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第11話

報酬を受け取って立ち去ろうとするアレンを店主が呼び止める。




「あんたら、宿はあるのかい? もしよかったら上の部屋が余っている。代金はいただくが一晩くらい泊まって休んでいったらどうだい」




これも良くあることだった。


人が集まりやすいという性質上、以来は酒場や宿屋で受けることが多い。


すると依頼を達成した後の懐が温まったデーモンスレイヤーに店主は大抵商売を始める。




それは決して悪いことではないがアレンはその誘いをだいたい断ることにしている。


「すいません宗教上の理由で……」


いつもの断り文句だ。本当はそんな理由はない。

しかし無用の争いを避けるために宿屋には泊まらないようにしている。


人との距離が近くなればなるほどもしかしたら自分のことを半魔と見抜く人間が出てきてしまうかもしれない。人間との些細な違いから正体がバレるかもしれない。

それに今はリサがいるのだ。危ない橋は渡れない。


断ろうとしたがアレンは言葉を止めた。

横でおとなしく待っていたリサがふらついていたからだ。


顔を覗くと眠そうに目をこすっている。ローブはかなりぼろぼろで顔にも少し汚れが目立つ。

次にアレンは自分の服を見た。ぼろぼろさで言えばリサよりもはるかに上。


人が着る衣服の原型を最低限とどめているだけだ。


ここに来るまでアレンとリサは絶えず歩き続けて来た。


眠るのは大抵岩か土の上。それに加え睡眠も短い。アレンは慣れているがリサには少し過酷だったのだろう。


彼女は何の文句も言わなかったが疲労が限界を迎えているのは立ったまま寝ている姿を見れば明らかだった。


「それによ、兄さん。こう言っちゃなんだが……風呂に入った方がいい」


酒場の店主はアレンが何を考えていたのか手に取るようにわかった。その上で加えて指摘する。


アレンは「目から鱗」とでも言うように間の抜けた顔をする。


「匂い」とは気づかなかった。アレンはもう自分の匂いに慣れてしまっていたから。

店主の言葉を受けて「ひょっとして自分は『臭い』のか?」と気付いてしまう。


歩き続ければ汗もかく。戦えば魔物の血を浴びることもある。


旅の途中、川を見つければ水浴びをする。時にはお湯を沸かし身体を拭くこともある。

しかし風呂に入ったのはいつぶりだろうか。


思い返してみてもすぐに記憶は出てこない。もしかすると師匠ヨルムと別れていらいなのではないか。


自分一人ならば大して気にしない。

依頼の報告のために会う程度の人間のためにいい匂いにしようとは思わないからだ。


アレンはリサを見た。

右手でアレンの服を掴み、こくりこくりと頭を揺らすリサを。


彼女は鼻が効くのだ。一度嗅いだだけのトウリンの匂いを覚え新しい群生地を見つけるくらいに。


「泊まります」


気付けばそう言って一泊分の代金を店主に渡していた。


「はいよ。毎度あり」


店主はそう言ってにこやかに笑う。


「部屋は二階の一番奥だ。飯は宿でも出せるが中央の大通りに子供用の食事を出すいい店があるから紹介できるぜ。公衆浴場はその店の向かいだ」


慣れた口調でそう言って店主はカギを渡す。

アレンは礼を言ってリサを抱きかかえて階段を上がった。


部屋に入りリサをベッドの上に寝かせる。

よほど疲れていたのかリサはすぐに寝息を立て始めた。


安心した様子でアレンは椅子に座りそれから自分の服の匂いを嗅いだ。


「うーん……やっぱり自分じゃよくわからない」


それからリサを見る。良く寝ているししばらくは起きなさそうだ。

彼女を連れて公衆浴場に行くことはできないだろう。


子供とはいえ性別の違う彼女を男湯に入れることはできないし、一人にするのも心配だ。

何より衣服を纏えない浴場では彼女の耳を隠せない。


少し悪い気はしたがリサが寝ている間にアレンは浴場に向かうことにした。


部屋に鍵をかけて一階に下りる。

先ほどの柄の悪そうな酔っ払いたちはもう店を出ていったらしい。


アレンは少しホッとした。自分に悪感情を抱いている人がいる場所にリサを一人で置いていくわけにはいかないからだ。


「お出かけかい」


店主と目が合った。アレンは公衆浴場に向かうことを伝える。店主は詳しい道を伝えた後


「嬢ちゃんは留守番かい?」


と尋ねた。


「良く寝ているので起こしたくなくて。すぐに戻りますけどね」


アレンがそう言うと店主は二ッと笑った。


「心配すんな。今日は他に客もいないし、二階に行こうとするやつには目を光らせておいてやるからよ」


店主の言葉にアレンは礼を言う。そこまで信じていいかはわからないが「この店主は人がよさそうだ」と思った。


そこそこ大きな町に店を構えている人間だし、デーモンスレイヤーの身内を相手に無茶はしないだろう。

そう判断してアレンは教えて貰った浴場へと向かった。

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