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第12話

浴場に着き、身体を流して綺麗に洗ってから湯に浸かる。


「ふぅ……はぁ」


今までの疲れをすべて吐き出すかのようにアレンは深く息を吐いた。

「なるほど。これはいいものだ」とぼーっとした頭で考える。


久しく訪れていなかったから忘れていたが温かいお湯に旅の疲れが溶けだしていくようだった。


「いいお湯じゃろ」


気持ちよさのあまり目を閉じていたアレンは声をかけられて驚いた。肩まで湯に浸かっていたせいでバランスを崩し一瞬溺れかける。


アレンは勘のいい方だ。それが半魔の能力なのかデーモンスレイヤーとしての適性なのかはわからないが他人の気配を察知する術に長けている。


その術をもってしても他に入浴している人がいるとは気づかなかった。浴場には湯気が立ち込めていて視認性は悪いが、その程度で鈍る勘じゃない。


久しぶりの風呂の気持ちよさに油断していたというのもあるが話しかけて来た相手の気配を消すスキルが高いのだ。


せっかくリラックスしていたにもかかわらずアレンの警戒心は一気に高くなった。


「ふぉ……驚かせたならすまんね。あんたがあまりにも気持ちよさそうにしているから思わず声をかけてしまっただけじゃ」


風呂の中にいたのは老人だった。湯に浸かっているせいかやけに小柄に見える。

白い立派な髭と僅かに残った白髪の男性。警戒を高めていたアレンはその老人に得体のしれない何かを感じた。


「敵意」のようなものは感じない。先ほどまでのアレンと同じように湯に浸かって随分とリラックスしているように見える。

しかし、漂う「強者感」というか只者ではない何かを感じるのだ。


警戒を高め、思わず立ち上がったアレンだったが考え直し再び湯に浸かる。

浴場で戦闘が始まる可能性は低いし、老人から敵意は感じない。警戒態勢を取り続けるのも失礼だろう。


ただどうしても先ほどのように心の底から湯に浸透することはできなかった。


「その身のこなし……それに身体の傷。お前さんデーモンハンターじゃな?」


ドキリとした。鋭い洞察力だ。

確かにアレンの身体には魔物との戦いでついた無数の傷が残っているがそれだけで的確に言い当てる老人にアレンは驚いた。


「わしも昔似たようなことをやっていてな。お前さんの身体を見て少し懐かしくなった。なに、今はただの山の上の村の村長じゃ。そう警戒しなくてもよいぞ」


アレンは「なるほど」と思った。漂う雰囲気はかつて同業だったせいかと納得する。


デーモンスレイヤーとわかったうえでこうして気さくに話しかけてくる人は珍しかった。

大抵は敬語でへりくだるか、酒場の男たちのように影で悪口を言うかのどちらかだ。


悪徳貴族ぶるどこかのデーモンスレイヤーのせいらしいが、アレンにとってはやりづらくて仕方がない。


泊まることにした酒場の店主すら、以来を受けるために初めてリントリールを訪れた時には敬語だった。


「普段使いの言葉でいいですから」


明らかに敬語に慣れておらず四苦八苦している店主を見てアレンがそう切り出したことでようやく今の砕けた物言いになったのだ。


デーモンスレイヤーとわかったうえで雑談をしようとする人は珍しい。

世間でデーモンスレイヤーがどういった扱いなのかを知らないのか。それとも仮にアレンが「無礼だ」と言い張るような輩でも問題のない立場にいるのか。


纏っている強者感と相まって小柄な老人がやけに大きな存在に見えた。


「山の上の村からわざわざこの町の浴場に?」


なんとなく興味が湧いて今度はアレンの方から尋ねてみる。アレンが少しばかり警戒を解いたのが老人にはわかった。

それが嬉しくてやけに上機嫌になる。


「ふぉふぉ。待て待て。こういった場所での流儀はまずは自己紹介からじゃ」


そう言って老人は自分の名前を「ガンシル」と名乗った。アレンも自分の名前を告げる。


ガンシルは山の上にある小さな村の村長をしている。

その村は小さいが温泉の出る貴重な村だった。


「これがまた珍しい薬湯でな。傷を癒し、心を和らげてくれる」


とガンシル。

リンリールの公衆浴場には山の上からその温泉のお湯が引かれているらしい。


それなりに距離があり、随分と大変な作業のようにアレンには思えたがそれをやってのけたのがガンシルと村の人たちだという。


以来、ガンシルは村で温泉の管理をしていて時折こうして町に下りてきては湯に問題がないか確認しているのだそうだ。


「いやはや。たまにこうして町に下りてみるもんじゃ。今日はお前さんに会えてよかったよ」


話をしていたら随分と長湯になってしまった。

浴場を出るときにはガンシルはさらに上機嫌になっていて終始にこやかな笑顔だった。

一体自分の何がそんなに彼を機嫌よくしているのかアレンにはわからなかったが、そう思いつつも気づけばアレンもすっかり警戒を解いていた。


「もうしばらくこの町にいるのか? もし何かあれば山の上の村まで来るとよい。必ず力になってやるぞい」


帰り際ガンシルはアレンにそう伝えた。

その目がやけに確信めいた力強いものだったので去り行くガンシルの姿がアレンに猛烈に印象づいたのだった。

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