議と心が落ち着いた。父親のことを思い出した時にこんな穏やかな気持ちでいれた夜は初めてだった。

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